AV1とは何か?高効率・オープンでロイヤリティフリーなビデオコーデックの技術・実装・採用動向

概要

AV1(AOMedia Video 1)は、Alliance for Open Media(AOMedia)が開発したオープンでロイヤリティフリーを目指すビデオ圧縮フォーマット(ビデオコーデック)です。ウェブやストリーミング、配信での高効率な映像伝送を目的に設計され、従来のコーデックに比べて同等画質で低ビットレートを実現することを目指しています。標準化と実装はオープンなコミュニティで行われ、参照実装や複数の高速実装が公開されています。

歴史と背景

AV1 の開発は、Google(VP9)やMozilla、Netflix、Amazon、Microsoft、Intel、Apple などを含む主要な企業が参加する AOMedia によって進められました。既存の特許やライセンス問題を回避しつつ、高効率化を達成することが目的で、2010年代後半に仕様が整備されて公開されました。以降、ソフトウェアエンコーダ・デコーダやハードウェアデコーダのサポートが順次広がり、動画配信サービスやブラウザでの採用が進んでいます。

AV1 の主な技術的特徴

AV1 は多くの先進的な符号化技術を組み合わせ、圧縮効率と映像品質の向上を図っています。ここでは主要な技術要素を紹介します。

  • ブロック構造とサイズ

    フレームは可変サイズのブロック(スーパーブロック)に分割され、細かな領域適応が可能です。変換や予測は小さいブロックから大きいブロック(例:4×4〜128×128相当)まで柔軟に使い分けられます。

  • 空間・時間予測(イントラ・インタ)

    多数のイントラ方向予測モードや、複数のモーション補償手法(平行移動だけでなく、ワープドモーションや複合予測など)を備え、複雑な動きやテクスチャを効率よく符号化します。

  • 多様な変換(トランスフォーム)

    DCT/ADST 系の変換を含めた複数の2次元変換をサポートし、コンテンツに応じて選択されます。これにより、異なる空間周波数成分を効率よく扱えます。

  • エントロピー符号化

    適応型の確率モデルに基づく算術符号化(レンジコーダに類する手法)を利用し、残差やシンボルを効率的に符号化します。

  • ループフィルタと復元フィルタ

    デブロッキングやCDEF(Constrained Directional Enhancement Filter)、ループ復元(Wiener フィルタや自己誘導型フィルタ)などの複数段階のフィルタがあり、圧縮アーティファクトを低減します。

  • フィルムグレイン合成

    高周波ノイズ(フィルムグレイン)をモデリングして符号化情報を最小化し、復号側で合成することで低ビットレート時の見た目を改善します。

  • 並列化・ストリーミング向け機能

    タイルやフレームグループによる並列デコード、低遅延動作を考慮したフレーム構成(予測構造)など、実運用に必要な要素を備えています。

実装とエンコーダ/デコーダの状況

AV1 のエコシステムは急速に発展しています。主なソフトウェア実装には以下があります。

  • libaom:AOMedia の参照実装で機能は充実していますが、速度は参照的。
  • SVT-AV1(Intel + コミュニティ):リアルタイムに近い速度を狙った高速エンコーダで、配信向けの高速処理に強みがあります。
  • rav1e:Rust で書かれたエンコーダで、品質と安全性に注力した開発が進んでいます。
  • dav1d:FFmpeg でのデコードを想定した高速な AV1 デコーダ実装。

加えて、NVIDIA、Intel、AMD など多くの半導体ベンダーがハードウェアデコード(および徐々にハードウェアエンコード)をサポートするようになり、モバイルやPCでの再生効率が向上しています。

圧縮効率と計算コスト

実運用の測定では、AV1 は一般的に H.264/AVC より大幅に高い圧縮率を示し、HEVC(H.265)と比較してもビットレートを削減できるケースが多いと報告されています(コンテンツやエンコーダ設定によるが、HEVC 比で 20〜30% 以上の改善が見られることがある、という報告が多い)。

一方で、高い圧縮効率を得るためのエンコード計算量は従来コーデックより大きく、特に参照実装ではエンコード時間が長くなることが課題でした。これに対して SVT-AV1 などの高速実装やハードウェア支援により運用負荷は低減されつつあります。

互換性・コンテナ・コーデック文字列

AV1 のビデオビットストリームは複数のコンテナで扱えます。Web においては WebM(Matroska 系)や ISO BMFF(MP4)コンテナでの格納が一般的です。MIME タイプは video/av1、コーデック識別文字列としては "av01" を使うのが標準的です。ブラウザやプレーヤーでのサポート状況は各プラットフォームやバージョンに依存しますが、主要なモダンブラウザでは再生対応が進んでいます(環境による)。

ライセンスと特許の状況

AOMedia は AV1 をロイヤリティフリーで提供することを基本方針としていますが、第三者による特許主張やライセンスの表明が完全に起きないことを保証するものではありません。実際に一部の企業が AV1 に関連すると主張する特許プールを設立した事例も報じられており、企業によっては商用導入時に法務上の検討を行うケースがあります。技術的にはロイヤリティフリー運用を目指した設計ですが、法的リスク評価は別途行う必要があります。

採用事例と現状

AV1 はウェブ配信や動画ストリーミングで徐々に採用が進んでいます。主要ブラウザ(Chrome、Firefox、Edge など)は一定の環境で AV1 をサポートしており、YouTube や Netflix などの大手ストリーミング事業者も適用範囲を拡大しています。また、ハードウェアデコーダの普及によりスマートフォンやセットトップボックスでの再生も現実的になっています。

運用上のポイント(開発者・運用者向け)

  • エンコード時間とコスト:高い圧縮効率を狙うとエンコード時間が増える。リアルタイムや大規模バッチ処理では高速実装やハードウェア支援の利用を検討する。
  • 互換性の検証:クライアント環境(ブラウザ、OS、デバイス)ごとに再生対応が異なるため、フォールバックとして H.264/HEVC 等を残す戦略が一般的。
  • コンテナとメタデータ:MP4 や WebM での格納方法・コーデック文字列に注意。適切な MIME/codec 指定でブラウザの適切な再生を促す。
  • 特許リスク管理:商用運用では法務部門と連携してリスク評価を行う。

今後の展望

AV1 はインターネット上での高効率ビデオ配信を実現する重要な選択肢の一つとして位置づけられています。今後はハードウェアでのエンコードサポート、リアルタイム用途(低遅延会議など)への最適化、エンコーダの高速化といった点が進展すると予想されます。また、次世代の AV2 や他の新技術との関係も注目されていますが、採用・移行はエコシステムと法的状況に左右されます。

まとめ

AV1 は「高効率かつオープン」を目指したモダンなビデオコーデックで、ウェブやストリーミングにおけるビットレート削減に大きな可能性を持ちます。導入にあたってはエンコード性能・デコード対応・法務リスクの三点をバランスよく検討することが重要です。実装も増え、サポート環境は拡大しているため、プロジェクトの要件に応じて AV1 を採用する価値は高まっています。

参考文献