Sigiswald Kuijkenの歴史的演奏法入門—OVPPとLa Petite Bandeで聴くバッハとフランス古楽の名盤ガイド
Sigiswald Kuijkenとは — 簡単な紹介
シヒスヴァルト・カイケン(Sigiswald Kuijken、1944年生まれ)は、ベルギー出身のヴァイオリニストであり指揮者、歴史的演奏法(Historically Informed Performance)運動の重要人物の一人です。1972年に古楽アンサンブル「La Petite Bande」を創設し、バロック音楽・古典派の作品を当時の演奏慣習に基づいて再考・再現する活動で国際的な評価を確立しました。また、ヴィブラートを控えた歌唱・弦楽表現、肩当てを使わないヴァイオリン奏法、一声一部(one-voice-per-part, OVPP)を採る合唱/カンタタ演奏など、現代的な慣習に対して挑戦する演奏思想でも知られます。
おすすめレコード(入門〜深堀)
以下は、Kuijken の個性と歴史的演奏法の思想がよく表れている、特におすすめの録音・レパートリーです。作品ごとに「聴きどころ」「注目点」を添えました。
J.S. Bach — Matthäus-Passion(マタイ受難曲)/Kuijken & La Petite Bande
なぜ聴くか:Kuijken が採るOVPPや、独唱ソリストと合唱の関係を最小限にしながらも劇的な表現を追求するアプローチが、バッハの宗教劇性を生々しく浮かび上がらせます。オーケストラ編成も小編成で清澄、通奏低音の明瞭さとアンサンブルの対話性が際立ちます。
聴きどころ:合唱が「大合唱」へと向かう瞬間の構築(対比の効果)、レチタティーヴォの語り口、管楽器ソロの色彩感。
J.S. Bach — Missa in B minor(ロ短調ミサ)/Kuijken & La Petite Bande
なぜ聴くか:壮麗さと同時に古楽的な細部への配慮が感じられる演奏。伝統的な「大編成での荘厳」像とは異なり、音の輪郭や合唱・ソロのバランスが緻密に設計されています。
聴きどころ:ソプラノやアルトのソロの表情、通奏低音と声部との会話、合唱の透明性。
J.S. Bach — カンタータ(Kuijkenのカンタータ演奏/いくつかの代表録音)
なぜ聴くか:Kuijken はカンタータ作品の一声一部(OVPP)での実践者の一人として知られ、教会での実用的な演奏慣習に近い形でバッハを提示します。個々の声部が持つ語りをダイレクトに感じられるため、テキスト解釈やアフォリスティックな表現に敏感なリスナーに強く勧められます。
聴きどころ:ソロと合唱の境界が曖昧になる瞬間、通奏低音の即興性とソロ楽器の色彩。
Handel — Messiah(メサイア)/Kuijken & La Petite Bande
なぜ聴くか:ハンデルの宗教オラトリオを、18世紀当時の演奏慣習を意識してやや軽やかに、しかし表情豊かに再構成した演奏。コロラトゥーラや合唱の扱いが過度にロマン化されず、作品のバロック的リズム感・舞踏性が際立ちます。
聴きどころ:「ハレルヤ」コーラスの構築、ソプラノ・アリアの装飾処理、舞曲的リズムの明瞭さ。
French Baroque(Lully、Rameau、Couperin など)/La Petite Bande のフランス作品録音
なぜ聴くか:La Petite Bande の名称由来でもあるフランス古典劇・舞曲レパートリーに対するKuijken の理解は深く、フランス特有のアゴーギクやダンス性、オルナメント(装飾音)の扱いが非常に示唆的です。フランス・バロックの語法を学びたい人におすすめです。
聴きどころ:リズムの「押し引き」、舞曲的フレーズの均衡、リュリやラモーに特有の装飾法。
ヴァイオリン作品(バッハのソナタ、協奏曲など)/Kuijkenのソロ録音
なぜ聴くか:ソロ奏者としてのKuijken は、ヴィブラートを抑え、フレージングと文法に基づく呼吸感を重視します。バッハのヴァイオリン作品やバロック協奏曲を古楽的な観点から味わえる録音として価値があります。
聴きどころ:音の立ち上がり、フレージングの語尾の処理、通奏低音やチェンバロとの対話。
Kuijken流の聴き方ガイド — 深掘りポイント
一声一部(OVPP)と合唱の「在り方」:Kuijken の演奏では合唱が大きな塊として鳴るのではなく、個々の声部の会話として聴こえます。合唱の力技的な圧力ではなく対位法の明瞭さを重視するため、声の輪郭や言葉の聞き取りに注目してください。
ヴィブラートの制御:持続的なヴィブラートを抑えることにより、フレーズごとの音色変化やイントネーションのずれが演奏表現になります。暖かさよりも輪郭・線の美しさに耳を傾けると新たな発見があります。
通奏低音の役割:通奏低音(チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロなど)の即興的リアクションが演奏の推進力と表情を作ります。低音の線を追い、どの程度の即興性や装飾が加えられているかを聴き比べると興味深いです。
テキストと音楽の関係:宗教曲やオラトリオでは、言葉の抑揚や文節に基づいたテンポ・強弱が重要です。Kuijken はテキスト重視の解釈をするので、ライナーノートの歌詞対訳と照らし合わせながら聴くと理解が深まります。
購入・収集での選び方のコツ(録音の選別)
ライヴ録音とスタジオ録音を比較する:Kuijken の録音にはライヴ(教会やホール)での熱気と、スタジオでの細部の緻密さそれぞれが存在します。作品や聴きたい側面に応じて選ぶと良いでしょう。
合唱編成・ソリスト表記を確認:OVPP(one voice per part)表記やソリストの顔ぶれ、楽器編成の記載をチェックして、Kuijken の意図する演奏慣習が反映されているか確認してください。
リマスター/再発情報:古い録音はリマスター版で音が改善されていることがあります。音場や低音の明瞭さを気にする場合は再発情報も参考にしてください。
聴き比べのおすすめ組合せ
Kuijken(La Petite Bande)版のバッハ受難曲やミサを、伝統的な大編成録音(Karajan や Gardiner、Rilling などの他の指揮者)と比較すると、表現上の「重量感」vs「構造の明瞭さ」の対比が明確にわかります。
バロックのオラトリオや協奏曲は、演奏慣習の違い(装飾、アゴーギク、音色)による印象の変化が大きいので、Kuijken と同時代の古楽指導者(Harnoncourt、Leonhardt、Gardiner など)との比較が学びになります。
まとめ
Sigiswald Kuijken は歴史的演奏への忠実さと、演奏が持つ内的語り(テキスト・対位法・装飾)の明瞭化を両立させる演奏家です。彼とLa Petite Bande の録音は、バッハやフランス・バロックの楽曲を“当時の空気”に近い感覚で聴きたい人、作品の構造を音で鮮明に理解したい人にとって貴重な資料となります。まずは上で挙げた代表作を一枚ずつ聴き、OVPPや通奏低音の役割、装飾の扱いに注目してみてください。
エバープレイの中古レコード通販ショップ
エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery
参考文献
- Sigiswald Kuijken — Wikipedia
- La Petite Bande — 公式サイト
- Sigiswald Kuijken — Discogs(ディスコグラフィ)
- Sigiswald Kuijken — Bach-Cantatas.com(経歴・録音解説)
- One-voice-per-part — Wikipedia(OVPP に関する解説)


