モーツァルト:ヴァイオリンソナタ ハ短調 K.59(Anh.C 23.05)(偽作)の真相と音楽学的考察
はじめに
「ヴァイオリンソナタ ハ短調 K.59(Anh.C 23.05)」は、長年にわたりヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品目録の傍注(Anhang)に位置づけられてきた楽曲の一つであり、現在は「疑わしい/偽作」として扱われています。本コラムでは、この作品がなぜモーツァルトの真正作とは認められないのか、来歴(伝来史)・写本・様式的特徴・演奏上の扱いといった観点から詳しく掘り下げ、その音楽的価値をどのように評価すべきかを論じます。
「Anh. C」とは何か — 目録上の位置づけ
「Anh.」はドイツ語のAnhang(補遺)を意味し、レオポルト・フォン・ケッヘル(Köchel)の作成したモーツァルト作品目録において、確実な作曲者表記や自筆譜が欠けるなどの理由で真正性が疑われる作品が分類された区分です。後の改訂版や学界の研究により、ある作品は真正作として移されたり、逆に疑作・偽作に移されたりします。K.59(Anh.C 23.05)についても、この分類の対象となっており、現代の主要カタログやニュー・モーツァルト・アウスガーベ(Neue Mozart-Ausgabe;NMA)でも疑いのある作品として扱われています。
来歴と写本資料
この作品の最大の問題は、自筆の原典譜(autograph)が存在しない点です。現在伝わる楽譜は後世の写譜や出版社による刊行譜に基づくもので、初出資料の多くは作曲当時のものとして確立できません。自筆譜がない場合、筆跡・紙背・水印・書式などの検証が重要になりますが、K.59に関してはそうした決定的な物証が見つかっていません。
また、18世紀末から19世紀にかけての出版慣行として、有名作曲家の名前を付して楽譜を流通させる事例が少なくありません。マーケットでの売れ行きを上げるため、実際には別人の作品が「モーツァルト作」として出回ったケースが数多く報告されています。K.59もそうした流通過程でモーツァルトの名が付された可能性が考えられます。
様式的・音楽学的検討
音楽学者が作曲者判定を行う際、和声進行・主題の構成・ヴァイオリン/ピアノの書法・形式の取り扱いなどを比較します。モーツァルトの真正のヴァイオリンソナタ群(特にウィーン期の作品や成熟期のソナタ)と比べると、K.59にはいくつかの不一致点が指摘されています。
- ヴァイオリンとピアノの役割配分:モーツァルトの多くのソナタでは二楽器が対等に扱われる一方、K.59ではヴァイオリンに明らかに習慣的・技巧的な独立パッセージが多く見られ、18世紀末のヴァイオリン教師や職業ヴァイオリニストのために書かれた習作に近い印象を与える。
- 和声・進行の特徴:モーツァルト特有の機微な和声語法や予想外の転調処理に比べ、K.59では形式上の処理や和声語法がやや平板・紋切り型であると評価されることがある。
- 主題構成と動機展開:モーツァルトらしい卓越した動機展開(小さな素材から多彩に発展させる手法)が相対的に弱く、古典期一般のソナタ様式に留まる箇所が多い。
以上の点は必ずしも決定的な根拠ではありませんが、様式批評としては偽作の可能性を示唆します。音楽学的判断は複数の要素を総合して下されるため、これらの様式的特徴だけで確定するわけではありませんが、自筆譜不在と合わせて疑義を強める材料になります。
典拠問題と出版史
いわゆるモーツァルト関連の偽作群には、18〜19世紀の出版者や写譜師が関与している場合が多く、K.59もその例外ではありません。最初に「モーツァルト作」として紹介された時期や刊行所を正確に追うことが、真正性判断にとって重要です。現存する刊本・写譜の書誌情報(書誌学的データ)を精査すると、初出が作曲当時のウィーンやザルツブルクの保存資料ではなく、後年の出版物に由来することがしばしば確認されます。
さらに、19世紀以降の編纂・校訂で作品が付与されたK番号(ケッヘル番号)自体も改訂を経ており、Anhangへ収められた経緯には編纂者の判断が強く影響しています。したがって「K.59」として流通する楽譜が示すのは、必ずしもモーツァルトの筆跡や当時の確定的な証拠ではない点に留意が必要です。
演奏と録音での扱い
実際のコンサートや録音では、K.59は珍曲扱いでプログラムに載ることは稀です。演奏家や音楽監督の間では、作曲者が明確でない作品はモーツァルトのレパートリーとして扱うよりも「18世紀の小品」「モーツァルト風のソナタ」として紹介する場合が多くあります。これは聴衆に誤解を与えないための配慮であり、音楽史的正確さを重視する姿勢です。
しかし、学術的好奇心やプログラムの変化を狙ったコンサート、あるいは”未知の作品”をレパートリーに加える意図からK.59を取り上げる演奏家も存在します。演奏面では、古典派演奏慣習(弓使いの配慮、ヴィブラートの節度、当時のテンポ感)を取り入れることで、作品の魅力を引き出すことが可能です。
モーツァルトの正規ソナタ群との比較
モーツァルトの真正のヴァイオリンソナタ(特にウィーン・イタリア時代以降の作品)には、ピアノの独立性が高まり、二重奏的バランスが際立つ特徴があります。K.59はこうした相互作用の洗練度で劣るとされ、結果的に作曲者の筆跡を示す決定的な特徴に欠けると評価されます。だが一方で、作風が凡庸とはいえ、当時の演奏会需要やヴァイオリン教育用素材としては充分に機能する音楽であることも忘れてはなりません。
学界の現状と今後の研究課題
この種の疑作に対する最良のアプローチは、文献学的・写本学的検証と、スタイlistic analysis(様式比較)を組み合わせた総合的研究です。紙やインクの年代測定、水印の比較、写譜者の特定などの書誌学的手法は、自筆譜がない場合でも来歴を明らかにする有力な手段です。また、デジタル・コーパスを用いた動機の類似性検索や統計的様式分析も、今後の方向性として期待されます。
まとめ — 聴き手としての向き合い方
K.59は現時点でモーツァルトの真正作とは認められておらず、学術的には「疑作/偽作」として扱われます。しかし作品そのものは18世紀古典派様式の一端を示す興味深い例であり、歴史的文脈や出版史を踏まえて聴けば十分に楽しめる音楽です。重要なのは、作曲者表記に過度に依存せず、作品をその音楽的内容と来歴の両面から評価する姿勢です。
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参考文献
- IMSLP: Violin Sonata in C minor, K.59 (Anh. C 23.05)(写譜・楽譜情報、初出資料の記載あり)
- Wikipedia: List of works by Wolfgang Amadeus Mozart — Spurious and doubtful works(偽作・疑作に関する概説)
- Bärenreiter: Neue Mozart-Ausgabe(NMA)紹介(モーツァルト作品目録と新版研究の概説)
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