モーツァルト(偽作)ヴァイオリンソナタ イ長調 K.61(Anh.C 23.07)の真相と史料検証

はじめに — K.61(Anh.C 23.07)を巡る誤解

「ヴァイオリンソナタ イ長調 K.61(Anh.C 23.07)」は、長年にわたりヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作とされてきた作品の一つですが、現在では偽作(または異作者の作品)として扱われています。本稿では、この作品がどのようにしてモーツァルトの作品目録に入り、なぜ後に偽作として位置づけられたのか、史料と音楽学的な観点から整理し、併せて作曲者として挙げられているヘルマン・フリードリヒ・ラウパッハ(Hermann Friedrich Raupach)についての基本情報と、現代の受容・演奏のあり方を考察します。

作品の来歴と目録上の扱い

このソナタはかつてモーツァルトの作品目録(Köchel-Verzeichnis, K.)に含められていましたが、後の研究で真正性に疑義が出され、Köchel目録の付録(Anhang C)に移されました。Anhang C は「偽作・誤認された作品」を収める区分であり、K.61(表記にAnh.C 23.07を付す)はそこで扱われます。付録に移された背景には、原典(自筆譜や確かな写本)に関する問題点、様式的差異、伝承経路の不明確さなどが積み重なった結果があります。

なぜ偽作と考えられるのか — 主要な根拠

偽作とする決定には複数の根拠が挙げられます。簡潔に整理すると以下の点が重要です。

  • 原典の信頼性の欠如:モーツァルトの自筆譜が確認できない、あるいは写本の系譜が不確かであること。
  • 様式的差異:当該作品の作風が、同時期(モーツァルトの幼年期や少年期)の他のヴァイオリンソナタ類と比較して不自然な点があると判断されたこと。
  • 歴史的資料の示唆:かつての伝承や初期の出版情報が、別の作曲家の作品としての可能性を示していたこと。

これらの点を受け、音楽学者や目録編纂者は慎重に検討を重ね、最終的にKöchel目録の付録へ移す判断をしています。付録入りは「完全な否定」ではなく「真正性に疑義あり/確証が得られていない」という扱いです。

ヘルマン・フリードリヒ・ラウパッハとは

ラウパッハ(Hermann Friedrich Raupach, 1728–1778)はドイツ出身の作曲家で、18世紀中葉に活動しました。彼の作風は当時のガラン(galant)音楽の潮流に沿った軽快で歌謡的な要素を持ち、室内楽や舞台音楽でも一定の評価を得ていました。近年の研究では、ラウパッハの作品の中にモーツァルト初期作と類似する手法を示すものがあり、結果として誤ってモーツァルト作とされた楽曲があったことが確認されています。K.61(Anh.C 23.07)もそうした誤認の代表例の一つとして挙げられています。

史料上の経緯(概要)

本作については、写本や初期版の出所が不明瞭であったことが大きな問題でした。18世紀にかけての手稿流通は混乱がちな面があり、人気作曲家の名前が誤って付けられることも珍しくありませんでした。モーツァルトというブランドは当時も後世も強力であり、出版者や写譜師が作曲者名を書き換える事例は知られています。また、19世紀のモーツァルト収集活動や目録作成の過程で、十分な検証がなされずに作品が編入されてしまったケースもあります。

音楽的特徴と比較(慎重な観察)

本作を実際に聴き・譜面を検討すると、次のような点が見られます(以下は一般的な観察であり、細かな分析は原典に依ります)。

  • 旋律の書法や伴奏扱いにおいて、同時期のモーツァルトの典型的な対話的二重奏(鍵盤とヴァイオリンの相互依存)に比べるとやや単純で、独立したヴァイオリン声部が控えめな箇所がある。
  • 対位法的精緻さや主題展開の処理において、モーツァルトの幼年期作品と比べると個性の表出が弱く、別作者の可能性を示唆する。

以上のような音楽的観察が、史料的な不確かさと組み合わさって偽作判定の一因となりました。ただし、これらは「決定的な」証拠ではなく、総合的判断の結果である点は留意が必要です。

研究史と音楽学者の見解

19世紀から20世紀初頭にかけては、モーツァルト作品目録の整備が進められましたが、一次史料の精査が不十分だったため、後年に多くの作品が再検討されました。20世紀中葉以降、系譜学的・様式分析的手法が発展することで、偽作や誤認と判定される作品が増えました。K.61(Anh.C 23.07)もこうした流れの中で付録へ移動し、現代の主要なモーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe 等)では真正作としては扱われていません。

演奏と録音 — どう扱うか

偽作と分類された作品でも、音楽としての価値が失われるわけではありません。実際に本作は時折コンサートや録音で取り上げられることがあり、歴史的文脈を注記した上で演奏されることが望まれます。演奏者は作品の成立背景や様式的特徴を理解した上で、18世紀のガラン様式や当時のヴァイオリン・鍵盤の対話法を念頭に置いて表現することで聴衆に当時の音楽文化を伝えることができます。

現代における評価と意義

学術的には偽作扱いでも、一般聴衆や演奏家にとっては興味深いレパートリーの一つです。モーツァルトの名が冠されていた歴史を手掛かりに、18世紀の音楽流通・出版事情、作曲者表示のあり方、レパートリー形成の過程を考える教材としての価値があります。また、ラウパッハのような比較的知られざる作曲家へ関心を向ける契機にもなります。

まとめ — 史料と音楽を両眼で見る重要性

K.61(Anh.C 23.07)は、モーツァルト研究史における「転機」を象徴する事例です。単に作品目録の移動という事実だけでなく、なぜその移動が必要だったのか、どのような証拠が検討されたのかを理解することは、古楽研究や演奏実践において不可欠です。偽作というラベルは一面的な評価になりがちですが、背景を丁寧に説明すれば、作品は新たな文脈で再評価されうるし、同時代の作曲家や出版史を知る入口にもなります。

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参考文献