HAProxy徹底解説:L4/L7ロードバランサの基礎から運用・監視・チューニングまで

HAProxyとは

HAProxy(エイチエー・プロキシ)は、高性能なオープンソースのロードバランサ/プロキシソフトウェアです。TCPレベル(L4)およびHTTPレベル(L7)のプロキシングを行い、大量の同時接続を効率的に捌くことを目的として設計されています。開発はWilly Tarreau氏を中心に進められ、コミュニティ版(オープンソース)と商用サポートを含むEnterprise版の両方が存在します。主にC言語で実装されており、低レイテンシと高スループットを両立することを重視したアーキテクチャが特徴です。

基本的な役割と特徴

  • ロードバランシング: roundrobin、leastconn、source など複数のアルゴリズムを持ち、TCP/HTTPの両方で負荷分散が可能です。
  • プロトコル層の柔軟性: L4(TCP)とL7(HTTP/HTTPS)両方を扱え、TLS終端(オフロード)やパススルーもサポートします。
  • 高可用性とスケーラビリティ: アクティブ/パッシブのフェイルオーバー、細かいヘルスチェック、セッション維持(sticky cookie/source IP)などを備えます。
  • 豊富な制御機能: ACL(アクセス制御リスト)やHTTPヘッダ操作、リダイレクト、レスポンス変更などL7での細かな制御が可能です。
  • 運用性: 統計のためのWebダッシュボード、syslogによるログ、UNIXソケット経由のランタイムAPIなど運用に便利なインタフェースを提供します。

基本的な構成要素(設定モデル)

HAProxyの設定ファイルは大きく分けて global, defaults, frontend, backend, listen といったセクションで構成されます。主要な要素を簡単に説明します。

  • global: デーモン全体に関わる設定(プロセス数、ログ、chroot、uid/gid など)。
  • defaults: 以降の frontend/backend に共通して適用されるデフォルト設定(タイムアウト、ログ設定など)。
  • frontend: クライアントからの接続を受ける入口。ポートやバインド情報、受けたリクエストの振り分けルール(ACL)を定義します。
  • backend: 実際のアプリケーションサーバ群(pool)を定義するブロック。各サーバのアドレスやヘルスチェック、重み付けなどを設定します。
  • listen: frontend と backend を一つにまとめた簡易的な記述。小規模構成で使いやすいです。

例えば単純なHTTPロードバランサの設定例(イメージ):

frontend http-in
  bind *:80
  default_backend app-servers

backend app-servers
  balance roundrobin
  server app1 10.0.0.1:80 check
  server app2 10.0.0.2:80 check

高度な機能(実務でよく使われるもの)

  • ヘルスチェック: TCP/HTTPヘルスチェックを用いてバックエンドの健全性を監視し、故障サーバを自動的に除外します(active check、passive check)。
  • セッション維持(スティッキー): cookie、source IP、stick-tables を使ってユーザのセッションを同一サーバに固定することができます。stick-tables はIPごとのレート制限や状態追跡にも使えます。
  • ACL とリダイレクト: URL、ヘッダ、クッキー、パス等に基づく詳細な振り分けルールが書けます。HTTPのリダイレクトやリライトも可能です。
  • TLS/SSL処理: TLS終端(証明書管理、SNIによる複数ドメイン対応)、TLSパススルー、クライアント証明書認証などをサポートします。OpenSSLと連携して暗号設定を細かく制御できます。
  • 接続・リクエスト制御: 同時接続数制限、リクエストレート制限、バースト制御などDDoS対策の基本を実装可能です。
  • フィルタとプラグイン: Luaスクリプトを組み込んでリクエスト処理をカスタマイズしたり、外部ツールと連携することで機能拡張ができます。

運用・監視(Observability)

運用面では以下のような機能・手法が重要です。

  • 統計ダッシュボード: 内蔵の統計ページでフロントエンド/バックエンドの状態や各サーバのヘルスを視覚的に確認できます。
  • ログ: syslog 経由で接続やHTTPリクエストのログを送ることができ、外部のログ集約基盤(Elasticsearch / Loki 等)と組み合わせます。
  • メトリクス連携: Prometheus 用の exporter や組み込みの統計インターフェースを使い、レイテンシやエラー率、接続数などを監視します。
  • ランタイム管理: UNIXソケット経由の管理コマンドや Data Plane API(REST)により、稼働中にサーバの有効化/無効化、設定の一部変更などを行えます。
  • 無停止リロード: HAProxyはソケットの継承やマスター/ワーカーモードなどを使って、接続を切らずに設定を反映する仕組みを持ちます(いわゆるゼロダウンタイムデプロイ)。

