バッハ BWV 975(ト短調):ヴィヴァルディ原曲から読み解く編曲と演奏の魅力

作品概要 — BWV 975とは何か

BWV 975 は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハによる鍵盤協奏曲(ハープシコード用編曲)の一つで、ト短調で書かれています。本作はバッハがイタリアの協奏曲群(特にアントニオ・ヴィヴァルディ等の作品)を手本として編曲した作品群の一要素にあたり、典型的な協奏曲の三楽章形式(速—緩—速)を持ちます。楽譜史料や研究の大勢は、これらの鍵盤用編曲がワイマール時代(おおむね1713–1714年ごろ)に制作されたと見なしており、当時のバッハがイタリア協奏曲の構造やオーケストレーションの手法を鍵盤上で学び、独自の様式に取り込んでいったことを示しています。

成立の背景 — ワイマールとヴィヴァルディへの接近

バッハはワイマール在任中に、オランダから持ち帰られたイタリア協奏曲の楽譜や写本に触れる機会を得ました。とくにヴィヴァルディの《和声の霊感(L'estro armonico)》などがバッハの編曲対象になり、BWV 972–987 として数多くの協奏曲編曲が残されています。BWV 975 もそうした編曲群の一つで、原曲はヴァイオリン協奏曲などイタリアの器楽曲と考えられています(編曲という性格上、原典との一致・相違を検証することが音楽学上重要です)。

楽曲構成と主要な音楽的特徴

  • 楽章構成:三楽章(速—緩—速)というバロック協奏曲の標準形を踏襲しています。第1楽章は活気あるアレグロ主体のリトルネル形式、第2楽章は歌唱的で情感豊かな緩徐楽章、第3楽章は躍動感あるロンド風またはアレグロで締めくくられます。
  • 調性と性格:ト短調という短調を採ることで、曲全体に陰影と緊張感が生まれます。ヴィヴァルディ由来の素材はしばしば明瞭な主題(リトルネル主題)とそれに続く独奏的な装飾句で構成され、バッハはそれらに対位法的な処理や内声の補強を施します。
  • リトルネル形式と改変:原曲のリトルネル構造(合奏部と独奏部の交替)を保持しつつ、バッハは鍵盤上で弾きやすく、かつ和声的・対位法的に充実した展開を付け加えます。繰り返しや転調の扱い、内声の綾(あや)により、単なる写し以上の独自性を獲得しています。

編曲としての工夫 — バッハの“読み替え”

バッハの鍵盤編曲にはいくつかの典型的な工夫があります。まず、弦楽合奏向けに書かれた旋律線を鍵盤の両手に配分し、対旋律や basso continuo 的な役割を同時にこなすための和声分散を付与します。これにより、鍵盤ソロだけでもオーケストラ的な充実感を出すことが可能になります。

さらにバッハは、非和声音の処理や転調のつなぎ目で対位法的な補強を多用します。原曲の簡潔な伴奏を、鍵盤的なアルペッジョやスケール連結、装飾的なトリルやトリルの前打音などで拡張し、バッハ流の“鍵盤語法”へと変換していきます。これらの手法により、原曲のリズムや動機は保持されつつ、音楽的密度が高まります。

演奏と編成の実際

現代の演奏では、BWV 975 はハープシコード単独、フォルテピアノ、あるいはモダン・ピアノで演奏されることが多く、それぞれに独自の解釈課題があります。ハープシコード演奏では装飾や音色差によりバロック的な軽やかさを強調し、ペダルや持続音のない楽器特性を活かした明晰な対位を重視します。モダン・ピアノではダイナミクスの幅や持続感を活かして、より“歌う”アプローチや弦楽オーケストラ的な厚みを出すことが可能です。

また演奏時の編成としては、鍵盤独奏+弦楽合奏+通奏低音(チェロ、チェンバロまたはオルガン)というバロック的な編成が古楽系の実践では一般的です。ただし、バッハ自身が鍵盤用にまとめたとおり単独の鍵盤作品として演奏されることも頻繁にあります。テンポやアーティキュレーション、装飾の選択は奏者と指揮者(あるいは通奏低音奏者)の解釈に委ねられます。

楽曲分析のポイント(楽章ごと)

  • 第1楽章(速):明確なリトルネル主題と問答的な独奏句の交替から成ります。主題は短い動機の反復と変形によって推進力を保ち、モチーフの断片が転調や対位的な扱いで展開されます。
  • 第2楽章(緩):歌唱的で叙情的な性格を持ち、しばしば原曲の旋律がそのまま鍵盤上で歌われます。バッハは和声進行や内声の分散で感情の深まりを補強し、簡潔な装飾で旋律線を彩ります。
  • 第3楽章(速):リズミカルで機知に富む楽章。終結に向けて動機が次々と連結され、しばしばフィナーレのような力強さで曲を締めくくります。

音楽史的意義

BWV 975 を含むバッハの鍵盤協奏曲編曲群は、バッハがイタリアの協奏曲様式を吸収し、それを鍵盤音楽へと変換する過程を示す重要な証拠です。これらの編曲を通して、バッハは協奏曲の構成感や対位法的処理法を学び、後の自身の管弦楽的作品(例えばブランデンブルク協奏曲やヴィオリン協奏曲など)にその影響を反映させました。さらに、鍵盤奏者にとっては技術的・表現的な教本としての側面もあります。

実践的な聴きどころと演奏上のアドバイス

  • 第1楽章ではリトルネル主題の明瞭さを保ちつつ、独奏句の歌わせ方に注意する。拍節感を落とさずにフレージングで表情を作る。
  • 第2楽章は旋律線の歌唱性を最優先に。和声の進行に合わせて内声を薄く支えることで、旋律の輪郭が際立つ。
  • 第3楽章ではリズムの推進力を維持しつつ、細かな装飾を過度に使わない。終結へ向けたエネルギーの蓄積を意識する。
  • 装飾(トリルや前打音)は音楽語法と当時の慣習に即して選ぶ。ハープシコードではタッチの変化で表情を付け、モダンピアノではペダルの使い方に注意する。

版・資料・研究に関する注意点

BWV 975 を含む編曲群は、多数の写本や近代版が存在し、テクストに差異が見られる場合があります。信頼できる現代版(ウルテクスト)や史料に基づく校訂版を参照することが望ましいでしょう。学術的な検討では、原曲(もしヴィヴァルディ等が原作者であるならばその原典)とバッハ編曲との比較研究が重要です。

まとめ — 聴く・弾く価値

BWV 975 は、単なる‘写し’や‘模倣’を超えて、バッハがイタリア楽派の素材を如何に自らの音楽語法へ取り込んだかを示す好例です。短調の陰影と鍵盤の対位法的な豊かさ、協奏曲的な推進力が融合したこの作品は、古楽器での軽やかさ、近代ピアノでの歌と厚み、いずれの演奏でも異なる魅力を聴き手に提示します。演奏・研究双方において示唆に富むレパートリーです。

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参考文献