モーツァルトの「葬送行進曲(消失)」――存在の痕跡と再発見への道筋

序章:『モーツァルト:葬送行進曲(消失)』とは何か

「モーツァルト:葬送行進曲(消失)」――この言葉は、ネットや一部の書籍で断片的に見かけることがありますが、明確な単独作品としての楽譜や確定的な自筆譜が広く受け入れられているわけではありません。本稿ではまず事実関係を整理し、次に18世紀後半の葬送音楽という文脈の中でモーツァルトがどのように葬送音楽に関わったかを検討します。最後に「消失した作品」の実態と、もしそのような葬送行進曲が発見された場合にどのようなプロセスで受け入れられるかを解説します。

事実の整理:明確な「葬送行進曲(失われた)」は存在するか

結論から述べると、現時点で音楽学界や主要な目録(例えばケッヘル目録やNeue Mozart-Ausgabeなど)において、モーツァルトの単独の「葬送行進曲」として確定し、かつ現存せず“消失”と明記されている有名な作品は存在しない、あるいは広く合意された形では存在しないと言えます。モーツァルトの作品目録には、散逸・行方不明あるいは断片のみが残る作品群(K. Anh.=補遺に分類されるもの、または「deest(カタログ番号なし)」と記載されるもの)が多数ありますが、その中に明確な『葬送行進曲』のタイトルで一致するものは確認されていません。

ただし注意点として、18世紀後半の慣習では行進曲や葬送曲の多くが行事のために即興的・場当たり的に作られたり、写譜や楽団員のパート譜としてのみ存在したりして、結果として原典が失われるケースが少なくありません。従って「モーツァルトがある葬儀や追悼に際して葬送的な行進を作曲したが、その楽譜は現存しない」といった可能性は十分にあり得ますが、『タイトルが確定した1つの失われた作品』が音楽学上の定説になっているわけではないことを強調します。

背景:18世紀の葬送音楽と行進曲の機能

18世紀のヨーロッパ、特に神聖ローマ帝国領域(ウィーンやザルツブルクを含む)では、葬送音楽(Trauermusik)は宗教儀式や公的行事、軍事的葬列など多様な場面で用いられました。葬送行進曲はしばしば行列のテンポに合わせたゆったりした三拍子や二拍子で書かれ、短調や和声的なテンション(短調の和音進行、ディミニッシュや増三和音の利用、属和音の装飾的扱いなど)を用いて悲哀や荘厳さを表現しました。

編成は場面によってさまざまで、野外の葬列ではトランペットやドラム、ホルンなど吹奏楽器が重用され、教会内では弦楽器とオルガン、合唱が中心となることが多くありました。こうした慣習を踏まえると、モーツァルトが葬送的な目的で短い行進曲を作曲したとしても、編成や用途により楽譜の形態は多様であり、現代に残らないことの説明がつきます。

モーツァルトと葬送音楽:確実に存在する関係

モーツァルト自身が葬儀音楽に関与した確かな例としては、宗教的な典礼曲や『レクイエム ニ短調 K.626』の存在が挙げられます。レクイエムは最も有名な『葬送に関わる作品』であり、作曲途中でモーツァルトが死去し、弟子のスースマイヤーらにより補筆完成されたことはよく知られています。この作品からは、モーツァルトが葬送・追悼というテーマに深い関心と卓越した表現力を持っていたことが窺えます。

また、オペラや宗教曲、セレナードの中にも悲哀や遺憾を示す楽章があり、モーツァルトのメロディメイキングや和声感覚が葬送の文脈でどのように働くかを分析する手がかりになります。したがって、葬送行進曲という形式がもしモーツァルトの作品群に含まれていたならば、その作風や和声処理はレクイエムや同時代の彼の宗教作品と連続性を持つはずだと推測できます。

「消失」の正体:どうして作品は失われるのか

楽譜が失われる原因は多岐に渡ります。代表的なものを挙げると:

  • 作曲当初から写譜だけが存在し、自筆譜が作られなかったか散逸した。
  • 行事専用の一回限りの楽譜だったため保存されなかった。
  • 戦争、火災、自然劣化、収蔵先の整理や廃棄により失われた。
  • 誤認・誤所蔵:別人の作とされ蔵書目録に誤記され、後に同定されないまま放置された。

