バッハ:BWV1063 — 3台のチェンバロのための協奏曲第1番 ニ短調を深掘り
作品概説
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「協奏曲 3台のチェンバロのための協奏曲第1番 ニ短調」BWV1063は、複数台のチェンバロ(または鍵盤楽器)をソロに据えた華やかで技巧的な作品です。編成は3台のチェンバロと弦楽合奏および通奏低音(チェロ、コントラバス等)からなり、バロック期の協奏曲の様式と対位法的なバッハの書法が融合した作例として重要視されています。
作曲時期は確定していないものの、バッハのライプツィヒ時代(1720年代以降)に取り組まれた鍵盤協奏曲群の一作と考えられています。BWV1063は典型的な3楽章構成(速—緩—速)をもち、協奏曲のリトルネッロ形式やソロ群とオーケストラの掛け合い、チェンバロ間の対位的な応答が聴きどころです。
歴史的背景と系譜
18世紀のドイツにおいて、イタリアのヴィヴァルディらが確立した協奏曲様式は広く模範とされ、バッハはヴァイオリン協奏曲やチェンバロ協奏曲を通じてその語法を吸収・再構築しました。複数ソロを持つ協奏曲というジャンル自体はイタリアにも例があり、バッハはそれらの影響を受けつつ、独自に対位法や変奏技巧を重ねています。
BWV1063に関しては、バッハ自身の編曲(別の器楽作品からの転用)あるいはオリジナルの創作という議論が音楽学上で続いています。いずれにせよ、本作は<協奏的合奏>と<鍵盤の室内的対話>を同時に成り立たせる点で稀有な作品です。
楽器編成と演奏上の特徴
スコアは3台のチェンバロ(あるいはチェンバロとフォルテピアノの組合せ、現代ではピアノ使用の録音も見られる)を想定しています。各チェンバロは独立したソロ声部として機能し、しばしば互いに対位的な動きを交わします。弦楽合奏はリトルネッロを担い、ソロ群の提示や伏線回収の基盤を形成します。
演奏上のポイントは以下の通りです。
- 音量と撥弦楽器の音色差:チェンバロはダイナミクス幅が限られるため、音色のコントラスト(装飾、タッチ、レジストレーション)でパート間の分離を作る。
- 合わせとテンポ:3台の鍵盤が精密に対話する必要があり、リズムの統一とイテレーションの呼吸が重要。
- 装飾とレトログラード:装飾音や幕間のカデンツァ的な扱いを、当時の演奏慣習に沿って適切に吟味する。
形式と楽曲分析(楽章別)
本作は一般に3楽章構成で、協奏曲の伝統的枠組みを踏襲しつつ、バッハらしい対位法的展開が随所に現れます。以下は楽章ごとの聴きどころと構造的特徴です。
第1楽章(速)
序盤はリトルネッロ形式の様相を示し、オーケストラが主題を提示したのち、3台のチェンバロが連続的に応答してくる典型的な協奏曲の枠組みを踏みます。ここでは主題の繰り返しと変奏、ソロ群による模倣・分散和音的な技巧が交互に現れ、テンポ感の厳格さとフレーズの切れ味が求められます。和声進行は厳密に機能和声に則りつつ、バッハ的な転回と代理和音が巧みに用いられ、対位法的な重なりがクライマックスを形成します。
第2楽章(緩)
緩徐楽章は外楽章の緊張から離れて、より歌謡的で内省的な性格を持ちます。チェンバロの対話はここで抑制され、ソロが旋律線を受け持ちつつオーケストラが繊細な伴奏を行います。装飾音やアーティキュレーションの取り扱いが情感の表出に直結するため、奏者の音楽解釈が作品の深みを左右します。また、多くの場合この楽章は和声的に近親調へ移ることで対照が生じ、全体の構造上の均衡を保ちます。
第3楽章(速)
終楽章は再び活発でリズミカルな性格に戻り、しばしばドッペルタイム感やスリリングなパッセージが現れます。ここでもリトルネッロとソロ群の往還が繰り返され、チェンバロ間の応答が軽快に展開します。和声進行と対位法の緊密な結合が聴き手に高揚感を与え、最後は力強く締めくくられます。
音楽的特徴と作曲技法
BWV1063の魅力は、協奏曲的構造と鍵盤的技巧、そしてバッハならではの対位法の融合にあります。複数ソロのための書法は、ソロ同士のカノンや模倣、交差するスケール技法、分散和音的なアルペッジョなどを駆使して、聴覚的に豊かなテクスチャーを生み出します。
また、バロックの協奏的語法に見られる「リトルネッロ主題の回帰」と「ソロによる発展」の対比は、本作においても明瞭で、全体の統一感を与えるとともに各楽章のドラマを強調します。加えて、チェンバロという鍵盤楽器特有の撥弦音は、オーケストラの持続音群と鮮やかな対比を作るため、バッハはその音色的可能性を巧みに利用しています。
版・楽譜・原資料
現存する楽譜資料や校訂版に関しては、諸版を比較することが演奏解釈の鍵となります。近年の演奏では歴史的奏法に基づく校訂版(Urtext)を参照することが推奨され、装飾や省略の有無、通奏低音の実演法などを慎重に検討する必要があります。学術的な音楽編集においてはバッハ・デジタル(Bach Digital)やIMSLPの原典スキャンが参照資料として有用です。
演奏史と現代の解釈
20世紀以降、古楽復興運動の中で本作は鍵盤トリオの名演とともに再評価されてきました。歴史的楽器(チェンバロや古典的弦楽器)による演奏は、当時の音色感やアーティキュレーションを復元する試みとして支持されています。一方で、ピアノを用いた録音や現代的解釈も多く、それぞれが異なる魅力を提示します。
現代の解釈上の論点は、主に以下の点に集約されます。
- チェンバロ同士の音量バランスと音色差の演出方法
- 装飾(通奏低音の即興的扱いを含む)と音楽構造の整合性
- テンポ設定とフレージングの古楽的慣習への適合度
聴きどころ・おすすめの聴き方
初めて聴く場合は、まず全体を通して形式の対比(リトルネッロとソロ群の往復、速—緩—速のコントラスト)を意識してください。その上で、第1楽章の主題再現の瞬間、第2楽章の細やかな装飾や歌い回し、第3楽章の呼応と締めくくりに注目すると、バッハの構成力と表現の幅がよく分かります。
また、異なる演奏(歴史的演奏とピアノ使用の録音)を聴き比べることで、奏者の解釈や音色の違いが作品理解を深めます。
まとめ
BWV1063は、バッハが協奏曲形式と鍵盤技法を巧みに融合させた作品であり、3台のチェンバロという特異な編成を通じて対位法的な会話を展開します。演奏・解釈の自由度が高く、歴史的演奏から現代的解釈まで幅広く楽しめるレパートリーです。音楽学的にも演奏実践的にも学びの多い一曲であり、聴くたびに新たな発見があるでしょう。
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参考文献
- Wikipedia: Concerto for three harpsichords, BWV 1063
- IMSLP: Concerto for Three Harpsichords, BWV 1063
- Bach Digital (総合データベース)
- AllMusic(作品解説・録音案内)
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