モーツァルトの「K. deest」アリア — 題名不明・散逸作品の謎と復元の試み

はじめに:K. deest 表記の意味

「K. deest」とは、モーツァルト作品目録においてクーケル番号(K. = Köchel)を付与できない、またはクーケル目録に登録されていない作品を示すために用いられる表記です。ラテン語の "deest" は「欠けている」「含まれていない」を意味し、楽曲の題名や番号が不明、断片的、あるいは散逸している場合に音楽学の文献や目録で使われます。モーツァルトの膨大な作品群の中には自筆譜が失われたもの、当時の書誌資料だけが伝わるもの、真作性(authenticity)が疑われるものなどが混在しており、そうした作品群を総称して扱うための呼称が「K. deest」です。

なぜモーツァルトに散逸・題名不明のアリアが多いのか

  • 当時の上演実態:18世紀後半のオペラや宗教行事、宮廷・貴族の私的な催しでは、多くの「場面音楽」や短いアリアが場当たり的に作られ、完全な自筆譜や出版社版が残らないことが多かったため。

  • 史料の散逸:手稿の散逸・焼失、個人コレクションの移転、戦争や火災による損失などにより、もともと存在した楽譜が現存しない場合がある。

  • 出版慣行と著作権の未整備:当時の楽譜出版は不完全で、地方劇場で使われた写しがそのまま廃棄されることも珍しくない。

  • 真作性の混乱:モーツァルトの名声の高さゆえに、後世に彼の名で流布された偽作や、作者不明の小品がモーツァルト作品として扱われることがあり、目録に掲載されないまま扱いが分かれる。

「K. deest」アリアの分類と学術的取り扱い

「K. deest」とされるアリアは、おおむね以下のように分類されます。

  • 完全に失われているが史料(上演記録や台本の目録など)に記録が残るもの。

  • 断片的に楽譜が残るか、別の作品の中に引用・転用されている断章が残るもの。

  • 作者不明だが、当時の目録や書簡にモーツァルトの名で記載されているため議論の対象となるもの。

  • 真作性が否定され、注として扱われる "spurious" や "doubtful" と分類されるもの。

目録と研究の歴史:クーケル目録とその後

モーツァルト作品の標準目録はルートヴィヒ・フォン・クーケル(Ludwig von Köchel)によって1862年に編纂されました。以来、発見資料や研究の進展により目録は何度も改訂・補訂され、作品の番号付けや付随情報が更新されています。クーケル目録に収められない、あるいは番号を与えるに値しないと判断された作品群には "K. deest" の表記が使われることがあります。

近年ではデジタル技術と国際的な資料共有の進展により、散逸とされた作品に関する断片資料の再評価や、異なるアーカイブ間での照合が容易になってきました。デジタル・モーツァルト・エディション(Digital Mozart Edition)やRISM(国際楽譜目録)などのデータベースが重要な役割を果たしています。

散逸アリアの復元と論争:どこまでが“復元”か

散逸したアリアを復元する試みは音楽学と演奏実践の間で活発に行われていますが、復元には大きく二つのアプローチがあります。

  • 史料に基づく復元:残存する台本、当時のレパートリーの類似例、当該時代の和声・伴奏法の規範などから慎重に補筆する方法。学術的には最も受け入れられやすい。

  • 補作・再想像:既存のモーツァルト曲や弟子の作品、同時代作曲家の技法を参考にして、失われた部分を創作的に補う方法。聴衆には魅力的でも、原作者の作品として扱うには注意が必要。

いずれの場合も、版や演奏ノートには復元の根拠(どの資料を用いたか、どの部分が補作か)を明示することが学問的なルールです。特に「K. deest」として扱われるアリアについては、どの資料が根拠であるか、真作性の判断基準が重要になります。

真作性の判定方法:筆跡・紙質・音楽的特徴

モーツァルト作品の帰属をめぐる判定は多面的です。代表的な方法を挙げます。

  • 筆跡学的検証:自筆譜が残る場合、モーツァルトの筆跡と比較する。筆遣い、楽譜記号の書き方、修正の方式などが分析されます。

  • 紙質・透かし(水印)の調査:紙の産地や時代が確認できる場合、作曲時期との整合性を判断する手がかりとなる。

  • 楽式・和声・旋律の分析:作曲技法や典型的なモチーフ、オーケストレーションの癖などを比較し、作曲者としての可能性を評価する。

  • 史料批判:当時の書簡、台本、上演記録、出版目録、推薦状など一次史料を照合して、作品の存在や上演の事実を確認する。

実際の研究例と注意点(一般論として)

具体的なアリア名が付されない「題名不明・散逸」のケースでは、以下のような研究実務が行われます。

  • 台本や歌詞のみが残る場合、当該テキストと既存の音楽作品を照合して同一性を検討する。

  • 他作品への転用(モチーフや伴奏進行が別曲に用いられている)を手掛かりに、元の場面や機能を推定する。

  • 複数の写本が存在する場合は、写譜者や写本間の比較を行い、どの写本が原に近いかを探る。

  • 仮に演奏会や録音で復元版が披露される際は、版の編集者が補筆箇所を注記し、聴衆に説明を付すことで誤解を避ける。

演奏への示唆:K. deest アリアに向き合う際の実践的観点

演奏家・指揮者が題名不明・散逸のアリアに取り組む際には、次の点を心がけると良いでしょう。

  • 史料に忠実であること:譜面上の不確かな箇所には臆せず注記を残す。解釈と復元は分けて提示するのが望ましい。

  • 時代的様式の理解:モーツァルトの同時代のアリアや伴奏形式を参照し、レトリックや装飾法を学ぶ。

  • 透明なコミュニケーション:プログラムノートや録音ライナーノートで、どの部分が復元であるかを明示すること。

研究の最前線と今後の展望

デジタル化の進展によって、これまで見落とされてきた写本や目録の断片が再発見される可能性が高まっています。国際的なデータベースや機械学習を用いた筆跡・様式解析は、真作性判定の精度向上に寄与するでしょう。また、コラボレーション型の公開音楽学(オープンサイエンス)により、世界中の研究者が断片情報をつなぎ合わせる機会が増えています。

まとめ:K. deest 表記が示すもの

「モーツァルト:アリア K. deest(題名不明、散逸)」という表現は、単に欠落を示すだけでなく、音楽学的な課題と可能性の両方を内包しています。史料学、筆跡学、様式分析、デジタル人文学などを横断することで、かつて失われた音楽が断片的にでも姿を現すことがあります。演奏家や編集者は、その復元や上演において史料への忠実性と透明性を保つことが求められます。モーツァルト研究は未だ多くの謎を含んでおり、「K. deest」に注目することは、作曲家の当時の活動や時代の音楽文化を理解するための重要な入口となります。

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参考文献