モーツァルト“K. deest”の謎:消えた8曲(あるいはそれ以上)のアリアをめぐる考察

導入 — 「K. deest」とは何か

「K. deest」とは、モーツァルト作品目録(Köchel-Verzeichnis)で番号が付されていない、または番号を与えられていない作品群を指す表記です。deestはラテン語で「欠けている」を意味し、旋律や楽譜が現存しない、真筆(自筆譜)が見つかっていない、あるいは作曲者帰属が不確かな作品に対して用いられます。今回取り上げる「8曲ないしそれ以上のアリア?」という話題は、19世紀以降の伝承や版によって“まとめられた”断片的な資料群が、かつてはまとまったセットとして扱われた可能性をめぐる問題です。

歴史的経緯と混乱の原因

18〜19世紀にかけて、モーツァルトの作品は散逸・散在していました。自筆譜が失われたり、弟子や楽譜商が部分的に写譜を所蔵したり、出版社が断片を編集出版する際に便宜上「セット化」したりすることが少なくありませんでした。こうした過程で、複数の独立した小品や挿入アリアが「○曲集」として扱われ、後の研究者やレコード会社がその数を固定してしまう例が生じます。

さらに、19世紀のカタログ作成においては、真筆の所在が確認できない作品に対して暫定的に分別記号や付記が付けられました。Köchelの初版(1862年)以降、新版・増補版が繰り返される中で、ある断片が「K. deest」として扱われたり、逆に付随資料の調査で別番号が与えられたりと、目録上の扱いが変化してきました。

「8曲ないしそれ以上」の起源をどう読むか

「8曲」という具体的な数字がしばしば語られるのは、19世紀の楽譜商や古楽コレクションの目録が、散逸していた複数のアリアを便宜上まとめて示したことに由来する可能性があります。たとえば、同一の写譜集に複数の短いアリアが収められていた場合、後世の目録担当者や演奏会プログラマーがそれを「8曲組」と見なしたことが考えられます。

重要なのは、こうした「セット」と見なされた複数曲が実際に作曲時点で一連の作品群を構成していたかどうかが不明である点です。モーツァルト自身が一貫してセット化した例(例:夜会用の小品集など)は存在しますが、歌劇や宗教音楽の挿入曲、レッスン用アリアは都度作られることが多く、後世の編纂者による再編は歴史的事実を反映しない場合があります。

声種不明という表記の意味

「声種不明」と表記されるのは、現存する断片譜や二次資料が声の指定(ソプラノ、アルト、テノール、バスなど)を欠いているためです。写譜にレジストレーションや歌詞の指示がなかったり、言語表記が不完全であったり、あるいは旋律のみが記載されていて声部割りが不明瞭だったりすると、声種の特定は困難になります。

音楽学的には、声種の推定は旋律の音域・跳躍・音域中心(tessitura)や、当時の出版習慣、台本や演目との照合で行われますが、断片資料のみでは確度の高い結論を得られない場合が多いです。

一次資料と現在の所在

モーツァルト研究では、自筆譜・初版・写譜・楽譜商の目録・演奏会プログラムなどが主要な一次資料です。現存しないとされる多くの「K. deest」作品は、かつての写譜リストや書簡にのみ記述が残っている場合があります。主要な所蔵先(例:ウィーンのGesellschaft der Musikfreunde、サンクトペテルブルクやパリの図書館、ザルツブルク・モーツァルテウム)を当たることで、新資料が発見されることもあります。

近年はDigital Mozart Edition(デジタル・モーツァルト・エディション)やIMSLPなどのオンライン・データベースで散逸作品や疑問作の情報が集約されつつあり、研究者や実演家が従来の伝承を再検証する手がかりを得やすくなっています。

真贋鑑定の方法論

真筆か偽作か、あるいは帰属が誤っているかを判断する際、研究者は以下の手法を組み合わせます。

  • 筆跡・用紙・透かし(水印)の比較:自筆譜の筆跡や紙の特徴は重要な手がかり。
  • スタイル分析:ハーモニーや旋律進行、伴奏形態、語法がモーツァルトの他作品と一致するか。
  • 資料の系譜(プロヴェナンス):写譜の作成者や所蔵経路を追う。
  • テキストとの照合:台本や歌詞、当時の演目記録と照らし合わせる。

これらの検証によって、ある断片がモーツァルトの作風に強く合致すれば「真作」と判定される可能性が高まり、逆に不一致が多ければ帰属が疑わしくなります。

編集と実演上の扱い

断片や帰属未確定のアリアを現代に上演・録音する場合、編集者は慎重になります。原資料が欠けている箇所は補作(reconstruction)されることが多く、その際には当時の様式に忠実な装飾や通奏低音の補綴が加えられます。プログラムやCDブックレットには必ず出典と帰属の信頼度(確かな自筆、確証度の高い写譜、疑義あり等)を明記するのが慣例です。

なぜ「8曲ないしそれ以上」が現代に残るのか

結論として、「8曲ないしそれ以上のアリア」という表現が残る背景には、断片資料の集合的な扱い、19世紀以降の版の整理方法、そして資料散逸による不確実性が複合的に絡んでいます。学術的にはこれをひとまとまりの作品群として扱う根拠は乏しく、多くの場合は個別の断片として再検討するのが適切です。

研究者・演奏家への提言

  • 一次資料(写譜、目録、書簡)を優先して確認する。デジタルアーカイブの検索も有用。
  • 帰属が不確かなものは、演奏時にその旨を明示してリスナーの誤解を避ける。
  • 補作や再構成を行う場合は、編集方針と補作箇所を明確に注記する。
  • 新資料発見の可能性は常にあるため、継続的な文献・アーカイブチェックを行う。

まとめ

「モーツァルト:8曲ないしそれ以上のアリア? K. deest (声種不明 散逸)」は、モーツァルト研究における典型的な断片問題を示します。番号が与えられない作品群、声種の判定が困難な断片、散逸した自筆譜——これらはすべて音楽史の継続的な調査課題です。現状では「8曲」という固定的な認識には慎重であるべきで、資料ごとに個別に検討することが学術的に望ましいと言えます。

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参考文献