カークパトリック番号とは何か──スカルラッティ研究と演奏に与えた影響を深掘りする
概要
「カークパトリック番号」(Kirkpatrick番号)は、バロック〜古典期の鍵盤音楽史において特に重要な役割を果たす目録番号で、主にドメニコ・スカルラッティ(Domenico Scarlatti, 1685–1757)の鍵盤ソナタを指し示すために用いられます。スカルラッティのソナタ群は膨大で、研究・校訂・演奏のための整理が不可欠でした。カークパトリック番号は20世紀にアメリカのチェンバロ奏者・音楽学者ラルフ・カークパトリック(Ralph Kirkpatrick)によって提示されたカタログに基づく番号体系で、以後多くの学術書、楽譜、録音で標準的に用いられるようになりました。
カークパトリック番号とは
簡潔に言えば、カークパトリック番号はスカルラッティの鍵盤ソナタに付与された識別番号です。スカルラッティは生涯に多数(一般には555曲とされる)のソナタを残し、それらが複数の写本や版を通じて伝わったため、曲目の同定や順序付けが問題となっていました。カークパトリックは既存の番号付け(代表的にはアレッサンドロ・ロンゴの番号体系)を見直し、史料批判と写本研究に基づいて新たな配列と番号を提示しました。以後、学術的にも実務的にもこのカタログが広く参照されています。
歴史的背景とラルフ・カークパトリックの仕事
スカルラッティのソナタ群が近代に再評価され始めたとき、最初の大規模な整理はイタリアの音楽学者アレッサンドロ・ロンゴ(Alessandro Longo)による編集でした。ロンゴの校訂は演奏を促進し普及させた反面、曲を感覚的・用途別に並べたため、作曲年代や原曲の系譜を反映していないとの批判もありました。こうした状況の中で、20世紀半ばの音楽学的関心の高まりとともに、写本間の伝承関係や作曲年代の推定を基礎にした再編が求められました。
ラルフ・カークパトリックは演奏者であると同時に史料批判にも精通した研究者で、写本資料の比較や筆写者の特定、音楽様式の比較などを通じて、従来の配列を見直し、より史的根拠のある番号付けを提案しました。彼の仕事は単なる番号の再割り当てにとどまらず、各ソナタの版や伝本の関係性を明らかにし、演奏・校訂の基盤を強化しました。
カタログ作成の方法と特徴
- 写本・版の比較:カークパトリックはヨーロッパ各地に残る写本群(王侯家の写本、個人蔵写本、地方写本など)を丹念に比較しました。写本の異同を手がかりに、どの写本がどの時期に成立した可能性が高いかを検討しています。
- 様式的・形態的分析:旋律の特徴、和声進行、リズムパターン、鍵盤的な技法など様式的要素を比較し、作曲時期や近似する作品群の判定を行いました。
- 再編の原則:ロンゴの配列(しばしば聴衆向け・実用的配列)に対し、カークパトリックは写本伝承や様式的類似性に基づく配列を志向しました。結果として、同一主題や同様の技法を持つ曲がよりまとまって配置される傾向があります。
- 番号体系の目的:番号自体は便宜的な識別子であると同時に、ある程度の想定される年代順や伝承関係を反映するものとして設計されました。ただし、“完全に年代順”を保証するものではなく、推定が含まれる点は注意が必要です。
ロンゴ番号との違いとクロスリファレンスの重要性
ロンゴ(Longo)による初期の整理に続き、学術界と演奏界では新旧の番号が混在して使われてきました。ロンゴの番号は出版上の便宜を優先したため、しばしば演奏上の連続性を意識した配列になっています。一方、カークパトリックの番号は史料と様式研究に基づく配列であり、同一作品の番号がロンゴと異なる場合が少なくありません。
実務上の問題として、楽譜や録音の表記にロンゴ番号とカークパトリック番号の両方が併記される場合があり、利用者は混乱しがちです。したがって論考や演奏ノートでは、可能な限り両方の番号を併記する、あるいはどのカタログ体系を参照しているか明示することが望まれます。また、そのほかにもポンティ(P.)など、後続の研究者による改訂体系や補助的な目録が存在するため、クロス・リファレンス(相互参照)は不可欠です。
演奏と編集における実際的意義
カークパトリック番号の導入は、演奏者や編集者に次のような実務的メリットをもたらしました。
- 正確な同定:伝本が多岐にわたるスカルラッティ作品において、特定の楽曲を確実に指し示すことが容易になりました。
- 校訂の基準化:どの伝本を基本稿とするか、また異同箇所の扱いを明示する際に、カークパトリックの考察が参考にされます。
- 演奏解釈の土台:作曲時期や伝承関係に基づく様式判断は、装飾法やテンポ感、奏法の選択に影響します。例えば初期に属すると推定される作品と後期と推定される作品とでは装飾の扱いや転調の解釈に差が生じることがあります。
学術的評価と限界
カークパトリックの仕事はスカルラッティ研究に大きな前進をもたらしましたが、完全無欠ではありません。主な批判点・限界は次の通りです。
- 資料の発見と解釈の更新:その後の写本発見や研究により、カークパトリックの推定が修正される場合があります。音楽学は継続的な史料発掘と新解釈によって進展するため、カタログも絶対化されるべきではありません。
- 年代推定の不確実性:カークパトリックは様式論や写本の系譜を手がかりに年代を推定しましたが、これらは確定的な証拠に基づくものではなく、解釈の余地が残ります。
- 番号が示す意味の誤解:番号を単に「年代順」と誤解する向きがありますが、実際には「伝承関係と様式的類縁を反映した配列」というのがより正確な理解です。
現代の利用実態と注意点
現代の楽譜や録音では、カークパトリック番号がデフォルトとして用いられることが多くなりました。しかし一方で以下の点に注意が必要です。
- 表記のバリエーション:カークパトリック番号は“K.”や“Kk.”などと表記されることがありますが、“K.”はモーツァルトのケッヘル番号(Köchel)と混同されやすいため、明確な注記が望まれます。
- 併記の推奨:古い版や録音を参照する場合、ロンゴ番号(L.)やその他の目録番号(例:P.)との併記があると読者にとって親切です。
- 批判的な視点:番号は便宜的ツールであり、各曲の解釈や演奏は最終的に原典や写本の内容、楽器史・奏法史の検討に基づいて行うべきです。
まとめ——カークパトリック番号がもたらしたもの
カークパトリック番号は、スカルラッティの膨大な鍵盤ソナタを史料に根ざした観点から整理し、学術と演奏の両面において大きな便益をもたらしました。番号体系そのものは、楽曲の同定・校訂・演奏史的解釈を容易にし、スカルラッティ研究の基礎を安定化させました。一方で、その限界や後続研究による修正の可能性を認識し、複数のカタログを参照する姿勢が重要です。演奏者・編集者・リスナーは、番号に依存しすぎず、原典や写本、奏法史的文脈を吟味することで、より深く作品世界に迫ることができます。
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参考文献
- Ralph Kirkpatrick — Wikipedia
- Domenico Scarlatti — Wikipedia
- IMSLP — Domenico Scarlatti works
- Domenico Scarlatti — Naxos Biography
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