モーツァルト『ヴァイオリンソナタ ヘ長調 K.57 (偽作)』の真相と聴きどころ:来歴・作風・演奏ガイド

はじめに — なぜ“偽作”と呼ばれるのか

モーツァルトの名を冠した作品の中には、後世の写譜や出版物により伝わったものの、作曲者本人の自筆譜が見つかっておらず、作風や出典から真作と断定できない楽曲がいくつか存在します。ヘ長調ヴァイオリンソナタ K.57(附番号 Anh. C 23.03 と表記されることもあります)は、その代表的なケースのひとつで、「偽作」や「疑作」と表記されることが少なくありません。本稿では、来歴(伝来の状況)、音楽的特徴、なぜ偽作とされるのかという議論、そして実際に演奏・鑑賞する際の留意点まで、できるだけ根拠に基づいて詳しく掘り下げます。

来歴と出典の問題点

K.57 として伝わるこのヴァイオリンソナタは、モーツァルトの主要な自筆目録や確かな自筆譜に含まれていない点で問題視されます。20世紀以降の新版カタログや批判校訂譜では、出典が不確かな作品を附録(Anhang)に分類し、疑わしい作品群として扱う慣行がとられてきました。K.57 もそうしたリストに含まれることが多く、初出が後年の写譜や印刷譜である場合、編曲や模作、あるいは別の作曲家による作品がモーツァルト名で流通した可能性が議論されます。

具体的なポイントとしては以下のような点が挙げられます。

  • 自筆稿(autograph)が確認されていないこと。
  • 成立年代の推定がはっきりせず、モーツァルトの他の同時期作例と技巧的・様式的に不整合があること。
  • 初出の写譜・版に作曲者として別の名が記されていたり、出版社による付与名であった可能性があること。

こうした事情から、音楽学的には慎重な扱いが求められます。ただし、「偽作」と断定するか「疑作」とするかは研究者や版によって見解が分かれることが多く、完全に結論が出ているわけではありません。

楽曲の音楽的特徴と様式分析

K.57 に見られる音楽語法を冷静に観察すると、モーツァルトの確実な初期ヴァイオリンソナタ群と比較していくつかの相違点が浮かび上がります。以下は主に様式・編成面からの観察です。

  • ピアノ(当時はフォルテピアノ)とヴァイオリンの関係性が、モーツァルト本来の「通奏低音的な鍵盤伴奏に対してヴァイオリンが独立した役割を担う」関係になっていない箇所がある。すなわち、ヴァイオリンが装飾的・伴奏的に終始する部分が多く、二重ソロ的な対話が弱い。
  • 旋律線や主題の展開がやや素朴で直線的、和声進行も容易に予測できる平易さを持つ。これは当時の教育用や出版向けの作品に見られる特徴でもある。
  • 和声の処理や終止の仕方、細かな装飾の扱いにおいて、モーツァルトの他の同時期作品に比べて個性的なフレーズ処理が少なく、地域的・商業的な作曲家(あるいは改作を行った写譜師)の作風を想起させる。

以上の点から、楽曲自体は聴き手に親しみやすく、演奏会や教育現場での採用に向く性質を持つ一方で、モーツァルト独特の斬新さや深い構成感という観点では疑問が残る、という評価がなされやすいのです。

なぜ「偽作」と断定されやすいのか — 音楽学的視点

「偽作」の判定は単純ではありません。音楽学的に重要なのは複数の証拠の積み重ねです。K.57 に関して考慮される主な証拠は次の通りです。

  • 一次資料の欠如:作者自身の自筆譜がない場合、成立年代や改訂の有無、不正確な伝承の可能性が残る。
  • 写本・出版史:初出資料にモーツァルトの署名や信用できる伝来経路が示されていない、あるいは写譜者が別の作曲家の作品をモーツァルト名で扱った前例があるなど。
  • 様式的一貫性の欠如:作曲技法や和声感、器楽の扱いがモーツァルトの他作品群と著しく異なる場合、同一作者である可能性が低くなる。
  • 音楽理論的検討:対位法や動機展開の処理が当時のモーツァルトの水準と異なると判断されれば、作曲者の帰属は疑われる。

ただし、モーツァルト自身も幼少期から若年期にかけて様式を変化させているため、単純に“やさしい”や“平易”という理由だけで偽作と断定することは避けられます。そのため研究は慎重に行われ、時には新資料の発見や再検討によって分類が変わることもあります。

鑑賞・演奏上のポイント

仮にこの作品がモーツァルトの真作であったとしても、あるいは偽作であったとしても、音楽としての価値や魅力は十分に存在します。以下は演奏者や聴衆が注目すべきポイントです。

  • 対話性の強調:ヴァイオリンと鍵盤の関係が片寄って聴こえる箇所では、意図的に対話を作り出すことでソナタとしてのまとまりが生まれる。
  • 装飾と歌いまわし:旋律が素直な分、歌わせ方や装飾(アーティキュレーション、ヴィブラート、長短の弾き分け)で個性を出しやすい。
  • テンポ設定:平易な主題ほどテンポの選択が曲想を大きく左右する。過度に速めると安っぽくなる可能性があるため、楽曲の歌い出しや休止を大切にする。
  • 歴史的奏法の検討:フォルテピアノと古典的ボウイングなど、当時の演奏習慣を取り入れることで、ソナタの特徴がより明瞭になる場合がある。

版と入手、研究資料の探し方

学術的に扱う場合は、信頼できる版や批判校訂に当たることが重要です。以下の手順が一般的です。

  • Neue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集)や主要な批判校訂をまず確認する。附録に分類されている場合も注記がある。
  • 一次資料が確認できない場合は、初出の写譜や古版の所在を調べる。国際楽譜ライブラリや大学のデジタルアーカイブが有用。
  • 公開楽譜サイト(例:IMSLP)で原典や古版を比較する。ただし、掲載情報の正確性は自ら確認する必要がある。

録音と聴きどころの提案

K.57 は名曲のレパートリーと比べれば録音数は多くないかもしれませんが、教育的で親しみやすい曲想から演奏会の小曲として採り上げられることがあります。鑑賞時には以下の点に着目すると、曲の良さを引き出せます。

  • 主題の素朴さをむしろ美点として捉え、旋律の一音一音に注意を払う。
  • 和声の単純さを補うために、テンポの揺れや強弱の細かい対比で表情を付ける。
  • ヴァイオリンの音色変化を活かし、歌うパートと飾るパートを明確に区別する。

結論 — 真作論争と音楽の享受

K.57 は、モーツァルト研究という学術分野のなかで興味深い事例を提供します。完全な結論が出ていない現在でも、この作品を通じて当時の出版事情や写譜文化、作曲家の名がいかに商業的に利用されてきたかを学ぶことができます。一方で、曲そのものは演奏・教育の場で有意義に機能するため、「作曲者名」に固執するのではなく、音楽としてどう表現するかを重視して扱うのが建設的でしょう。

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参考文献