バッハ BWV89「エフライムよ、われ汝をいかにせん」――聖書的主題と音楽表現を深掘りする
概要
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲のカンタータ BWV89「Was soll ich aus dir machen, Ephraim?(エフライムよ、われ汝をいかにせん)」は、ライプツィヒ時代に手がけられた宗教カンタータの一つで、旧約聖書の呼びかけを主題に据えた作品です。典礼暦ではおもにトリニティ後第22日曜のために書かれたとされ、バッハの教会カンタータ群の中でも宗教的問いかけと慰めが濃厚に表れた作品として知られています。
作曲の背景と初演
バッハは1723年にライプツィヒのトーマス教会および聖ニコライ教会のカントルに就任し、豊富なカンタータ制作を進めました。BWV89もこの時期の教会カンタータの流れの中で成立したと考えられており、教会暦に沿った説教の主題や聖書箇所と密接に結びついた内容になっています。初演はライプツィヒで行われたと伝えられていますが、詳細な初演日や当時の演奏編成については資料により差異があるため、確定的な日付の扱いには注意が必要です。
聖書的背景とテキストの特徴
曲名にもある「Ephraim(エフライム)」への呼びかけは旧約聖書の預言書に由来する表現であり、特にホセア書やエレミヤ書などで見られる神の憐れみと責めの相克というテーマを通しています。BWV89のテキストは匿名の説教付随詞(リブレット)に基づく部分と、聖書からの直接引用的表現が混在する構成が特徴です。バッハの多くのカンタータ同様、個人的信仰の告白と共同体としての応答が交互に現れ、最終的に合唱やコラールで共同体的締めくくりへと導かれます。
楽曲構成と音楽的特徴
BWV89は一般的に複数の楽章から成り、合唱曲、アリア、レチタティーヴォ、そして締めくくりのコラールという伝統的な配置が踏襲されています。バッハはテキストの意味に応じて音楽上の造形を巧みに変化させ、次のような特徴が見られます。
- 開幕合唱の劇的性――タイトルフレーズに込められた問いかけを、合唱とオーケストラが応答するように描き、和声進行やリズムの揺らぎによって不安や懇願の情感を表現します。
- アリアにおける情緒描写――ソロ楽章では器楽の独奏句や低声の装飾が、嘆きや希望の微妙な揺れを細やかに提示します。通奏低音と旋律楽器の対話が心情の動きを支えます。
- レチタティーヴォの語り口――説教に近い語りの部分では、バッハは語義を明瞭に伝えるためのリズム処理と和声補強を行い、聴衆の理解を促します。
- 終曲コラールの共同性――終結部では四声コラールが配置され、会衆的な信仰告白へと回帰します。ここで用いられる旋律や和声は、作品全体の神学的主題を統合します。
音楽表現上の注目点
BWV89を聴く際に注目したいポイントを挙げます。
- 動機の扱いとテーマの発展――短い動機が合唱と器楽で繰り返され、それが発展していく様子に注意すると、バッハの構築力が見えてきます。
- 語尾の処理とテキスト強調――重要語句には和声的な強調や旋律上の跳躍が与えられ、言葉の意味が音楽的に増幅されます。
- 色彩の使い分け――オーボエやリコーダーに相当する管楽器、弦楽器群の対比が感情のグラデーションを生みます。歴史的演奏法では音色やバロック弦の特性が重要です。
- 合唱と独唱のバランス――合唱が共同体の声、独唱が個人の内面を表すという対比を意識すると、構成の宗教的意味がより鮮明になります。
演奏上の実践と解釈の幅
近年の歴史的演奏法の発展により、BWV89を含むバッハのカンタータは様々な解釈で演奏されています。ピリオド楽器を用いた解釈では、低いコル・ナ・ティレや古楽弦の音色がバロックの語法を生き生きと再現します。一方で現代楽器と大編成合唱での演奏は、より堂々とした宗教的感銘を強調します。さらにソロ人数については一声一人主義(one voice per part)論争があり、音楽学者や演奏家により異なる選択がなされています。
代表的な録音と聴きどころ
BWV89は主要なカンタータ全集の中に収録されており、ジョン・エリオット・ガーディナー、マサアキ・スズキ(Bach Collegium Japan)、ニコラウス・アーノンクール、ヘルムート・リリング、トン・クープマンらの指揮する演奏が注目されています。録音を比較すると、テンポ、音色、合唱の規模、 continuo の扱いにより印象が大きく異なります。聴き比べの際は、語り部分の明瞭さ、アリアの伴奏の色彩、終曲コラールの和声処理などに着目すると、それぞれの解釈の方向性が理解しやすくなります。
神学と音楽の交差点
BWV89は単なる音楽作品にとどまらず、当時の信仰的・礼拝的実践と深く結びついた作品です。問いかけから始まり、個人の罪と神の憐れみ、共同体としての応答へと至る構造は、バロック時代の宗教的鑑賞のあり方を映しています。音楽を通じて聴衆が自己を向き合うよう仕向ける点で、このカンタータは強い説得力を持ちます。
まとめ
BWV89「Was soll ich aus dir machen, Ephraim?」は、旧約聖書的呼びかけを出発点に、バッハが音楽と言葉を通して信仰的問いかけと慰めを織りなした名作です。演奏史や楽器編成、解釈のバリエーションを踏まえて聴くことで、作品の奥行きがさらに深まります。宗教的・音楽的両面からの読み解きは、現代においても聴衆に新たな示唆を与えてくれるでしょう。
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参考文献
- Bach Cantatas Website: BWV 89
- Bach Digital(バッハ・デジタル)
- Christoph Wolff, Johann Sebastian Bach: The Learned Musician(Oxford University Press)
- Alfred Dürr, Die Kantaten von Johann Sebastian Bach(Bärenreiter 出版社情報)
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