バッハ:BWV 973 協奏曲第2番 ト長調 — 詳細解説と鑑賞ガイド
序文 — BWV 973とは何か
J.S.バッハのBWV 973は、ト長調の鍵盤協奏曲(協奏曲第2番)として分類される作品で、通称「鍵盤のための協奏曲」の一作です。BWV 972–987の一連は主に1713–1714年頃のヴァイマール時代にバッハがイタリアの独奏協奏曲を鍵盤用に編曲した作品群とされており、BWV 973もその流れに属します。本稿では作曲・編曲の歴史的背景、楽曲構成と音楽的分析、演奏上のポイント、そして現代での受容と演奏の実際について、できるだけ根拠を明確にしつつ深堀りして解説します。
歴史的背景と成立事情
BWV 973は、バッハがヴァイマール宮廷に仕えていた時期(およそ1708–1717年)の作業の一部と考えられています。この時期、バッハはイタリア協奏曲の形式やヴィヴァルディらのリトルネッロ技法に強い関心を示し、複数のヴァイオリン協奏曲を鍵盤ソロ用に編曲しました。こうした編曲作業の目的は二重です。第一に、イタリア風コンチェルトの語法を学び自身の作曲技法に取り込むこと。第二に、鍵盤ソロ奏者(自身を含む)がバロック当時の協奏曲的効果を鍵盤上で再現できるようにすることでした。
BWV 972–987の多くはヴィヴァルディ作品の編曲とされますが、すべての原曲が明確に特定されているわけではありません。BWV 973についても、原曲の特定については諸説があります。いくつかの楽曲は既知のイタリア協奏曲を下敷きにしているものの、編曲の際にバッハ自身の補作や改変が加えられているため、直接の原曲がはっきりしない場合もあります。したがって、本稿では「イタリア協奏曲に基づく鍵盤編曲」という位置づけを中心に解説します。
楽曲の編成と形式
BWV 973は典型的なバロック協奏曲の三楽章構成(速-遅-速)を踏襲していることが多く、次のような特徴が見られます。
- 第1楽章:活発なリトルネッロ形式。主題(リトルネッロ)とソロ部の対話が交互に現れ、協奏的な掛け合いが中心となる。
- 第2楽章:穏やかで歌心のある緩徐楽章。鍵盤の装飾と伴奏群の和声的支持により、叙情性が際立つ。
- 第3楽章:速い終楽章で、舞曲的なリズムや短い主題の反復、技術的なパッセージが特徴。
編曲された鍵盤協奏曲で共通して見られるのは、ヴァイオリン独奏のために書かれた原曲に対し、バッハが鍵盤的なアルペッジョやトリル、両手にわたる分散和音を多用して「鍵盤らしい」語法に変換している点です。この変換により、原曲の旋律的性格は残りつつも、和声進行や対位法的処理がより緻密に表出されます。
第1楽章の聴きどころ(形式と動機展開)
第1楽章は典型的なリトルネッロ構造で始まることが多く、序奏的な役割を果たすリトルネッロ主題がオーケストラによって提示されます。その後、鍵盤ソロがその素材を受け取り、装飾やパッセージワークで発展させます。バッハはここでリズムの切り返しや短いモチーフの断片化を用い、主題動機を繰り返しながらも変形していきます。
和声面ではト長調を基調にしつつ、属調や並行調への短い遠隔転調が挿入されることで緊張と解決がリズミカルに配置されます。バロックの協奏曲形式特有の「呼応」が随所にあり、ソロと群奏(tutti)の対比、あるいはソロ内部での両手の対位的やり取りが聞きどころです。
第2楽章の性質(歌うことと装飾)
緩徐楽章では、バッハ独特の歌謡性と感情の抑制が同居します。鍵盤ソロは長い旋律線を保持しつつ、即興的な装飾(トリル、モルデント、内声の補完的な装飾)によって表現力を豊かにします。オーケストラ(弦楽器)部は基本的に和声的支えに徹し、低弦や通奏低音が持続的に和音基盤を提示します。
この楽章では声部の独立性が際立ち、バッハの対位法的な才能が緩徐部でも発揮されます。装飾の付け方やテンポ感は演奏家の解釈に依存するところが大きく、歴史的演奏実践(短調/長調の色彩、アゴーギク、装飾の様式)を踏まえた上での選択が重要です。
第3楽章の特徴(終結のエネルギー)
終楽章はしばしば短い楽句を連ねた疾走感のあるリズムで進み、舞曲風の軽快さと技術的な速さが求められます。ここでもリトルネッロの主題が効果的に配され、ソロが技巧的なパッセージを連続して奏することで曲全体を高揚させます。フーガ風の要素や模倣技法が取り入れられる場合もあり、単なる華やかさだけでなく構築性も重視されています。
