バッハ:BWV945(ホ短調フーガ)— 作品解説と演奏・分析の深掘りガイド

作品概要

BWV945は「ホ短調のフーガ」として目録に登録されている鍵盤曲です。作品は短めのフーガで、バッハの器楽フーガ群の中では比較的簡潔な性格を持ちます。楽曲の成立時期や写本史、作曲者帰属については議論があり、通説的にはヨハン・ゼバスティアン・バッハ(J.S.バッハ)に帰されることが多いものの、写譜者や様式的特徴を根拠に帰属に慎重な研究も存在します。

歴史的背景と写本事情

BWV番号が付された鍵盤小品の多くと同様、BWV945も複数の写本やコレクションの形で伝わっています。初期の写本では個人用の練習曲集や生徒用の教材に含まれることがあり、こうした伝承経路は作品の機能(教育目的、練習用、礼拝のための前奏等)を推定する手がかりになります。

重要な研究資料としては、写本の筆跡比較、他作品との様式的一貫性の検討、図版化された原典版や近年のニューバッハ=アウトガーベ(Neue Bach-Ausgabe, NBA)やデジタル・アーカイブの記録が挙げられます。作品の正確な成立年代は不詳ですが、様式面ではバッハの中期(1720年代〜1730年代)に作られた鍵盤小曲と類似する要素が見られると指摘する声があります。

主題と対位法の特徴

BWV945の主題(テーマ)は簡潔で記憶に残りやすく、短いモティーフが繰り返される形で構成されます。短小なフーガに特徴的な凝縮性があり、主題提示部(序奏的な導入を含める場合もある)で主題が明瞭に打ち出され、その後、対位的に処理されていきます。

バッハの他の小フーガ同様、対位法的技法(模倣、転調、反行形、増終形・縮小形の利用など)が駆使され、短い中に豊かな展開が収められています。対位声部はしばしば主題と調和的に絡み合い、エピソード部では順次進行や転調を通じて調性的緊張を緩和しつつ、主題再現へと導きます。

和声構成と調性計画

楽曲の主調はホ短調(Eマイナー)で、短いながらも基本的な調性の対比(属調、同主長調や平行長調への短時間の流入)が見られます。典型的な展開としては、主題提示後に属調(ロ短調やロ長調)方向への移動、次いで短いエピソードでの斜め進行や循環進行を経て、再び主調に回帰する構成が想定されます。

和声語法はバッハ期の標準に従い、堅固な functional harmony と対位法的処理の両立が図られています。転調の局面では短い経過和音やシーケンスが用いられ、主題の断片が断続的に出現することで統一感が保たれます。

形式的特徴

BWV945は古典的なフーガ形式のコンパクトな実例で、以下のような基本的な局面に分けて捉えることが有効です。

  • 主題の提示(Exposition)— 各声部による順次の主題提示が行われる。
  • エピソード(Episode)— 主題断片や対位的連結素材を用いて調性移動や呼吸を作る。
  • 再現・展開部— 主題の再現や転調を伴う再提示、時にストレッタ的な詰めを含むこともある。

短い楽曲であるため、各部分は凝縮され、余分な装飾よりも対位法上の明瞭さが優先されます。

演奏・解釈のポイント

演奏にあたっては以下の点に注意すると楽曲性が明確になります。

  • 声部の明確化:フーガでは各声部の独立性を示すことが重要です。低声部の動きも単なる伴奏ではなく独立した対位線として扱う。
  • 主題の輪郭を保つ:主題が提示されるたびに明確なアーティキュレーションと音楽的重心を与え、聞き手が主題を追えるようにする。
  • テンポ選択:短いフーガは速すぎると輪郭が失われ、遅すぎると論理的な流れが停滞します。拍節感を堅持しつつ、フレージングで柔軟性を持たせることが望ましい。
  • 装飾と音色:チェンバロかピアノかによって音色戦略が変わります。チェンバロでは左右の手の分離とレジストレーション(上鍵盤と下鍵盤の使い分け)に注意、ピアノではダイナミクスの微妙な差を用いて声部を浮き上がらせる。
  • 発音とレガート:バロックの慣習に倣いつつ、現代鍵盤楽器の特性を活かして語りかけるように。主題の開始音はやや明瞭に、接続部は滑らかに。

版・校訂と楽譜入手

BWV945を含む小品は、以下のような典拠・版が参照に値します。

  • 原典資料をデジタル化したアーカイブ(Bach Digital など)— 写本の所在や画像が参照可能な場合がある。
  • 国際的な校訂版(ニュー・バッハ=アウトガーベ)— 校訂方針と素材の根拠を示す注記が有益。
  • 近年のユアテキスト版(Bärenreiter、Henle)— 演奏家向けの実用的な校訂。

楽譜を選ぶ際は、版の注記(写本差異、筆写者の情報、装飾の付記法など)をよく読み、可能であれば複数版を照合して演奏解釈の根拠を持つことが推奨されます。

受容と録音

BWV945はレパートリーとしてはマイナーな部類に入り、録音は主要作品群(平均律クラヴィーア曲集やインヴェンション/シンフォニア等)ほど多くはありません。ただし、短いフーガ群や《小さなコレクション》の一部としてプログラムに組み込まれることがあり、チェンバロやフォルテピアノ、モダンピアノによる異なる音色での比較演奏は興味深い学習材料となります。

演奏史的観点からは、チェンバロ演奏とモダンピアノ演奏での表現上の差異(持続音の有無、ダイナミクスの幅、響きの残響感)に注目すると、楽曲の構造理解が深まります。

研究上の論点

研究者は以下のような点に関心を向けています。

  • 帰属問題:BWV945がJ.S.バッハの作か、それとも弟子や周辺作曲家の作品かという問題。
  • 写本の系譜:どの写本群に含まれているか、筆写者や所有者の特定が可能か。
  • 様式比較:同時期の他の小フーガとの様式的類縁性を通じて成立年代を推定する方法。

これらの論点を解くには、史料学的アプローチ(写本の物理的調査や系譜学)と様式分析(対位法・和声の比較)が効果的です。

演奏家への実践的助言

  • 譜読みの段階で声部別に指遣いを定め、主題の受け渡しを指で確実に行う。
  • フレーズごとのブレス感(指休め)を計画し、連続する模倣で主題が埋没しないよう配慮する。
  • 録音や練習記録を客観的に聴き、声部のバランスや主題提示の位置づけを調整する。

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参考文献