モーツァルトの場合、彼の死後に譲渡・散逸した自筆譜や写譜が少なからずあり、19世紀に入ってからの収集家や図書館による整理で断片的資料が発見されたこともあります。現代の音楽学はそうした断片や文献記録(注文書、礼拝記録、手紙、楽団の会計帳)から、かつて存在した可能性のある作品の痕跡をたどります。

もし発見されたら:作品認証と編集の手順

仮に「モーツァルトの葬送行進曲」の自筆譜や確度の高い写譜が発見されたら、次のようなプロセスが踏まれます。まず手稿の文献学的分析(紙質、インク、筆跡の比較)、次に様式的な分析(和声進行、声部処理、楽句構造)を行い、既存の確定作品と照合します。並行して来歴(プロヴェナンス)の調査により、どのような経路でその写譜が保存されていたかを明らかにします。

その後、専門家による校訂(critical edition)が行われ、Neue Mozart-Ausgabeのような学術版に採用されるかが検討されます。発見作の楽譜が史実的に重要であれば、初演・録音や音楽学的な論文が続き、作品の評価が定着していきます。レクイエムの補筆問題に見られるように、発見と同時に「誰が最終的な演奏版を作るべきか」「原典をどこまで尊重するか」といった議論が沸き起こることも予想されます。

音楽的な想像——もしモーツァルトの葬送行進曲があったら

これはあくまで様式論的な推測ですが、モーツァルトが葬送行進曲を作曲するとすれば、以下のような要素が考えられます:

  • 和声:短調中心、属調への強い引力、時折現れる異名的和音や借用和音による表情付け。
  • リズム:行進を想起させる規則的な拍子感が基礎にありつつ、悲嘆を表すためにテンポの変化や静的な短いリタルダンドを挿入。
  • 旋律:歌謡的で自然なフレージング。装飾や接続句による劇的転換よりも、簡潔な歌の流れで悲哀を表現。
  • 編成:屋外の行列用なら金管・打楽器主体、教会内用なら弦楽器とオルガン、または合唱との併用も考えられる。

これらはレクイエムや彼の宗教曲、室内楽の緩徐楽章に見られる特徴と整合します。すなわち、もし葬送行進曲の断片が出てきた場合、こうした様相との一致点を検証することが重要になります。

既知の類例と“誤認”の危険

「モーツァルト作」として一時的に扱われたが、その後別作曲家に帰属が改められた例や、逆に長らく他人の作とされていたものがモーツァルトに帰属された例が歴史的にあります。したがって新発見の楽譜が公にされると、まずは帰属問題が最大の議題になります。近年の音楽学では筆跡分析、楽譜の楽器分配や和声音楽の統計的解析など多面的な手法で検証が進められるため、単純に「名前の付された写譜=確定」とはなりません。

実務的なアプローチ:研究者・演奏家・リスナーができること

発見や研究を促進するためにできることは複数あります。図書館・アーカイブのデジタル化支援、地域の教会蔵書や個人所蔵のカタログ化・調査への協力、発見情報の学術雑誌やデータベースへの提示などです。演奏家側では、史料に基づいた演奏様式や当時の器楽編成の研究を深めることが求められます。一般のリスナーは、発見報告を安易に「確定」と受け取らず、専門家による検証を待つ姿勢が重要です。

まとめ:消失の謎は研究の扉を開く

「モーツァルト:葬送行進曲(消失)」という表現は一見ミステリアスで惹かれるものがありますが、学術的には慎重な取り扱いが必要です。現時点で『一つの明確に特定された失われた楽曲』が定説として存在するわけではありません。しかし、モーツァルトが葬送の文脈で作曲した可能性のある短い行進曲や断片的な楽譜が存在したとしても不思議ではなく、その発見は楽壇と音楽学にとって大きな意味を持つでしょう。重要なのは、発見→検証→校訂→公開というプロセスを通じて、史料的・音楽学的に正確な理解を積み上げることです。

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参考文献