序章:〈旧ランバッハ〉交響曲とは何か
モーツァルトの初期交響曲群の中に位置づけられる『交響曲 ト長調 K.45a(通称:旧ランバッハ(Old Lambach))』は、作品そのものよりもむしろその出自と帰属をめぐる議論で知られています。ランバッハ(Lambach)修道院に伝来した写本が発端となっているため「ランバッハ交響曲」と呼ばれますが、現存する資料は断片的であり、作曲年代や作曲者に関して学界で意見が分かれてきました。本稿では、史料的背景、様式的特徴、版と演奏の問題、そして現在の研究動向を整理しつつ、この作品が現代の演奏会に何を伝え得るかを深掘りします。
発見と史料:ランバッハ写本の性格
この交響曲についての最も重要な史料は、オーストリアのランバッハ修道院に残る楽譜写本です。写本には表題やクレジットの有無、筆跡や用紙の特徴などから、完稿がモーツァルト本人による自筆譜ではない可能性が高いことが指摘されています。写譜された時期や写譜者の身元も明確でないため、作品がウィルヘルム・ヴォルフガング(ヴォルフガング本人)によるものか、あるいは家族や周辺の作曲家による模倣・補作なのかという問題が生じます。 こうした事情は18世紀の音楽流通の実態と無関係ではありません。当時は自筆譜、写譜、舞踏会用の簡易版など複数の形態が並行し、作品の帰属が不確かなまま広まることが頻繁にありました。ランバッハ写本もその例外ではなく、写本の年代判定や装飾、修正痕の解析が継続的に行われています。
作曲年代と帰属をめぐる議論
K.45a の作曲年代については17〜18世紀の近年研究を踏まえても確定していません。多くの研究者はモーツァルトの少年期(1760年代)に帰すると仮定していますが、その場合でも具体的な年や場所(ザルツブルク、ウィーン、欧州巡業中など)は諸説あります。重要なのは、楽曲の語法がモーツァルトの他の初期交響曲(たとえばK.16群やK.31群、K.96など)と共通する点が多いことです。これが帰属論拠の一つになっています。 一方で、メロディや和声進行、対位法処理の一部に当時の地方的な作風や模倣の跡が見られるとして、レオポルト・モーツァルトや同時代の他作曲家の作とする意見も存在します。こうした多様な見解は、K.45a を単純に『モーツァルト作品』として片付けられないことを示しています。
楽曲構成と様式的特徴
現存する写本に基づけば、K.45a はいわゆる古典初期の交響曲の様式を踏襲しています。以下にその主要な様式的特徴を挙げます。
- 楽器編成:弦楽合奏を基盤に、オーボエ2本とホルン2本を加えた標準的な編成が想定されます。クラリネットやピアノフォルテは用いられていないのが典型的です。
- 形式:急―緩―急の三楽章構成が主流で、簡潔で明快なソナタ形式やロンド形式が用いられます。主題は短く規則正しいフレーズで構成され、ガラント様式の影響が色濃くみられます。
- 和声と旋律:ダイアトニックな和声進行、透明な音響設計、対位的要素は控えめで、短い反復や呼応を通じて親しみやすい主題が展開されます。
- リズムと舞曲性:舞曲的なリズムやシンコペーションを伴う場面があり、聴衆受けを狙った軽快さが感じられます。
これらの特徴はモーツァルト少年期の作品に共通しますが、同時代のイタリアやドイツの交響曲とも共通項が多く、単独で作曲者を決定づけるには不十分です。
版と校訂の問題
K.45a に関する現代版や校訂譜は、写本の解釈に基づいて編集者が多様な判断を下しているため、版によって細部が異なります。たとえば、オーボエやホルンの独立したパートがはっきりしない箇所では補筆が行われることがあり、ピッチ(当時のA=430〜435Hz程度など)や装飾の解釈も演奏実践により違いが出ます。 古楽器(原典派)による演奏では、当時のトランスポージング習慣や自然ホルンの制約を考慮し、より軽やかで透明な音色が追求されます。一方で近代オーケストラ編成での演奏では、厚みやダイナミクスを強めに取る傾向があり、作品の受け取り方が変わることがあります。したがって、版の選択はこの交響曲の「顔」を大きく左右します。
様式分析:主題と発展部の処理
K.45a の主題は短く整然としており、しばしば反復と変形を通じて展開されます。発展部においては、モーツァルト少年作品に見られるような簡潔なシーケンスや転調の技巧が用いられ、ドラマ性よりも均整と明快さが優先されます。管楽器は色彩的に用いられ、旋律の主要部分は弦が担うことが多いのも特徴です。 こうした処理から、K.45a は「教育的作品」や「舞踏会用の実用曲」と解釈されることもありますが、短い主題のなかに見える細やかなハーモニーや意外な転調は、若き作曲家の創意も窺わせます。
演奏上のポイントと解釈の余地
指揮者・演奏家にとっての重要な判断は、テンポ設定、音色の選択、装飾の有無、そして弦・管のバランスです。古典期の文献に基づけば、急楽章は活発だが軽やかに、緩徐楽章は歌うように、といったアプローチが基本です。また、現代の数値的テンポ感覚と18世紀のそれは異なり、テンポを速めに採ると舞踏会的な印象が強まり、ゆったり取ると交響曲的な重みが増します。 実演では、写本の不確定箇所をどう扱うかが表現上の焦点となります。補筆部分を保守的に扱うか、補筆を創意として積極的に補うかで演奏の印象はかなり変わります。
帰属問題の現状と音楽学的意義
今日の音楽学では、K.45a の作曲者を断言することは避けるべきだという慎重な立場が主流です。筆跡学、紙葉の分析、和声・形式の比較研究など複合的な手法で検証が進められており、新しい証拠が出れば帰属が再評価される可能性があります。逆に、帰属が確定しないことでこの作品は18世紀中盤の音楽流通の実態や作曲家共同体のあり方を考える格好の題材となっています。
現代への提示:なぜこの交響曲を聴くべきか
K.45a は大作ではありませんが、18世紀中葉から後期古典派へ移る過程での様式的な特徴を生き生きと伝えます。短く明快な主題、舞踊的なリズム、そして管楽器による色彩感。これらは、聴衆にとって親しみやすく、同時に当時の演奏実践や楽曲流通の事情を想像させる手がかりを多く与えます。作曲者の問題を抜きにしても、当時の都市や宮廷で鳴っていた音楽を復元する興味深い例として、演奏会や教育的プログラムに適しています。
まとめ:不確実性を楽しむという姿勢
K.45a(旧ランバッハ交響曲)は、明快さと謎を併せ持つ作品です。学術的には帰属に慎重な姿勢が求められますが、音楽としては十分に魅力的で、適切な版と解釈を選べば十分に聴き応えのあるレパートリーとなります。不確実性を欠点と見るのではなく、18世紀の音楽世界への窓口として楽しむのがこの曲の最良の扱い方でしょう。
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