フェルマータ徹底解説:記号の意味・形状・歴史と演奏解釈の実践ガイド

フェルマータとは:記号の意味と語源

フェルマータ(fermata)は五線譜上の記号で、音符や休符、あるいは小節線の上に置かれ「停止」「延ばす」「保留する」ことを示します。語源はイタリア語の fermata(過去分詞形・「止められた」)で、動詞 fermare「止める」に由来します。英語では "fermata" または通俗的に "hold" / "pause" と呼ばれます。

記譜上の形とバリエーション

  • 基本的な形:上向きの弧(アーチ)とその下に点(ドット)を置いたものが標準的です。視覚的に「鳥の目(oculus)」に例えられることがあります。

  • 位置:音価の上、休符の上、または小節線/複縦線の上に置かれることがあり、どの場合も「そこを長く保つ」ことを示します。

  • 変種:作曲家や版によってはフェルマータの大きさや形を変えて長さの差を示したり、注記(lunga, breve, molto, breve fermata 等)を併記して具体的な長さを指示する場合があります。

  • 複数声部:和声の中で一声部だけにフェルマータを付けると、その声部だけが保持され、他の声部は進行することが期待されます。合唱やオーケストラでは編成の指示が重要です。

歴史的な用法と演奏慣習の変遷

バロック期にはフェルマータはしばしばカデンツァや句の終わりでの「余韻」を示すために用いられ、長さは演奏慣習(地域や様式)に大きく依存しました。古典派ではより明確な拍感の中で使われ、例えば終止形での短い保持やアゴーギクのための一時停止として現れます。ロマン派以降、感情表現を重視する文脈でフェルマータが表現上の自由度を与える記号として多用され、作曲家によっては非常に長い保持や劇的な間を要求することもあります。

フェルマータの解釈指針(演奏実践)

  • 絶対的な長さはない:フェルマータは「何拍」や「何秒」といった絶対量を示すものではなく、周囲のテンポ、拍節感、楽句の形、テキスト(歌曲の場合)などに応じて相対的に決まります。

  • 文脈依存:速いテンポの楽曲ではフェルマータの物理的な長さは短くなりがちで、遅いテンポや終結部では長めにとられることが一般的です。

  • アンサンブルでの調整:オーケストラや合唱では指揮者が統一した解釈を示すべきです。独奏声部にフェルマータがあっても他のパートが演奏を継続することがあるため、スコア上の指示をよく確認して合わせる必要があります。

  • 歌唱と呼吸:声楽ではフェルマータが必ずしも呼吸の合図ではありません。テキストの意味やフレージングに沿って呼吸点を選びつつ、フェルマータでの余韻を保つ工夫(サステイン/レゾナンスの確保)をします。

  • インテンションの明示:作曲家が特別な持続時間や“lunga”(長く)等を併記している場合はそれに従うのが基本です。現代曲では具体的に秒数を指定することもあります。

特殊なケース

  • 休符に対するフェルマータ:休符上のフェルマータは「沈黙してその長さを保つ」ことを意味します。リハーサル上は他の奏者にタイミングを知らせるために指示や目配せが必要です。

  • 小節線や複縦線に置かれたフェルマータ:楽曲の一区切り(終結やセクションの終わり)で全体停止を示す場合が多く、しばしば「小節を越えて和音を保持する」というニュアンスを含みます。

  • 複数のフェルマータと音形の競合:和音の一部にフェルマータが付いている場合、その声部だけを保持するのか和音全体を保持するのかはスコアの配置(どの声部に記されているか)で判断します。編曲・校訂者の注釈が存在することもあります。

フェルマータとルバート、カエスーラとの違い

フェルマータは「特定箇所を延ばす」ことを示す記譜で、ルバート(自由な拍の伸縮)は曲全体やフレーズにまたがる演奏習慣です。両者は補い合うことがありますが、フェルマータはより局所的かつ記譜的な指示です。カエスーラ(//)は短い断絶・切れを意味し、フェルマータのように音を伸ばすのではなく「一瞬の休止」を示す点で異なります。

編集上・作曲家による明示的指示

近代以降、作曲家はより具体的に指示を出す傾向があります。例えば「lunga」を併記して非常に長いフェルマータを示したり、秒数を明記したり、あるいは「fermata breve」や「molto fermata」などで程度を表すことがあります。現代作曲では視覚的な拡張(大きなフェルマータ記号)や追加注記で解釈の幅を限定することもあります。

譜面作成ソフトと再生への影響

Sibelius、Finale、MuseScore 等の譜面作成ソフトではフェルマータを記譜でき、ソフトによっては再生(MIDI)時にフェルマータを反映して音を延長する設定があります。しかしデフォルトでは再生に反映されない場合も多く、リハーサルや実演時の表現は人間の判断に任されることが一般的です。

実践的アドバイス(演奏者向け)

  • スコアを読む:フェルマータの位置(どの声部や楽器に付いているか)を正確に把握する。

  • 指揮者と共有:アンサンブルなら指揮者と解釈を合わせる。フェルマータの長さだけでなく、呼吸や続行の合図を事前に決める。

  • 音色とフォルテッシモの管理:長く伸ばす場合は音色の均一性、ピッチの安定、イントネーションに気を配る。

  • 文脈を尊重:楽曲の様式(バロック/古典/ロマン派/現代)に応じた長さや表現を選ぶ。

参考となる実例(作品的言及)

具体的な作品ごとのフェルマータの扱いには差が大きく、バロックのアリアやカンタータでは自然な休止やフレーズ終止を表すのに対し、ロマン派のピアノ曲や交響曲では劇的効果や呼吸の表現として用いられることが多いです。現代音楽では作曲家が秒数や演奏法を明記することが増え、解釈の幅が縮まる場合もあります。実際の解釈例は信頼できる校訂版や演奏譜注を参照するとよいでしょう。

結論

フェルマータは見た目は単純な記号ですが、その解釈には歴史的背景、様式感、楽曲文脈、編成、作曲家の指示など多くの要素が絡みます。演奏者はスコアを丹念に読み、必要なら校訂や版注、指揮者と相談して解釈を決めることが肝要です。最終的には聴衆にとって自然で説得力のある「間」を作ることが有効な目標となります。

参考文献