コラールとは何か?起源・形式・四声和声・バッハの遺産を詳しく解説
コラールとは──定義と概観
コラール(chorale)とは、歴史的には主にプロテスタント、とくにルター派の教会音楽で用いられる賛美歌(聖歌)を指します。ドイツ語圏で発展したこの「コラール」という語は、一般に会衆が歌うための単旋律の聖歌(メロディと歌詞)を意味し、その旋律が後に合唱・器楽作品の素材や和声化の対象として数多く扱われました。特にヨハン・ゼバスティアン・バッハ(J.S. Bach)が残した四声コラールやオルガン用コラール前奏曲(chorale prelude)の数々により、音楽史上重要な様式として確立されました。
起源と成立過程
コラールの直接的な起源は16世紀の宗教改革期にさかのぼります。マルティン・ルターは典礼をラテン語からドイツ語へ移し、会衆が自ら歌えるように短く親しみやすい賛美歌を奨励しました。これにより、既存のグレゴリオ聖歌、民謡、世俗曲の旋律が引き継がれ、ドイツ語の新しいテキストが付されること(テクストの換歌=contrafactum)が多く行われました。代表例として「Ein feste Burg ist unser Gott(我らの盾となる堅きやぐら)」はルターに帰せられることが多く、ルター派の象徴的なコラールとなっています。
さらに、中世のドイツ歌曲やマイスタージンガーの唱法に由来する形式的要素、特に「バール形式(Bar form:AAB)」が多くのコラール旋律に見られる点も特徴です。バール形式は2つの同形節(Stollen)と続く結尾節(Abgesang)から成り、簡潔で覚えやすい構造を与えます(参考:Bar form)。
形式的・音楽的特徴
- 旋律の単純さと記憶性:会衆歌唱を前提に作られているため、リズム・音域ともに比較的単純で歌いやすい。
- 節(ストローフィック)形式:同じ旋律を複数の詩節に繰り返して歌うこと(ストローフィック)が標準。
- バール形式(AAB):多くの伝統的コラールはAAB構造を持つ。これは中世・ルネサンス以来のドイツ語歌曲の影響を示す。
- 四声合唱化:後世、特にバッハの世紀以降はソプラノが旋律を担い、アルト・テノール・バスが和声的に支える四声(SATB)和声化が典型となる。
- 儀式的機能:礼拝の導入・終曲・応答など、典礼内で機能的に用いられる。
バッハとコラール──最も重要な遺産
J.S.バッハ(1685–1750)はコラールを素材として徹底的に扱い、その成果は以下のような形で残されました。
- 四声コラール(Bach chorales):バッハ自身および弟子・後世による整理で300曲以上の四声コラール和声付けが伝わり、和声学・対位法の教科書的資料となっています。バッハのコラールは礼拝の合唱や宗教曲の合唱部分として用いられただけでなく、独立した和声作品としても重視されました。
- コラール前奏曲(chorale preludes):オルガン曲のジャンルで、既存のコラール旋律を素材に多彩な装飾や対位法、伴奏パターンを付した作品群(例:『オルガン小曲集(Orgelbüchlein)』や『鍵盤のための小品群』など)。
- コラール・カンタータと聖劇への組み込み:多くのカンタータや受難曲・受難聖劇の中で、コラールは会衆的・黙想的瞬間として重要な役割を果たしました。たとえばカンタータBWV140『目覚めよ、わが心(Wachet auf)』のコラール引用や、受難曲における合唱的コラールの挿入など。
コラール和声の基本ルールと作曲的手法
コラール和声化(四声化)には長年の慣習と教育的ルールがあります。主なポイントを簡潔にまとめます。
- メロディの配置:ソプラノ(またはテノール)に主旋律を配置し、他声部で和声を補う。古典的にはソプラノ歌詞が会衆の歌唱部分。
- 音程進行の配慮:完全5度・完全8度(平行5度・平行8度)の連続を避ける。隣接する声部間の独立性を保つことが求められる。
- 機能和声の扱い:主要三和音(I, IV, V)の進行を基礎に、経過和音や代理和音、通過的和音(長短の借用など)を用いる。終止では完全終止(V→I)や浄終止(IV→I)などを用いる。
- 和声的装飾と対位法:持続音に対する分散和声、分散的なアルペジオ、装飾的な通過音やサスペンション(解決のあるテンション)などが用いられる。
- 声部の範囲と声域:各声部の自然な歌唱範囲を尊重する(例えばソプラノ高音域の極端な使用を避けるなど)。
これらのルールは厳格な“規則”というよりは、宗教的かつ実践的な文脈で蓄積された慣習です。教育上は和声学・対位法の基礎として、バッハの四声コラールが頻繁に教材として用いられます(参考:和声学の教科書)。
コラールの多様なジャンル展開
コラールを素材にした作品は多彩です。
- コラール前奏曲(Chorale Prelude):オルガン独奏曲。旋律を装飾的に示したり、内声に分散して対位的に扱ったりする。作曲家にはブクステフーデ、パッヘルベル、バッハなど。
- コラール・ファンタジア、コラール・フーガ:コラール旋律を主題にした自由かつ大規模な器楽・鍵盤作品。
- カンタータや受難曲中の合唱的コラール:会衆的な要素を含めることで、楽曲の宗教的・感情的な中心点となる。
- 近・現代への影響:メンデルスゾーンやブラームスらロマン派の作曲家もコラール的素材を用い、また20世紀以降は和声的・旋律的要素が自由に借用される。ジャズや現代作曲でも「コラール風」書法が参照されることがある。
聴きどころと演奏上の注意点
演奏・指導者、聴衆それぞれにとっての着目点を挙げます。
- テキストの理解:コラールは歌詞と不可分。詩の意味(祈り、応答、預言的表現など)を把握して音楽表現に反映することが大切です。
- 旋律の明瞭さ:四声化された作品では、ソプラノ(主旋律)を明確に出す一方、内声の均衡も保つ必要があります。
- リズムの取り方:礼拝的・瞑想的なテンポを選ぶ場合が多いが、原曲の用途(会衆歌唱か合唱用か)に応じて柔軟に調整する。
- 装飾と伝統:コラール前奏曲等では伝統的な装飾(装飾音、分散和声)を尊重しつつ、演奏者の解釈も求められる。
現代におけるコラールの意義
コラールは単なる歴史的遺産を越え、和声学教育、教会音楽のレパートリー、作曲技法の参照点として今日でも重要です。バッハのコラール和声はクラシック音楽の「教科書」として広く用いられ、合唱指導や和声分析の基本資料となっています。また、民衆的で共同体的な歌唱習慣という側面は、現代のコミュニティ音楽や礼拝音楽のあり方にも示唆を与えます。
まとめ
コラールは、宗教改革期に形成された会衆賛美歌を起源とし、その単純で記憶に残る旋律がバッハらによって和声的に発展・体系化されたことにより、西洋音楽史上における重要なジャンルとなりました。旋律とテキストの結びつき、四声和声の教育的価値、器楽的な発展(コラール前奏曲など)といった多面的な側面を持ち、今日でも演奏・研究・教育の主要な素材です。
参考文献
- Encyclopedia Britannica ― "Chorale"
- Wikipedia ― "Lutheran chorale"(総説、参考資料として)
- Bach Cantatas Website ― Chorale index
- Bach Digital ― J. S. Bach works database
- Wikipedia ― "Bar form"(AAB形式に関する解説)
- IMSLP ― 楽譜コレクション(Bach等のコラール楽譜)
- Kostka & Payne, "Tonal Harmony"(和声学の教科書)
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