編曲上の工夫とバッハの手法
BWV 973に限らずバッハの鍵盤編曲にはいくつかの共通点があります。第一に、ヴァイオリンなど原楽器の単旋律を鍵盤で再現する際、両手を使った分散和音や重音的な処理で音楽の厚みを出していること。第二に、オーケストラ的なtutti部分を鍵盤が部分的に受け持つことで、対比の鮮明さを保っていること。第三に、バッハ自身の対位法的補作が加えられ、原曲にないヴァリエーションが付けられていることです。
これらの手法により、編曲は単なる移植ではなく新たな音楽作品としての独自性を獲得します。バッハは他者の主題を素材として、自らの和声語法や対位法で再構築することで、オリジナルと編曲の両方の魅力を引き出しました。
演奏・録音での注意点(歴史的実践と現代解釈)
実演面では、楽器選択(チェンバロかモダンピアノか)とアンサンブルの編成が解釈を大きく左右します。古楽的なアプローチでは、チェンバロソロ+弦楽合奏+通奏低音が基本で、ピッチはA=415Hzや古い調律を採ることが多いです。一方、モダンピアノでの再現は音色とダイナミクスが異なるため、別種の表現を生みますが、速いパッセージの明瞭さや低音の充実感はピアノの強みです。
装飾やテンポは史料に基づく実践が望ましいものの、完全な正解は存在しません。装飾は当時の慣習(短調での縮小トリル、長音の装飾など)を踏まえつつ、楽曲の文脈に合うよう調整します。バッハの鍵盤協奏曲はフレーズの区切りや句の構造が明確であるため、アーティキュレーションとフレージングの工夫が聴き手に対する説得力を高めます。
楽譜と版・編集の問題
BWV 973の楽譜は各種版が存在し、楽譜によってはバッハ自身の原稿に由来する写本と編集者による推定補記が混在しています。演奏者は信頼できる教材版(批判校訂版、現代の学術版)を参照することが推奨されます。装飾やオルナメントの注記が版ごとに異なるため、原典資料に遡るか、複数版を比較して自己の解釈を固めることが重要です。
鑑賞のポイントと音楽史的意義
鑑賞の際には、以下の点に注目してください。
- リトルネッロとソロの対比が生む緊張と解放。
- バッハの和声的処理と対位法が編曲を通じてどのように現れているか。
- 楽器の選択(チェンバロ/ピアノ)による表情の違い。
- 緩徐楽章での旋律の歌わせ方と装飾の選択。
音楽史的には、BWV 973のような鍵盤編曲は、バロック期における様式の受容と再解釈の好例です。バッハは外来の様式(イタリア協奏曲)を取り入れて自らの言語へと変換し、後の鍵盤音楽や協奏曲形式の発展に寄与しました。
現代での受容と聴きどころの提案
現代では歴史的演奏に基づく解釈と現代楽器による解釈の双方が共存しています。チェンバロ編成の柔らかな響きで古典的な色合いを楽しむのもよいですし、ピアノの表現力とダイナミクスで新たな魅力を引き出すのも一興です。初めて聴く際には、まず楽章ごとの構造(提示→展開→再現のような流れ)を意識し、特にソロと合奏の掛け合いに耳を澄ませると、バッハの編曲の巧みさがよりはっきり分かります。
結び
BWV 973は、バッハが外来の協奏曲語法を取り入れつつ自らの作曲技術で再解釈した成果であり、鍵盤と合奏が織りなす対話の妙が詰まった作品です。原曲の特定に関しては学界での議論が残るものの、楽曲自体が示す音楽的魅力は明確で、演奏・鑑賞の双方において豊かな発見をもたらします。演奏者は史料に基づく理解と創意を併せ持って取り組むことで、作品の多層的な美しさを伝えることができるでしょう。
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参考文献
- IMSLP: Keyboard Concertos, BWV 972–987(楽譜)
- Wikipedia: Keyboard concertos by Johann Sebastian Bach
- Bach Digital(バッハ・アーカイブ)
- Christoph Wolff, Johann Sebastian Bach: The Learned Musician(Harvard University Press)
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