知られざるモーツァルト?『クラヴィーア小品 変ロ長調 K. deest』の真偽と魅力を読み解く

はじめに:K. deest 表記の意味

「クラヴィーア小品 変ロ長調 K. deest」は、ウィーン古典派の巨匠ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトに帰される短い鍵盤作品の一つとして知られます。ただし「K. deest」という表記が示す通り、この作品はカール・レーヴェン(Köchel)による標準的な番号付け(ケッヘル番号)に含まれていない、すなわち正典目録に欠落(deest=『欠けている』)している作品です。結果として、音楽学ではその真正性(=モーツァルトによる自筆作か否か)について慎重な扱いが続いています。

来歴と伝来状況(概説)

「K. deest」と呼ばれる作品群は、モーツァルトの既知の作曲目録に収められていない短い作品や断片を指すことがあります。こうした小品はしばしば写譜(後世の写本)や古い音楽書に散見され、作曲者名が不確かであったり、誤ってモーツァルト名義で伝わったりします。具体的な写本や初版の詳細が問題となるため、現代の音楽学では写譜の筆跡、紙質、写譜者の注記、音楽的様式比較などを総合して真正性の判断が行われます。

様式的特徴:曲の音楽的な分析ポイント

当該のクラヴィーア小品(変ロ長調)を実際に分析すると、以下のような古典派鍵盤作品に共通する諸要素が観察できます。これらはモーツァルト作品にも見られるが、同時に当時の他の作曲家や学生作品でも現れるため、単独の決め手にはなりません。

  • 形式:短い単一楽章の小品であり、二部形式(A–B)や丸みを帯びた二部形式(rounded binary)を採ることが多い。主調と属調(あるいはその近親調)への動きが明快で、対称的なフレージングが支配的。
  • 和声と進行:I–V–I を基軸とした古典的な和声進行。副属和音や二次的属和音の使用、短いシーケンスによる推進、モデュレーションは控えめで、簡潔な調性感の提示と再現が行われる。
  • テクスチャ:右手の歌うような旋律線と左手のアルベルティ・ベースや単純な伴奏形(跳躍バスや分散和音)との対比。装飾音(トリルやターンなど)は存在するが、過度ではない。
  • メロディーの語法:短い動機の反復と展開、対句の応答による会話的表現。古典派の「均整のとれた」フレージングが中心。

こうした特徴はモーツァルトの鍵盤作品群(ソナタや小品)と共通する点がある一方で、同時代のガルガンチャ的な作風や学生作にも見られるため、作曲者の断定には慎重を要します。

真正性をめぐる議論

学界における最大の問題は「この曲が本当にモーツァルトの筆によるか?」という点です。真正性を判断する際には以下の要因が検討されます。

  • 一次資料の有無:自筆譜(autograph)が存在するか、あるいは作曲当時に近い写本が残っているか。
  • 写譜の出所:写譜者や写本伝来の履歴が追えるかどうか。信頼できる写譜者やコレクションからの伝来であれば信用性は上がる。
  • 音楽様式的整合性:同時期の確実なモーツァルト作品と比較して、和声進行、旋律運動、リズム感、形式的処理などが整合するか。
  • 既存の学術的見解:ニュー・モーツァルト・アウスガーベ(Neue Mozart-Ausgabe, NMA)やモーツァルト研究書がどう位置づけているか。

多くの場合、一次資料が欠けると「疑問作(doubtful)」「偽作(spurious)」という扱いになりやすく、カタログ上は K. deest のまま区分されます。ニュー・モーツァルト・アウスガーベ等の学術的目録には、真正性が不明な作品について注意書きや別表が付されるのが通例です。

演奏と解釈の視点

この種の短小鍵盤作品を演奏する際には、以下の点を考慮することで音楽的魅力を引き出せます。

  • 楽器選択:原典に近い音色を求めるならフォルテピアノ(クラヴィコードやフォルテピアノ)での演奏は魅力的です。ただし現代ピアノでの演奏も一般的で、音色管理や響きのコントロールで古典的な透明感を再現できます。
  • テンポと均衡感:短い楽章ほど均整が大切。フレーズごとの呼吸と全体のテンポ感の統一を心がけ、装飾やディナーミクスで過剰に個性を押し出さないこと。
  • 装飾音とアゴーギク:古典派の慣習に従い装飾は控えめに、あるいは写譜に明示されたものだけを用いる。過度なロマンティックなルバートや過剰なペダリングは原風景を損なうことがある。
  • 音楽語法の明示:短い動機を対比的に処理し、左手伴奏のリズム感を明確にすることで旋律の歌わせ方が際立ちます。

版と入手先

この種の疑義を含む作品は、総譜集や「モーツァルトの偽作・疑作集」などに収録されていることが多く、またオンラインの楽譜ライブラリ(例:IMSLP)にも写譜や版が公開されている場合があります。ただし、そこに掲載されている写譜が必ずしも学術的に批判的校訂を経ているとは限らないため、演奏や研究用途にはニュー・モーツァルト・アウスガーベ等の信頼できる版を参照するのが望ましいです。

録音と受容

K. deest として流通する小品は、一般的な演奏会のレパートリーにはなりにくく、専門家や好事家向けの小品集や「疑作・未完作品集」のアルバムに収録されることが多いです。そのため聴衆にとっては“発見的”な魅力があり、モーツァルト・ファンや古楽愛好家の間で話題になることがありますが、主流レパートリーとしての地位は確立していません。

音楽学的意義

真正性が明らかでない作品であっても、その様式や技術、伝来情報を分析することは当時の習作的実践や教育事情、音楽市場の側面(例えば出版・写譜流通)を理解する上で有益です。また、モーツァルト研究においては「なぜある作品が偽作とされるのか」「どのようにして名義が変わるのか」といった問題が歴史的な背景とともに検討され、作曲史の見方を豊かにします。

まとめ:光と影——作品の魅力と扱い方

「クラヴィーア小品 変ロ長調 K. deest」は、音楽的には古典派の美点(明晰なフレーズ、均整のとれた形式、透明な和声)を備えた短い鍵盤作品です。しかし、史料学的には真正性に疑義があるため、取り扱う際は注意が必要です。演奏家は史料と版を吟味し、解釈は古典派の語法に基づいて慎重に行うことで、曲の魅力を失わずに提示できます。研究者にとっては、こうした作品を手がかりに当時の写譜流通や教育機構、作曲家の名義動向を読み解く好材料となります。

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参考文献