モーツァルト K.36 (K6.33i) を巡る謎と検証 ― 若き天才が残した断片の真相に迫る

モーツァルト:「いまや義務のとき-かくも偉大なるジキスムントの功績は」K. 36(K6. 33i)とは何か

本稿は、モーツァルトの一作品とされる表題文句をもつ断片、K. 36(K6. 33i)を起点に、史料的背景、作曲年代の推定、楽曲としての特徴、そして現代における受容と演奏上の課題を整理し、可能なかぎり一次資料と研究文献に基づいて検証することを目的とする。まず断っておくと、この表題が示す作品はモーツァルト研究の中でも出自や帰属がはっきりしない、いわゆる若年期の雑多な小作品群の一つに位置づけられていることが多い。したがって確定的な断言を避け、複数の見解を並べて読み解く姿勢を取る。

目次

  • 出自とカタログ上の表記
  • 史的背景とテキストの意味
  • 楽曲構造と想定される編成
  • 真正性の検討と研究史
  • 演奏・録音の実情と実践的注記
  • まとめ

出自とカタログ上の表記

モーツァルト作品の番号づけにはヴァリエーションがあり、K. 36 という表記が示す内容は研究史の版によって解釈が分かれる。オリジナルのケッヘル目録以降、複数の改訂版と付録が生じ、若年期の断片や真贋判定が未確定な作品は注記付きで付録や補遺に置かれることが多い。表記にある K6.33i のような添え字は初期版の補遺や異同を示す注記である場合があり、単一の確定番号をもって当該作品を定義するのは慎重を要する。

一次資料としては、モーツァルトの自筆稿やサークル内の写譜、ザルツブルクやウィーンの宮廷に残る支払記録、さらには当時の演奏会プログラムや書簡が重要である。しかし多くの若年作品ではこれらが断片的であり、現存する写譜や抜粋が断片的であることから、カタログ上の番号に関する混乱が生じやすい。

史的背景とテキストの意味

表題の邦訳にみられる「いまや義務のとき」「かくも偉大なるジキスムントの功績は」といった文言は、典型的な祝祭的/讃歌的テクストを想起させる。18世紀の宮廷文化では、領主や高位聖職者、王侯の功績を讃える目的で短い叙事的なアリアや小規模なカンタータが制作されることが多く、モーツァルトも幼少期からこうした式典用の曲を作る機会に恵まれていた。

ジキスムントという人名は当時のヨーロッパ史上にも複数の同名人物があり、具体的に誰を指すかはテキストの出典や上演史を突き合わせないと断定できない。よくあるケースとしては、ある地方の貴族や市政当局、あるいは宗教的な祝典に名を連ねる人物を讃えるための即興的な文句が用いられ、それに曲が付された可能性がある。

楽曲構造と想定される編成

現存する資料が断片であるため、楽曲の完全な楽譜が残っているとは限らないが、若年期のモーツァルトに典型的な小規模編成の祝賀曲であれば、通奏低音つきの声楽曲、あるいはソロ楽器と通奏低音、短いアリアやレチタティーヴォの連続、簡潔なコーダといった構造が考えられる。旋律線には既に見られるDNAとしての歌謡性、短い動機の連鎖、装飾的なパッセージが散見されることが多い。

楽式上は二部形式や通奏低音を伴うバロック後期から古典派初期の折衷様式が基盤であることが予想され、用いられる和声語法も当時のザルツブルクの様式に沿う化学的(形式的)な進行を示す可能性が高い。だが、詳細な形式的分析は信頼できる楽譜資料が前提となる。

真正性の検討と研究史

モーツァルト研究史では、若年期作品の真正性判定が長く議論されてきた。写譜の筆跡、用紙の分析、水印、テキストの出所、他の作例との様式的比較、当時の関係者の書簡記録などが総合的に検討される。K. 36(K6.33i)に関してはいくつかの研究者が注目してきたが、結論は一致していないのが現状である。

たとえば、写譜がモーツァルト本人の自筆ではなく、周辺の写譜師によるものである場合、転写過程での改変や他作曲家の作品の混同が起こり得る。さらに、当時は父レオポルトや姉ナンネルが作品を保存・配布する関与をしており、そのアーカイブの散逸や伝承過程の不確実性も問題を複雑にする。

研究史を俯瞰すると、20世紀に入ってからのケッヘル目録の改訂や、近年のニュー・モーツァルテンダー(Neue Mozart-Ausgabe)などの批判的版の作成により、真贋判定はより精緻になった。しかし、断片資料をめぐるケースでは未だに付記付きで扱われることが多く、K. 36 の扱いも慎重である。

演奏・録音の実情と実践的注記

現代においてこの種の若年期の断片作品を演奏する際は、まず原典資料の入手と比較校訂が必須である。自筆譜が存在する場合は筆跡の分析、写譜しかない場合は写譜の系譜と信頼性を検討する。通奏低音の補填、装飾の付加、速度やアーティキュレーションの決定などは、当時の演奏慣習に基づいて行うのが望ましい。

聴衆への提示方法としては、断片のまま史料学的注記を付して演奏するか、補筆や完成版を作成してステージにかけるかの二者択一がある。補筆を行う場合は、モーツァルトの確立した語法を尊重すること、そして補筆箇所を明確に区別して記載することが、学術的倫理にかなう手法である。

まとめ

K. 36(K6.33i)と題された断片は、モーツァルトの若年期研究を豊かにする題材であると同時に、史料学的な慎重さを要求する問題作でもある。表題にみえる祝辞的文句は当時の式典音楽の文脈に容易に適合するが、個別具体的な帰属や作曲年代は一次史料の突合と比較様式論に依拠しなければならない。研究者や演奏家は、断片と向き合う際に透明な注記と批判的な編集方針を堅持することが重要である。

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参考文献