This Mortal Coil 完全解説:4ADの空間美とカバー再解釈が生み出す名盤の魅力
This Mortal Coil — 概要と成り立ち
This Mortal Coil(ディス・モータル・コイル)は、イギリスの名門レーベル4ADの創立者イヴォ・ワッツ=ラッセル(Ivo Watts‑Russell)が主導したプロジェクト/コレクティヴです。固定メンバーを持たないスタジオ中心の集合体として、1980年代中頃から1990年代初頭にかけて活動しました。正式なバンド活動やツアーはほとんど行わず、4AD所属のアーティストや外部の歌手・演奏者を招き、スタジオで楽曲を再構築・録音することで独自の世界を作り上げました。
魅力の核 — カバーの再解釈と「4ADサウンド」
This Mortal Coilの最大の魅力は、既存の楽曲(多くはカバー)をまったく別の表情へと変容させる手腕です。原曲の骨格を尊重しつつ、スロウで霧深いアレンジ、豊かな残響(リヴァーブ)やコーラス的な重ね声、そしてミニマルかつ象徴的な楽器配置を加えることで、哀感と神秘性を併せ持つ“別世界”の楽曲に仕立て上げます。
このアプローチは“4ADサウンド”と呼ばれることの多い、一連の美学(空間的で幽玄な音像、独特のアートワークとの結びつき)を体現しており、リスナーに強い印象を残します。
参加アーティストと制作体制
プロジェクトはイヴォ・ワッツ=ラッセルがキュレーションを行い、プロダクションにはジョン・フライヤー(John Fryer)らが関わりました。
参加者は流動的で、Cocteau Twins(特にエリザベス・フレイザー)のボーカル参加や、Colourbox、Dead Can Dance、The Wolfgang Pressなど4ADを中心としたアーティストが多く名を連ねます。固定のメンバーではなく“場”としてのコラボレーションが特徴です。
このため一曲ごとに声質や表現が異なり、アルバム全体が多彩な表情を持ちながらも、統一されたムードでまとめられている点が魅力です。
サウンドの特徴(要素別解説)
ボーカル:しばしばフェードしたり多重録音されたりすることで、個々の声が楽曲に“楽器的”な役割を果たし、合唱的/幽玄な効果を生みます。エリザベス・フレイザーの参加は特に象徴的です。
空間演出:リヴァーブ、ディレイ、広がりのあるサウンドスケープを用い、音像に奥行きを与えることで“夢幻的”な感覚を作り出します。
編曲:必要最低限の楽器を効果的に使い、弦楽器や鍵盤、テクスチャ的なギター、シンセのパッドなどで静謐さと緊張を両立させます。
テンポとダイナミクス:原曲よりテンポを落としたり、静と動の対比を強調することで感情の輪郭を浮かび上がらせます。
代表作・名盤の紹介
It'll End in Tears(1984) — デビュー作。This Mortal Coilの名を決定づけたアルバムで、特にエリザベス・フレイザーによる「Song to the Siren」(ティム・バックリーのカバー)は名演として広く知られています。オリジナルの解釈を大きく超えるドラマ性と美しさを持ち、入門盤として最適です。
Filigree & Shadow(1986) — ダブルLPの体裁を取った壮大な作品で、より広がりのある編曲と実験的要素が増しています。アルバム全体で統一感のある物語性/ムードを構築しており、深く浸ることで新たな発見がある名盤です。
Blood(1991) — プロジェクトの第三作にして最終作。これまでの美学を踏襲しつつ、より内省的でダークな側面が強まった作風が見られます。これをもってプロジェクトは一旦幕を閉じました。
聴きどころと入門ガイド
初めて聴くなら「It'll End in Tears」から入り、名曲「Song to the Siren」でThis Mortal Coilの世界観を体験してください。
アルバムは通して聴くことで各曲の配置や流れ、トーンの移り変わりを味わえます。曲ごとの違い(声質、編成の変化)にも注目すると面白いです。
制作背景や参加アーティストに興味が湧いたら、クレジットをチェックすることで4AD周辺の相互作用や当時のシーンが見えてきます。
影響とレガシー
This Mortal Coilは単なる「良いアルバム」を出したグループではなく、90年代以降のドリーム・ポップ、シューゲイザー、エーテリアル/ゴシック傾向の音楽、さらに現代のアンビエントやネオクラシカル系にも影響を与えた存在です。カバー曲を再構築するという手法は、後の多くのアーティストやプロデューサーにとって重要な参照点となりました。
鑑賞のヒント(音質・環境)
静かな環境でヘッドフォンまたは良質なスピーカーで聴くと、リヴァーブや奥行きの表現をより捉えやすくなります。
歌詞の解釈よりも音像全体の“雰囲気”に身を委ねると、このプロジェクトの真価が分かります。言葉よりも空気感が大事です。
まとめ
This Mortal Coilは「誰が演奏しているか」よりも「どのように曲を再構築し、どんな空間を作るか」を追求したプロジェクトでした。その結果生まれた音楽は時間を経ても色褪せず、聴く者を静謐で少し物悲しい夢の世界へと誘います。4ADとイヴォの美意識、参加アーティストたちの個性、ジョン・フライヤーらのプロダクションが融合した稀有な芸術的成果であり、現代の音楽ファンにもぜひ触れてほしい作品群です。
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参考文献
- 4AD — This Mortal Coil(公式)
- Wikipedia — This Mortal Coil
- AllMusic — This Mortal Coil
- Discogs — This Mortal Coil(ディスコグラフィ)


