カデンツァとは何か?定義・歴史・現代の演奏実践を詳解
カデンツァとは──定義と語源
カデンツァ(イタリア語:cadenza、複数形 cadenze)は、協奏曲やアリアなどでソロ奏者(歌手を含む)が単独で演奏する華やかな独奏部分を指します。楽曲の終結部あるいは楽章の区切り近くに置かれることが多く、オーケストラがドミナント(V)やその変形の和音で停止(fermāta)した状態の上に、ソロが自由に技巧・装飾・即興的展開を加える伝統に由来します。語源はラテン語 cadentia(落ちる)やイタリア語 cadence(終止、落ち着き)に関連しますが、音楽用語としての「カデンツァ」は即興的・装飾的な独奏の意味で定着しました。
歴史的変遷
バロック期:バロック時代にはアリアや器楽の終止部で歌手や奏者が装飾や即興を施す慣習があり、カデンツァはまだ明確に楽曲の独立部分として定義されていませんでした。オペラや器楽のソロで歌手・奏者が自由に装飾を加えることが当たり前だったため、今日の「カデンツァ」の起源的機能がここにあります。
古典派(18世紀後半〜):協奏曲形式の確立とともに、カデンツァは第1楽章(ソナタ形式)のリキャピチュレーション直前、または楽章末尾のオーケストラのfermātaに続くソロの独奏部として定着しました。モーツァルトやハイドンの時代には、優れたソリストが即興でカデンツァを演奏するのが通例でした(モーツァルトは即興に長けていたと伝えられています)。
ロマン派以降:19世紀に入ると作曲家による「書き下ろしのカデンツァ」が増えます。技巧の高度化や演奏の標準化が進んだため、作曲者自身や著名奏者による定型的なカデンツァが楽譜に記載されるようになりました。一方で、演奏家の個性を示すために新たなカデンツァを作る/選択する慣行も続きました。
20世紀〜現代:近現代の作曲家は伝統的なカデンツァを再解釈し、即興性を否定する厳密な書法や拡張技法を用いた「書き下ろしのカデンツァ」を作曲することが増えました。ジャズや即興音楽ではカデンツァ的な一人掛けのソロが自由に用いられています。
機能と構造
カデンツァの主な機能は以下の通りです。
- 技術的技巧と表現力の提示:ソリストの技巧、音色のコントロール、表現の幅を示す場。
- 形式的なクライマックス:楽章や曲の終結部への導入、または楽曲素材の総括・即興的展開。
- 即興性と個性の表明:演奏者の個性やその時々の解釈が最も顕著に現れる部分。
構造的には、古典派の典型的なカデンツァは以下の要素を含むことが多いです。
- 序奏的導入(動機の引用や短い導入句)
- 主題の展開(協奏曲主題の変形/発展)
- 技巧的なパッセージ(スケール、アルペジオ、オクターブ連打など)
- 終止への呼び戻し(オーケストラの合図に戻るためのハーモニックな導音、しばしばVまたはV7への準備)
書き下ろしカデンツァと即興の境界
18世紀には即興が主流でしたが、現代のコンサート状況では即興が期待されない場合も多く、楽譜に記された「書き下ろしカデンツァ」を演奏することが一般的です。また、現代の版では複数のカデンツァを付けて選択させる編集も見られます。著名作曲家・演奏家(例:ヨーゼフ・ヨアヒム、フェルッチョ・ボニゾー二、フランツ・リストなど)が作成したカデンツァは、以後の標準解釈として採用されることがあります。
代表的な例と注目点
モーツァルト:モーツァルト自身は即興の名手として知られ、ピアノ協奏曲のカデンツァを自ら即興で行ったと伝えられています。今日残るモーツァルトのカデンツァの多くは弟子や後世の演奏家が記譜したもの、あるいはモーツァルトのスケッチに基づく補筆であることが多いです。
ベートーヴェン:ベートーヴェンはピアノ協奏曲のためにカデンツァを自ら作曲して楽譜に残しており、演奏上の「正規」選択肢として定着しています。彼はしばしば楽曲の主題を拡張・再解釈する形でカデンツァを書きました。
ブラームス/ヨアヒム(ヴァイオリン協奏曲):ブラームスのヴァイオリン協奏曲に関しては名ヴァイオリニスト・ヨアヒムによるカデンツァが広く演奏されています。演奏史の中で著名奏者が作成したカデンツァが「標準」となる例です。
近現代:ラヴェル、プロコフィエフ、シェーンベルク、バルトークなどは、従来の即興的なカデンツァ概念を越え、作曲家自らが精密に書き下ろした独奏パッセージを用いることが多いです。また、現代作曲家は拡張技法や新しい記譜法を用いたカデンツァ的部分を作曲します。
演奏者/作曲者にとっての実践的側面
演奏者がカデンツァを扱う際のポイント:
- スコアの歴史的版を確認する:作曲者の記譜、後世の編集、著名奏者のカデンツァなど版による差異を把握する。
- 楽曲の主題素材を理解して発展させる:カデンツァはしばしば楽章の主題を材料に即興的に発展させることが期待されるため、主題の動機分析が有効です。
- 和声的な「戻り」を常に意識する:カデンツァの最後はオーケストラへの合図(通常はVのfermāta)に確実に帰着できるよう終止感を設計する必要があります。
- 適切なバランス:技巧を見せるだけでなく音楽性・語り(phrasing)を重視する。即興性があっても曲全体の文脈を損なわないことが重要です。
現代の多様な実践
今日では、次のような多様なカデンツァのあり方が見られます。
- 完全に作曲されたカデンツァ(楽譜どおりに演奏)
- 演奏者が作成した「新作」カデンツァを使用する(歴史的な再解釈や個人的な表現)
- 即興的カデンツァ(ジャズや即興演奏、あるいは古典派協奏曲での復活)
- 複数の選択肢を楽譜に示すエディション(観客・演奏会の性格に応じて選択)
- 作曲者が特異な指定(拡張技法や電子音を含むなど)をする現代作品におけるカデンツァ的パート
まとめと演奏家への助言
カデンツァは「見せ場」であると同時に、その楽曲全体の文脈や主題の理解を示す重要な場でもあります。即興が得意であれば歴史的慣習に基づいたカデンツァを試みるのは有益ですが、現代のコンサート環境では信頼できる書き下ろしのカデンツァを準備しておくことも現実的です。いずれにせよ、技巧だけでなく音楽的語り(phrasing)、ハーモニー的帰着、そしてオーケストラとの協調を最優先に考えることが成功の鍵です。
参考文献
- Encyclopaedia Britannica: Cadenza
- Grove Music Online / Oxford Music Online(“Cadenza” を含む項目)
- IMSLP(楽譜検索、各種協奏曲のカデンツァの版を参照できます)
- The Cambridge Companion to the Concerto(概説・歴史的考察)
- JSTOR(学術論文検索。カデンツァに関する研究論文が検索できます)
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