クラシック音楽における偽作とは?種類・有名事件・鑑定法・市場と学術への影響
はじめに — 「偽作」とは何か
クラシック音楽の世界で「偽作」と呼ばれるものは一義的ではありません。狭義には、作曲者名や年代を偽って作品を発表・販売する行為を指しますが、広義には作者不詳の作品を誤認して伝えられたケース、後世の手による「補筆」や「復元」を本物として扱う問題、さらには録音の不正(他人の演奏を自作または他人名義で発表する)などを含みます。本コラムでは、典型的な偽作の類型、有名な事例、鑑定に用いられる方法、そして音楽界やリスナーへの影響と対策を詳しく解説します。
偽作の主な種類
- 作曲者の偽装(偽作者流布):現代の作曲家が古典の作風を模して作曲し、それを古い作曲家の作品として発表する例。作曲家自身の意図的な偽装と、出版社や世間の誤認がある。
- 誤伝・疑義作品:作者不詳の作品が長年にわたって有名作曲家に帰属されてしまった結果、後に疑義が生じる場合。真贋が学術的に争われる。
- 補筆・続作の問題:未完成作品を他者が補筆して完成させること自体は必ずしも偽作ではないが、補筆者の存在や範囲が隠蔽されると問題になる。
- 録音・演奏の詐欺:他人の演奏を自作と偽る、または別の演奏を自分のものとしてリリースする行為(例:CDの不正コピー問題)。
- 偽造資料(筆写譜や自筆譜の捏造):古い自筆譜や初期稿を偽造し、史料として提出する行為。歴史研究や評価を歪める。
代表的な事例
以下は、比較的よく知られた実例です。これらは偽作の多様な顔を示しています。
フリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler)——“古作”の創作と告白
20世紀の名手フリッツ・クライスラーは、意図的に古い作曲家の名義で小品を発表していました。彼は自身の作品をガエターノ・プニャーニ(Pugnani)や他の古典的な作曲家の作品として出版し、演奏会でもその由来を語りました。後にクライスラーはこれらが自作であることを公に認め、大衆の驚きを呼びました。彼のケースは、作曲家が「古い風」に作曲して当時の嗜好や市場に応じた結果として生まれた偽装の代表例です(作風模倣と作者名の偽装が重なる)。
カザデュス一家(Casadesus)——“古典の新作”を“古典”として流布
フランスのカザデュス一家(特にアンリ・カザデュスら)は20世紀初頭に、ヘンデルやJ.C.バッハなどの名を作曲者として作品を発表しました。これらの作品は当初古典期やバロックの失われた作品として受け入れられましたが、後に現代の作曲家による創作であることが判明しました。こうした例は、古い作曲家の「新作」を出すという形で市場性を狙ったものでした。
アルビノーニの「アダージョ」問題(Giazotto とアルビノーニ)
20世紀に広く知られるようになった「アルビノーニのアダージョ(Adagio in G minor)」は、実際にはトマゾ・アルビノーニ(Tomaso Albinoni)の自筆による完成作品ではなく、音楽学者レモ・ジャゾット(Remo Giazotto)が第二次大戦中に見つけたとする断片を元に復元した、あるいは大部分を創作したとされる作品です。ジャゾット自身は「断片の再構成」を主張しましたが、原典の断片の存在が確認できないことから多くの研究者はジャゾットによる創作の色合いが濃いと考えています。この曲は長くアルビノーニ名義で流通してきたため、正体が明確になることで作曲史やレパートリー解釈に重要な影響を与えました。
録音詐欺:ジョイス・ハットー(Joyce Hatto)事件
2000年代に発覚したジョイス・ハットー関連のスキャンダルは、録音に関する偽作・盗用の典型です。大量のピアノ録音がハットー名義でリリースされましたが、調査の結果、他の多数の演奏家の録音を改変・盗用したものであることが明らかになりました。発覚はオーディオ指紋の比較や細部の照合によって行われ、夫であるウィリアム・バリントン=クープが関与していた疑いが示されました。この事件は録音の正当性・出所の検証の重要性を示しました。
疑義・再検討される古典作品(例:BWVの「付録」作品やBWV 565の議論)
