モーツァルト「4声のカノン イ長調 K.73i」を深掘りする:構造・歴史・演奏の視点から

はじめに — なぜこのカノンを読むのか

カノンは西洋音楽における対位法の結晶であり、短い動機の反復と変形で驚くべき音楽的効果を生み出します。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756–1791)は生涯にわたり多くのカノンを作曲しましたが、その中には室内的で玩具のように愛らしいものから、知的で高度な対位法を示すものまで幅広い作品があります。本稿では「4声のカノン イ長調 K. 73i」と称される小品を題材に、その形式・和声・作曲背景・版・演奏上のポイントを詳しく読み解きます。作品番号表記については目録や版によって差異があることがあるため、本文でもその点に触れていきます。

作品の位置付けと目録表記について

モーツァルトの作品番号(ケッヘル番号)は初版以来の研究の蓄積により改訂が重ねられてきました。K. 73i のように小さな付番が付く作品は、断片的な写本や後世の追補・編曲が混在する場合、版によって番号が異なったり、付随資料として扱われることがあります。したがって本稿では「K. 73i として流通している4声カノン(イ長調)」という表記に基づき、楽譜資料や音楽学上の一般知見を参照して論じます。原典に当たる場合はデジタル・モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe の電子版)や主要写本・印刷譜を確認するのが確実です。

曲の概要:編成・調性・長さ

このカノンは4声(四声)で書かれており、イ長調を基調とした軽快な調性感を持ちます。多くの短いカノン同様、単一の主題(動機)を追って進行し、比較的短い曲想の中に完結した音楽構造を提示します。編成が四声であるため、対位法の豊かな絡みが生じ、和声的にも密度ある進行が楽しめます。長さは版によって差があるものの、通常は数十小節程度の短い形式です。

形式と対位法的特徴

カノンの本質は模倣(イミテーション)にありますが、モーツァルトは単なる模倣にとどまらず、和声的・リズム的な工夫で聴き手の興味を引きます。一般的にこの種の四声カノンでは次のような特徴が見られます。

  • 主題の入口が段階的にずれて入ってくる(時間的な遅れ)。
  • 模倣の間隔(ユニゾン、オクターブ、五度など)は写本や版によって異なることがあるが、基本は調の安定を損なわないよう工夫される。
  • モーツァルトはしばしば短い主題を反復してフレーズを延長し、転回や伸長(augmentation)、縮小(diminution)などの変形も用いることで単純さを回避する。
  • 和声進行はおおむね古典派の機能和声に従うが、対位的な動きが優先される場面では一時的な非和声音やクロマティシズムが生じ、色彩を添える。

ハーモニーと調性の扱い

イ長調の選択は明るさと親しみやすさをもたらします。短いカノンでは中心調(主調)への回帰が重要で、各声部が独立して動きながらも和声的にはトニカ(I)とドミナント(V)の関係を基軸に終結へ向かいます。モーツァルトは、パッシング・トーンや短い代理和音を導入して移行部分を滑らかに処理することが多く、このカノンでも同様の配慮が見られます。対位法的な並進(平行移動)や臨時記号の配置は和声の色を変化させ、短い断片の中に濃密な表情を作り出します。

写譜・版の差異とテクスト批判

小規模なカノンは友人や家族との遊びとして書かれ、写本や歌詞つきのものが複数伝播することがあります。そのため、現存する写本の比較(テクスト批判)は必須です。記譜上の差異は主にリズム、装飾、臨時記号、場合によっては声部間の入りのタイミングに現れます。演奏にあたっては、信頼出来る原典版(あるいは現代版で原典に忠実なもの)を参照し、版により異なる箇所は演奏者の判断でまとめることが求められます。

演奏上のポイント

この種のカノンを演奏する際の実践的アドバイスを挙げます。

  • 明瞭なパート分け:各声部の入口が聴取できるようにバランスを工夫する。特に初めて登場する声部は他より若干前に出すと構造が理解しやすい。
  • アーティキュレーションの統一:模倣が響き合う部分ではフレージングやスタッカート/レガートの扱いを揃え、対位法の輪郭を明確にする。
  • テンポ選択:速すぎると模倣の構造が把握しにくく、遅すぎると類型的・冗長に聴こえる。楽想の性格に応じた中庸なテンポを探る。
  • 装飾と装飾的繋ぎ:原典にない装飾は節度を持って行う。古典派の慣習に従った控えめな装飾が作品に合うことが多い。
  • 声部の色彩感:例えばヴォーカルで歌う場合は声質の違いを活かして各ラインの特性を出すと、四声の織りがより鮮明になる。

編成別のアプローチ(声楽・弦楽・鍵盤)

四声カノンは様々な編成で演奏可能です。以下、代表的な取り扱いを挙げます。

  • 声楽四声(アカペラ):言葉の有無により印象が大きく変わる。歌詞が付されている場合と器楽的に歌う場合で解釈を分ける。
  • 弦楽四重奏や弦楽アンサンブル:音色の持続性と倍音が対位線を美しく際立たせる。ピチカートや諸々のアーティキュレーションで対話感を強調できる。
  • 鍵盤(連弾や2手4声のピアノ編曲):内声の扱いとバランスが鍵。左手内声の独立性やペダリングで模倣をクリアに表現する工夫が必要。

教育的価値と分析のヒント

短い四声カノンは対位法や和声感覚を鍛える教材として最適です。以下のような練習課題を設けると学習効果が高まります。

  • 各声を単独で歌う・弾くことで独立性を確認する。
  • 録音を作り、一つ一つの声部の聞こえ方を比較する。声部ごとのダイナミクスを調整することで全体のバランスを改善する実験ができる。
  • 主題の移行点・和声の分岐点を分析し、そこに注目してテンポやアーティキュレーションを変えてみる。

聴取と録音の推薦(選び方の指針)

この種の小品は多くのコレクションやアンソロジーに収録されています。録音を選ぶ際は、以下の点を基準にすると良いでしょう。

  • 原典に忠実な版を使っているか(表記上の差異が少ない版を選ぶ)。
  • 演奏者の音色とアーティキュレーションが明瞭で、対位法の構造が把握しやすいか。
  • 録音の音質と収録環境(室内楽向けの自然な残響が望ましい)。

現代の受容と活用

モーツァルトの短いカノン群は、コンサートの小品集や教育現場、そして録音プロジェクトの中で繰り返し取り上げられてきました。その理由は、短時間で対位法の面白さを提示できる点と、演奏者間のコミュニケーションを磨く素材として優れている点にあります。K. 73i とされるこの作品も、アンサンブル練習のレパートリーとして、またプログラム内のアクセント的作品として活用できます。

まとめ — 作品から学ぶこと

「4声のカノン イ長調 K. 73i」は、モーツァルトの対位法運用や古典派の和声感覚を短時間で体感できる好例です。目録表記や版に起因する細部の差異は存在しますが、本質的には模倣と和声のバランス、そして音楽的なユーモアと厳密さの両立を示す作品です。楽譜を手に取り、各声部を独立に歌い、合わせることでその魅力がより深く理解できるでしょう。

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参考文献