パフォーマンスとチューニング

HAProxyはスループットとレイテンシに優れる一方、環境に応じたチューニングが必要です。代表的なポイントは以下の通りです。

  • マルチプロセッシング: CPUコア数に合わせてプロセス(worker)を増やすことで並列性能を引き出します。
  • カーネル設定: ソケットバッファ、ファイルディスクリプタ数、TIME_WAITハンドリングなどカーネル側のパラメータも重要です。
  • keep-alive とコネクションリユース: クライアントやバックエンドとのキープアライブを適切に設定してTCPの再接続を減らします。
  • SSLオフロード: TLS処理はCPU負荷が高いため、専用のハードウェア、専用VM、または適切な暗号スイートの選定で負荷を抑制します。
  • プロファイルとベンチマーク: 実際のワークロードに対して、ab、wrk、h2load などのツールで負荷試験を行いボトルネックを特定します。

セキュリティ面

HAProxy自体はWAF(Web Application Firewall)そのものではありませんが、ACLやstick-tablesを使った異常検知・制限、接続レート制御、IPブロッキングなどの基礎的な防御が可能です。より高度なWAF機能が必要な場合は、HAProxyの前段や後段に専用WAF(ModSecurity等)を置いたり、Enterprise版の追加機能を利用する運用が採られます。

導入パターンとユースケース

  • クラシックなリバースプロキシ/ロードバランサ: WebアプリケーションやAPIのフロントに置いてロードバランス+TLS終端を担当。
  • TCPレイヤのプロキシ: データベース接続やメールプロトコル、その他TCPベースのサービスの負荷分散。
  • Kubernetes環境: HAProxyをIngressコントローラとして使う事例があり、HAProxy Ingress Controller が存在します。
  • マイクロサービスやgRPC: HTTP/2/gRPC のプロキシも可能で、マイクロサービス向けのトラフィック制御に使われます。
  • エッジロードバランサ: グローバルなエッジでTLS終端やDDoSの初期緩和を行う用途。

他のプロキシ/ロードバランサとの比較

代表的な比較対象としては Nginx、Envoy、Traefik、LVS などがあります。簡単に特徴を挙げると:

  • Nginx: Webサーバ機能とリバースプロキシを高いレベルで統合。設定の書き方やエコシステムが異なり、静的コンテンツ配信やアプリケーションサーバとしても使われます。
  • Envoy: マイクロサービス向けに設計されたプロキシで、サービスメッシュ(Istio等)との親和性が高く、動的なAPIベースの制御が強み。
  • Traefik: コンテナ環境や自動検出に強く、設定の自動化・ダイナミック設定が容易。
  • LVS: Linuxカーネルレベルでのロードバランシング(LVS/IPVS)は非常に高速だが、L7制御などの柔軟性はHAProxyに劣る。

用途によって得意不得意があるため、求める機能(高スループット、柔軟なL7制御、サービスメッシュとの統合、自動設定等)に応じて選定することが重要です。

導入時のチェックポイント

  • SSL証明書の管理方法(自動更新 / 手動)
  • ヘルスチェックの設計(適切なチェック間隔、閾値)
  • ログ・メトリクスの収集基盤との連携(Prometheus、ELKなど)
  • ゼロダウンタイムリロードやブルーグリーン展開の運用方法
  • スケール戦略(水平スケール / バックエンド増強 / サイドカー方式)

まとめ

HAProxyは長年にわたり成熟したロードバランサ/プロキシとして広く使われており、高性能かつ柔軟なトラフィック制御を提供します。単純なラウンドロビンの負荷分散から、細かなL7制御、レート制御、TLS終端、無停止リロードまで幅広いニーズに対応可能です。クラウドやコンテナ時代でもIngressやAPIゲートウェイとして活用されており、運用・監視・チューニングのノウハウが揃えば非常に信頼性の高い基盤となります。

参考文献