バッハ研究では、いわゆるBWV付録(Anhang)に分類される作品群が長年にわたり議論の対象です。一部の作品は後世の偽作や誤帰属として扱われ、近年の音楽学的研究により作曲者の見直しが行われています。また、有名曲でも作曲者帰属が疑われる例(例えばトッカータとフーガ ニ短調 BWV 565 の作者問題等)が存在し、偽作とは異なる「帰属の議論」が音楽史を動かします。
鑑定・検証の方法
現代の偽作鑑定は、音楽学的手法と科学的鑑定を併用します。主な方法は以下の通りです。
- 音楽学的比較:作風分析(和声進行、対位法、旋律的特徴、楽曲構成)を行い、疑わしい作品が帰属先の作曲家の作風と整合するか検討します。
- 史料学(出典・伝来の検証):初出資料、版の由来、蔵書記録、購入証明などを追跡し、作品のプロヴェナンス(来歴)を確立します。
- 物理的・科学的検査:紙やインクの年代測定、透かし(ウォーターマーク)の解析、筆跡(自筆譜の場合)鑑定などを行います。これにより、写本や写譜の真正性を調べます。
- デジタル解析(録音の検証):音響指紋、スペクトル分析、デジタルメタデータの確認などにより、録音の出自や改変の有無を検出します(ジョイス・ハットー事件など)。
- 文献学的検討と共同研究:複数の研究者によるピアレビューや比較研究、国際的なコラボレーションが最終的な判断に繋がります。
偽作がもたらす影響
偽作は単に一時的なスキャンダルで終わらないことが多く、次のような広範な影響を及ぼします。
- 学術的影響:誤帰属が正されることで作曲家の評価や作品カノンが変わり、音楽史の解釈が書き換えられることがあります。
- 経済的影響:名義や来歴が信用を失うと、楽譜・録音の市場価値が急落することがあります。一方でスキャンダルが話題を呼び一時的に需要が高まる例もあります。
- 倫理・信頼の問題:研究者、演奏家、レーベルへの信頼が損なわれ、プロヴェナンスの透明性が強く要求されるようになります。
- 演奏慣行への示唆:補筆や「復元」をどのように扱うか、演奏会での表記やプログラムノートの責任について議論が深まります。
偽作を見分けるための実践的な指針(リスナー・演奏家向け)
- プログラムやCDのクレジットをよく確認し、初版情報や編曲者・補筆者が明示されているかを確認する。
- 聞き馴染みのない「新出」の古典作品には学術的な検証情報(初出資料の所在、版の編集者など)が付されているかを確かめる。
- 録音についてはレビューや専門家の指摘、ラベルの信頼性を確認する。大きな主張(例:「未発表のモーツァルト作品」など)がある場合は複数の信頼できる情報源を参照する。
- 研究目的で扱う場合は、最新のカタログ(例:Bach-Werke-VerzeichnisのAnhangや作曲家の批判的全集)や学術論文を参照する。
現代における予防と対策
情報技術と国際的な協力により、偽作の検出能力は向上しています。デジタルデータベースによる版情報の共有、オーディオ指紋データベース、大学や図書館のデジタルアーカイブ化、そして査読付きの研究発表が偽作の抑止に寄与します。さらに、出版社やレーベルが透明性を保ち、来歴情報を公開することが市場の信頼回復に不可欠です。
結論 — 偽作をどう考えるか
偽作は単なる「悪意」の産物ばかりではなく、時に市場の需要、芸術的挑戦、あるいは戦時など特殊状況下の混乱が元になっています。重要なのは、歴史的事実や来歴を隠蔽することなく、透明性と検証可能性を持って作品と向き合うことです。リスナー、演奏家、研究者、出版社のそれぞれが検証の役割を担うことで、音楽史の信頼性は守られていきます。
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参考文献
- Britannica: Fritz Kreisler(クライスラーの作風模倣と告白についての概説)
- Wikipedia: Henri Casadesus(カザデュス一家による偽作の事例)
- Wikipedia: Adagio in G minor(アルビノーニのアダージョとレモ・ジャゾットの関与)
- BBC: Joyce Hatto recording scandal(ジョイス・ハットー事件の報道)
- Wikipedia: BWV Anhang(付録)(バッハ作品の帰属問題の概説)


