モーツァルト:ヴァイオリンソナタ ホ短調 K.60 (Anh.C 23.06) の真偽と音楽的考察

はじめに

モーツァルトの名を冠する作品のなかには、長年にわたり偽作や誤認が問題となってきたものが少なくありません。本稿では「ヴァイオリンソナタ ホ短調 K.60 (Anh.C 23.06)」と表記される作品について、その来歴、作風の分析、真正性を巡る議論、演奏上の注意点などを丁寧に検証し、読み物としても学術的な観点からも納得できる形で整理します。現在この作品は多くのモーツァルト目録や音楽学者の検討で偽作/疑義作として扱われるケースが多く、なぜそう判断されるのか、音楽的にどのような特徴があるのかを中心に述べます。

歴史的来歴(出典と受容)

このホ短調の作品は、伝統的なモーツァルト目録ではAnhang(補遺)扱い、あるいは疑義付きの番号で表記されることが多く、確かな自筆譜(autograph)が確認されていない点が最大の問題です。18世紀後半から19世紀にかけての版や写しでモーツァルト名義で流通した例がある一方、版や写本の筆跡・紙質・水印・訂正痕などの物証がモーツァルト自身の作為を強く支持しないため、研究者たちは慎重な扱いを求めてきました。

一般に、モーツァルト作品の真正性を判定する際は、以下のような資料的・音楽的な観点が検討されます。

  • 自筆譜の有無(筆跡・紙・水印の照合)
  • 初版・写本の来歴(誰のコレクションにあったか、初出の刊行元)
  • 当時の目録や手紙に言及があるかどうか
  • 作風・和声進行・器楽の書法が他の確実な作品と整合するか

ホ短調 K.60 は、上記の検証項目のいくつかで疑義が指摘され、最終的に多くの目録で偽作や疑作に分類されるに至りました。

音楽的特徴と様式分析

ここでは具体的な楽曲の構造や特徴に焦点を当て、なぜ研究者が「モーツァルトらしくない」と感じるのかを説明します。なお、以下の分析は既存の写本や版に基づくもので、異本が存在する場合は差異が生じることがあります。

形式面では、典型的な18世紀イタリア〜ウィーン風のソナタ形式を踏襲している箇所が見られますが、各楽章の動機処理や発展部の扱いに統一感を欠く部分がある点が指摘されています。モーツァルトの確実な初期ヴァイオリンソナタ群では、短い主題が巧みに展開され、明快な動機の発展と対位法的な処理が見られるのに対し、本作では動機の展開がやや稚拙で、反復的・装飾的に終始する箇所が散見されます。

和声や旋律の語法についても一定の違和感が報告されています。モーツァルトは早くから巧妙な和声進行、転調の決断力、そして旋律線の自然な呼吸をもって知られますが、K.60 では平凡な和声進行(いわゆる通俗的な序列)や、不自然に長い装飾的フレーズが目立ち、モーツァルトの筆致とされる特有の「呼吸感」や「対位的バランス」が希薄だと評されます。

器楽的書法に関しては、鍵盤楽器中心のモーツァルトのヴァイオリンソナタ伝統から逸脱して、ヴァイオリンに過度に技巧的で板的なパッセージを書きすぎている箇所が「他者の筆致」を示す手掛かりとされています。逆に鍵盤にとって不自然な配置・和声伴奏がある場合も、手堅い作曲家が書いたとは考えにくいと判断されます。

真正性を巡る議論 — 何が根拠か

真正性を巡る主な根拠は、資料的証拠の欠如と、上記の音楽的差異です。自筆譜がない場合、版や写本の来歴(誰が写したか、いつの誰の所蔵か)が非常に重要です。K.60 に関しては、信頼できる一次資料が見つかっていないこと、あるいは発見された写本が別人の手で書かれたと考えられる点が、疑義の根拠となっています。

さらに、音楽学的には筆致比較(stylistic fingerprinting)として既知のモーツァルト作品群と詳細に比較する手法が用いられます。動機の発展方法、和声進行、リズム処理、器楽的な扱いなどの細部に統計的・定性的差異が認められると、疑作と判断される傾向にあります。近年はデジタル音楽学や計量的手法も利用されるようになり、従来の主観的判断を補強する材料が増えています。

なぜ偽作・誤認が起きたのか

18世紀〜19世紀は作曲家名が販売戦略に利用されることがあり、既に知られた作曲家の名を冠して楽譜を刊行すると売れ行きが良くなるという事情がありました。そのため、原作者不明の楽曲が有名作曲家の名で出回る事例は珍しくありません。さらに、当時の目録作成やコレクションの伝達過程で記録ミスが生じ、後世の編纂者が誤って作品をモーツァルトに割り当ててしまうこともあります。

演奏上の視点:どう取り扱うか

演奏者・聴衆の観点からは、作曲者名の真偽は重要ですが、音楽としての魅力や演奏可能性も同様に重要です。K.60 を演奏する場合、以下の点に留意するとよいでしょう。

  • 編成とバランス:モーツァルトのヴァイオリンソナタは伝統的に鍵盤が主導するため、鍵盤を中心にバランスを取る。ただし本作はヴァイオリンに技巧が集中する箇所があるため、ヴァイオリンの音色とアーティキュレーションを工夫して調和させること。
  • 装飾とトレモロ:19世紀的な過剰な装飾は避け、18世紀的な簡潔さとフレージングを重視する。必要に応じて簡素化する判断も重要。
  • テンポと発展部の扱い:動機展開が弱い箇所はテンポや線の流れで補う。過度なルバートは避け、音楽の論理を明確に示す。
  • 歴史的演奏法の適用:原典主義的なアプローチで装飾・アーティキュレーションを考えると、作品の時代感や語法が見えやすくなる。

他作品との比較で見えること

モーツァルトの真正な初期ソナタや協奏曲の楽譜と比較すると、K.60 の和声処理や動機の扱いに単純化・陳腐さが見られると述べましたが、これは必ずしも「悪い作曲」であることを意味しません。18世紀には地域や作曲者ごとに多様な書法が存在し、地方の有能な作曲家が同時代的な俗曲性を取り入れた作品を書いた可能性も高いのです。したがって本作は「モーツァルトでない可能性が高いが、時代の産物としては興味深い」という評価が妥当です。

結論:研究と演奏の両面からの評価

ヴァイオリンソナタ ホ短調 K.60 (Anh.C 23.06) は、資料学的・音楽学的検討の結果、多くの学者がモーツァルトの真正作ではないと判断しています。ただし、音楽作品としての価値は別個に評価されうるため、演奏レパートリーや教育的素材としての利用には一定の意義があります。研究の観点からは、もし新たな自筆譜や信頼できる一次資料が発見されれば評価は再検討されるべきであり、現在の結論はあくまで現存資料と比較分析に基づく暫定的なものです。

研究の今後の方向

今後の研究では、デジタル化された写本群のより精密な比較、紙やインクの科学的分析(文献学的手法)、統計的な様式比較の拡充が期待されます。これにより、従来の主観的判断を補強・修正できる可能性があります。また、地域的な作曲者や写譜文化の研究が進めば、この作品がどのような文脈で生まれ、誰によって演奏・写譜されてきたかの理解も深まるでしょう。

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参考文献