バッハ:BWV 99「Was Gott tut, das ist wohlgetan」徹底解説 ― 背景・構成・演奏のポイント
概要と歴史的背景
J.S.バッハのカンタータ BWV 99「Was Gott tut, das ist wohlgetan(神のみわざはすべて善し)」は、ルター派のコラールに基づく宗教曲であり、信仰と委ねる心を主題にしています。原詩はサミュエル・ローディガスト(Samuel Rodigast、17世紀)によるもので、旋律はセーヴェルス・ガストリウス(Severus Gastorius)によって伝えられたコラール旋律が広く用いられています。バッハはライプツィヒにおける教会カンタータ制作の中で、この賛歌を素材として用い、芳醇な和声処理と対位法的技巧をもって信仰告白の音楽化を行いました。
BWV 99はバッハの教会カンタータ群の一つで、典型的なコラール・カンタータの手法を踏襲しています。すなわち、冒頭と最終の楽章でコラールのテキストとメロディをほぼそのまま使用し、中間楽章では詩句を自由に改作・展開してアリアやレチタティーヴォにしている点が特徴です。原詩の精神、すなわち神の摂理への信頼と人間の受容の姿勢が、音楽的にも様々な形で表現されます。
テクストと構成(楽章と役割)
原詩は複数の節(スタンザ)から成り、BWV 99でもそれらを基に全体構成が組まれています。バッハのコラール・カンタータに見られる典型的な配置として、次のような流れが想定されます。
- 第1楽章:コラール・フンタジア(合唱) ― コラールの旋律を声部あるいはソプラノ独唱に載せ、オーケストラが装飾的あるいは対位的な伴奏を行う。
- 中間楽章:レチタティーヴォやアリア(ソロや二重唱) ― テキストを内省的・説得的に展開し、感情の濃淡を描く。
- 第終楽章:4声コラール(合唱) ― コラールを四部合唱で簡潔にまとめ、信仰の確信で締めくくる。
このような枠組みにより、冒頭の華やかな信仰告白と最後の共同体的応答が対比され、聴衆は個人的信仰と教会共同体の両面を音楽体験として受け取ります。
音楽的特徴と分析ポイント
BWV 99の興味深い点は、コラール旋律の扱いとオーケストレーションにあります。バッハはしばしばソプラノにコラールの旋律(カントゥス・フィルムス)を載せ、他声部と楽器群で豊かな対位法を織りなします。これにより旋律の明瞭さを保持しつつ、和声や動機の発展で内面的な解釈を加えることができます。
和声面では、標準的な四部和声の枠組みを超えて、遠隔調への短い移行や、転調を利用した感情的なハイライトが挿入されることが多く、特にアリア部では通奏低音とチョン・オブリガート(独奏楽器)による対話が、文語的テキストを具体的に描写します。レチタティーヴォでは、バッハ特有の言語的アクセントが音楽のリズムに反映され、語尾や句切れが和声の変化や装飾音で強調されます。
編成と楽器法
伝統的にBWV 99は弦楽器(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ)、通奏低音(チェロ/コントラバス、チェンバロまたはオルガン)、さらにオーボエなどの木管が補助的に用いられる編成が考えられます。バッハは各楽器の音色差を巧みに利用し、オーボエによる歌うような旋律や弦楽のアルペッジョでテキストのニュアンスを色付けしました。
近年の歴史的演奏法(HIP)では、ピッチやテンポ、装飾の扱いが見直され、自然な発音と楽器の本来の音色を生かすことで、バロック時代の教会空間に適した響きを再現しようとする試みが多く見られます。
演奏上の留意点(指揮者・歌手・楽員へ)
- 合唱とオーケストラのバランス:冒頭のコラール・フンタジアではソプラノのカントゥス・フィルムスを明確に聞かせつつ、合唱のテクスチャを潰さないようオーケストラのアーティキュレーションを整える。
- 語語の明瞭さ:レチタティーヴォやアリアではドイツ語のテキスト・アクセントを音楽に反映させ、語尾の解決を和声で支持する。
- アンサンブルの柔軟性:通奏低音のリズムとテンポ感が全体を牽引するため、チェンバロ/オルガンと弦楽の連携を重視する。
- テンポ設定:信仰の確信を表現する楽節は安定したテンポ感で、逆に内省的表現を要する箇所はより自由度を持って歌う。
様々な解釈と録音に見る違い
BWV 99の録音を比較すると、合唱の扱い(大編成 vs 小編成)、音高(A=415Hzや現代ピッチ)、オーケストラの編成、装飾の有無などが演奏の印象を大きく左右します。伝統的なステートメントとしては大編成・現代ピッチでの荘厳さを重視するものがあり、HIP系の演奏は透明さとテキスト理解の明確さを追求します。演奏者は自らの解釈の軸を明確にし、テクストと音楽の整合性を第一に据えることが重要です。
現代における受容と教育的価値
このカンタータは宗教音楽であると同時に、和声法・対位法・テキスト設定の教科書的要素を豊かに含んでいます。合唱団やオーケストラの教育現場では、バッハのテクスチャ処理や表現技法の習得に有効なレパートリーです。また、信仰のテーマを普遍的な人間の経験として解釈することで、宗教を超えた芸術的対話が可能になります。
おすすめの聴きどころ(楽章ごと)
- 第1楽章:コラールの主題の明確さと他声部の対位法を追い、各楽器がどのようにテキストの感情を支持しているかに注目する。
- アリア:独奏楽器の語りと歌詞の関係、通奏低音の推進力を聴く。特に装飾音の扱いにより演奏者の解釈が出やすい。
- 最終コラール:四声合唱の和声処理、終結部の和声進行の安定感と信仰の確信を味わう。
演奏・鑑賞のための実践的アドバイス
演奏会で取り上げる際は、プログラムノートで原詩の意味やバッハのコラール・カンタータという形式の説明を添えると、聴衆の理解が深まります。速すぎるテンポ設定はテキスト理解を損なうため、言葉の能動的な提示を優先してください。録音を聴く際は、異なる年代・流派の演奏を2〜3種類比較することで、作曲技法と解釈の幅を体感できます。
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参考文献
- Wikipedia: Was Gott tut, das ist wohlgetan, BWV 99
- Bach Cantatas Website: BWV 99
- IMSLP: Was Gott tut, das ist wohlgetan, BWV 99(楽譜)
- Bach Digital(総合データベース)
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