バッハ BWV36a(喜び勇みて空に昇れ)─ 歓喜と上昇を描くカンタータの深層解説
序論:BWV36aとは何か
J.S.バッハのBWV36系統の作品群は、「喜び」「上昇」を主題にした音楽的語法を繰り返し用いた一連のカンタータ群として知られています。一般にBWV36aと呼ばれる作品は、祝祭的で陽性の音楽語法をもつ世俗的カンタータを出発点としており、バッハはその音楽を素材にして教会用の編曲(パロディ)を含む複数の版へと再構成しました。本稿では、BWV36a(邦題仮訳:喜び勇みて空に昇れ)を中心に、その成立背景、テクストと編曲の関係、楽曲構造、演奏実践、聴きどころを詳しく掘り下げます。
歴史的背景と成立の位置づけ
BWV36系作品群は、バッハがライプツィヒ時代において行っていた「世俗作品と教会作品の相互転用」の典型を示します。彼はしばしば祝賀用や私的行事向けに作曲した世俗カンタータの音楽を、別のテキストに合わせて再利用し、教会カンタータへと仕立て直しました。このやり方は「パロディ手法」と呼ばれ、BWV36aとされる原曲(世俗カンタータ)から派生して、教会用のBWV36など複数の版が生まれています。
作詞者については明確な記録が残らない場合が多く、BWV36系でも特定は難しいものの、当時ライプツィヒで活動していた文人たち(ピカンダー=Christian Friedrich Henrici ら)が関与した可能性が指摘されることがあります。ただし確定的な史料は乏しいため、作詞者は不詳と扱われることが一般的です。
テクストの主題──「歓喜」と「上昇」
BWV36aのテクスト(原文および後の教会用版における改作テクスト)は、いずれも外向きの祝祭性と、心の高揚や天への上昇というイメージを中心に据えます。世俗版では宴会や勝利、あるいは個人的な祝賀を念頭に置いた陽気さがあり、教会用に改作されるとその歓喜は信仰的な讃美やキリスト論的な上昇に再解釈されます。
言葉の面では、〈飛翔する〉〈高く昇る〉といった上行線(旋律的な上昇)を描写する語彙が多く使われ、バッハはこれを音楽的にも具象化します。後述するように、上昇を表すスケール進行や跳躍、急速なパッセージワークが頻出します。
楽器編成と声部
BWV36系の版ごとに編成は変わり得ます。世俗的に祝祭的な場合、トランペットやティンパニを伴うこともありますが、より控えめな版では弦楽器群(ヴァイオリン、ヴィオラ)、オーボエやリコーダーのような木管、通奏低音(チェンバロ/オルガン+チェロ等)と合唱・独唱で構成されます。バッハは作品の用途に応じて華やかさを増減させる柔軟さをもっており、これが版ごとの音色差として現れます。
構造と音楽的特徴(概説)
BWV36aを含むカンタータの典型的な流れは、合唱曲(序曲的なコラールやコーラス)→アリア→レチタティーヴォ→アリア→合唱、といった多楽章構成です。バッハは以下の手法を用いて、歓喜と上昇のイメージを生み出します。
- 旋律的上昇モチーフ:上行スケールや上向きの跳躍で「飛翔」「昇天」を描写。
- リズムとダンス性:ジグやジーグ風、あるいはポルカに近い活気あるリズムを用いて快活さを表現。
- 合唱の対位法:祝祭的合唱では短いフレーズを重ねるフーガ的手法やコラール的な書法を織り交ぜる。
- 器楽合奏の連携(リトルネロ形式):合唱/アリアの間に同一または変形されたリトルネロが介在し、統一感と推進力を与える。
- 器楽的装飾:ソロ・アリアにおける義務的(オブリガート)楽器の対話で、感情の細部を描き出す。
代表的な楽章の聴きどころ
以下はBWV36系作品に共通してよく見られる楽章類型と、その聴取ポイントです。
- 序曲的合唱(開幕コラール/コーラス):大きな開放感と祝祭性が特徴。合唱と管弦が呼応して壮麗に曲を始め、主題的な動機(上昇フレーズ)が繰り返されます。
- アリア(ソプラノ/アルトなど):ソリスティックな独唱。オブリガート楽器(例えばヴァイオリンやオーボエ)が歌詞の感情を拡張し、技巧的なパッセージがしばしば〈飛翔〉を喚起します。
