序文 — 小さな巨匠の〈疑問符〉
モーツァルトの名前が付された作品の中には、作者や成立事情がはっきりしないもの、後年の研究で別人の作と判明したものなど、いわゆる「真贋問題」を抱える楽曲が複数あります。本稿ではそのひとつ、交響曲第3番 変ホ長調 K.18 (Anh. A 51) を取り上げます。本作は伝統的にモーツァルトの幼年期の産物として扱われてきましたが、現代の研究では自筆譜が存在しないこと、様式的・文献的な疑義があることから、作者がはっきりしない、あるいは誤ってモーツァルトに帰属された可能性が高い、とされています。
来歴と資料状況
この交響曲は楽譜目録上は K.18 と振られていますが、ケッヒェル目録の補遺(Anh. A)に収められており、これは「真贋が疑問視される作品」を示す分類です。自筆の原譜が現存せず、伝承はコピー譜や19世紀以降の目録情報に基づくため、成立年代や作曲地の確定が困難です。 一般的にモーツァルトの初期交響曲群は1760年代前半、家族の欧州ツアー(ロンドン、パリ、ハーグなど)やザルツブルクでの活動期に作られたとされます。K.18 もこの時期の諸作群と様式的に近い点があるため、かつてはウルフガング・アマデウス・モーツァルトの幼時の作品とみなされてきました。しかし、稿本や伝本の出自、筆跡や和声処理、形式処理などに不審な点があることから、ケッヒェル目録補遺に移されました。
真贋問題の論点
- 自筆譜の不在: モーツァルトの確定した自筆譜が存在しないため、原典的証拠が薄い。多くの真正の幼少期作品は自筆または確かな親族の写しで裏付けられているのに対し、本作は写譜に頼るしかない。
- 様式的な不一致: 旋律の流れや対位法の処理、和声的な取り扱いが、同時期の確実なモーツァルト作品と比べて洗練度が異なるとの指摘がある。これは若年の作曲家が経験不足で示す特徴とも解釈できますが、他の作曲家の作品と一致する箇所があるとの議論もある。
- 伝承の曖昧さ: 楽譜の系譜が断絶しているため、コピーの作成者や出所を確証しづらい。こうした伝本の不確かさが帰属の判断を難しくする。
編成と楽曲の外形
典型的な18世紀古典派初期の交響曲に倣い、本作は小編成のオーケストラを想定しています。一般には弦楽器(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ・コントラバス)に加え、2本のオーボエと2本のホルンが補助的に用いられる、といった編成が想定されます。副管楽器の有無や配置については写本による差異が見られる場合があります。 楽章構成は三楽章制をとることが多く、当時の交響曲と同様、速-緩-速のコントラストによって構成されます。これは当時の簡潔で明快なガラン(galant)様式と古典的な交響曲様式の折衷といえます。
楽曲分析(聴きどころと構成の特徴)
以下は様式的な観点からの分析で、楽譜の版や録音により細部が異なることがあります。
- 第1楽章(速い楽章) 冒頭は簡潔で愛らしい主題が提示され、短い装飾や応答句によってテーマが展開されます。古典期のソナタ形式の素朴な前兆を示しますが、提示部・展開部・再現部の区分は同時代の成熟したソナタ形式に比べて簡略です。対位法的処理は最低限に留まり、主題のリズムとハーモニーによって推進力を得ています。
- 第2楽章(ゆるやかな楽章) 緩徐楽章は透き通った旋律線と和音進行の明快さが特徴で、歌うような主題が弦で提示され、管楽器が装飾的に色付けをします。調性は主調に近い関係調を中心に動き、短いドミナントへの導入やカデンツァ風の終結を含むことがあります。
- 第3楽章(快速の終楽章) 終楽章はリズミカルで躍動感に富み、小結句や反復が多用されます。短いフレーズの反復とコール・アンド・レスポンス的なやり取りで曲を締めくくる様式は、当時のシンフォニックな小品に共通する手法です。
モーツァルト幼少期の様式的影響
仮にウルフガングの作とすれば、本作にはロンドン滞在中に出会ったヨハン・クリスティアン・バッハや当時のロンドン楽派からの影響が認められるはずです。軽妙な主題と透明な伴奏形、均整の取れたフレーズ構成はガラン様式の特徴であり、若き日のモーツァルトが学んだ要素と合致します。一方で、特定の和声処理やフレージングが同時代の他作曲家の作風に近いとの指摘もあり、これが真贋論争の一因となっています。
演奏上のポイント
- 音色とバランス: 小編成の作品であるため、弦と管のバランスが重要。古楽器(ヴィオラ・ダ・ガンバ系の低弦や自然ホルン、古いオーボエ)を用いた演奏では、19世紀以降の大型編成とは異なる親密な響きが得られる。
- テンポ感: 第1楽章や終楽章は軽やかさを失わないこと。装飾や反復を過度に遅くすると曲の機微が損なわれる。
- 様式把握: 幼年期の作品としての素朴さを尊重しつつ、古典派初期の均衡感やフレーズ感を明確に表すことが肝要。
音楽史的意義と読み替え
真作者が誰であれ、K.18 として流布してきた本作は18世紀前半から中葉にかけての交響曲のあり方を示す事例として価値があります。幼少のモーツァルト作品と比定されることによって、彼の様式的成長を辿る材料として扱われてきました。一方で、もし他者の作ならば、当時の音楽シーンにおける標準的な様式を理解するための好資料になります。
録音と版の選び方
本作は標準的レパートリーではないため、録音数は限られます。録音や楽譜を選ぶ際は以下を参考にしてください。
- 版の出自を確認する: 校訂版か写譜に基づくかで細部が異なるため、版注や原典校訂の有無をチェックする。
- 演奏史的アプローチ: 古楽器アンサンブルによる演奏は、当時の音色とテンポ感を体感するうえで有益。逆にモダンオーケストラは清潔で均整の取れたサウンドを好む場合が多い。
- 解説やライナーノート: 真贋問題や版の由来について触れている録音を選ぶと、聴取体験が深まる。
まとめ — 疑問符を抱きつつ聴く価値
交響曲第3番 変ホ長調 K.18 (Anh. A 51) は、モーツァルト作品としての確証がないために学術的興味を引く一方、短いながらも古典派初期の魅力を感じさせる小品です。真贋の問題を背景知識として持ちながら聴くと、当時の様式や若年作曲家の学習過程、楽譜の伝承問題といった複数の視点から作品を味わうことができます。音楽としては軽やかな主題と均整のとれたフレーズ構成が心地よく、演奏者にとっては様式感の表現が問われる楽曲です。
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