- レチタティーヴォ:テキストを直截に伝える場。短いフレーズと和声の動きで物語性を展開します。
- 二重唱/重唱:人間関係や会話的要素を描く際に用いられ、対位法的な掛け合いが聴きどころ。
- 終曲合唱:祝祭的な終結。世俗版では喝采や祝宴の空気、教会版では信仰の確信が表現されます。
編曲とパロディの技法
バッハは優れたメロディック・素材や器楽リトルネロを再利用して、別テクストに付け替えることがありました。BWV36aの音楽は、テクストの変更に合わせて細部を修正しつつ、基本的な音楽材(主題、リズム、器楽配置)を保ち、異なる宗教的/世俗的文脈における効果を再現します。したがって原曲(世俗)と派生形(教会用)を比較することで、バッハの音楽的判断やテキスト重視の作曲法が明瞭になります。
演奏実践と現代の受容
20世紀後半以降の歴史的演奏法(HIP=Historically Informed Performance)の興隆に伴い、BWV36系作品も古楽器と当時の発想で再評価されました。テンポ設定、弦楽器の使用、ヴィブラートの抑制、装飾の実行などが、当時の響きを回復する方向で議論されます。現代の主要録音としては、ジョン・エリオット・ガーディナー、マサアキ・スズキ、トン・クープマンらによる収録があり、それぞれ演奏スタイルと解釈に特色があります(詳細は下記参考録音で確認してください)。
スコアと版について
原典資料は断片的な場合もあり、現代における演奏や研究は新バッハ全集(Neue Bach-Ausgabe)や各種批判的版、並びにデジタル・アーカイブ(Bach-Digital、IMSLP等)を参照して行われます。版によって小節割りや装飾符、器楽呼称が異なることがあるため、演奏者は複数版を照合して意図を読み取る必要があります。
聴きどころガイド(具体的な注目点)
- 第1曲(開幕合唱):冒頭のリズム的推進力と合唱のエネルギー。上行フレーズがどう展開するかに注目。
- 主要アリア:ソロとオブリガート楽器の対話。装飾とアーティキュレーションにより歌詞の意味が拡張される。
- アンサンブルの均衡:弦と木管、独唱と合唱のバランス。祝祭性を出しつつもテクストの明瞭性を保つこと。
- 終曲合唱:締めくくりの祝祭感。世俗的な喝采と教会的な賛美の差異を聴き比べる楽しみ。
おすすめ録音(参考)
以下は代表的な解釈の例です。解釈の方向性(古楽器寄り/近代的オーケストラ寄り)を比較して聴くと理解が深まります。
- John Eliot Gardiner 指揮:Bach Cantata Pilgrimage(歴史的演奏を基調とした活発な解釈)
- Masaaki Suzuki 指揮(BISレーベル):繊細でテクスト重視の演奏。
- Ton Koopman 指揮:バロック的な躍動感と即興的装飾の色彩。
まとめ
BWV36a(およびその系列作品)は、バッハの〈喜び〉と〈上昇〉というテーマを音楽的にいかに具象化するかを示す優れた例です。世俗的祝祭音楽としての鮮烈さと、教会用に転用された際の宗教的再解釈──この二重性が、現代の聴き手にとっても豊かな鑑賞の手がかりを与えてくれます。スコアを手にし、原曲と派生版を聴き比べることで、バッハの作曲技法やテクストへの感受性がより深く見えてくるでしょう。
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参考文献
- Bach Digital — Bach-Archiv Leipzig
- Wikipedia: "Schwingt freudig euch empor"(BWV 36 系列の解説)
- Bach Cantatas Website — BWV 36
- IMSLP: Cantata, BWV 36(楽譜資料)
- Bärenreiter — Neue Bach-Ausgabe(新バッハ全集)
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