はじめに:K. deest 表記の意味
クラシック音楽の書誌に親しむと、「K. deest」という番号がモーツァルト作品に付されているのを見かけます。これはルートヴィヒ・フォン・ケッヘル(Ludwig von Köchel)が1862年に編纂したモーツァルト作品目録(Köchel-Verzeichnis)に由来する番号で、作品に通し番号を与えることで整理を行ったものです。一方で「K. deest」と記される場合があります。これはラテン語の deest(『欠けている』『記載されていない』)を意味し、ケッヘルカタログに番号として登載されていない作品、あるいは後年に世に出た断片・真贋問題のある作品などに用いられます。
なぜ「deest」が生まれたのか — 背景と種類
モーツァルトの作品は幼少期から多作であり、彼の手になる自筆譜、自筆ではない写譜(写本)、出版譜、さらには他人の編曲や後世の偽作まで混在します。ケッヘル初版は当時入手可能だった資料に基づいて編纂されましたが、以後に新資料が発見されたり、鑑定の結果「真作ではない」と判断されたりしたものが多く存在します。
- 失われたが史料に記載されている作品の断片
- 古い写譜や蔵書に見えるが作曲者不明の小品(可能性があるもの)
- かつてモーツァルト作とされたが、様式分析や筆跡鑑定で異議が出た作品
- 単なる編曲・仮作(たとえば他人の伴奏を添えたもの)で、独立した作品とは言い難い例
これらが「K. deest」として便宜的に扱われることがあります。学術的には、発見時期や信憑性に応じてケッヘル付番の補遺(Anhang)に組み込まれたり、Neue Mozart-Ausgabe(NMA、モーツァルト新全集)で注記付きで掲載されたりします。
管弦楽曲における K. deest の実例とその扱い
管弦楽作品に関しては、序曲や交響曲の一楽章、もしくは舞曲的短い隊形曲が K. deest として扱われることが多いです。例としては、断片として伝わるオーヴァーチュア、あるいは郷里で演奏された舞踏会用の小編成曲などが挙げられます。ただし個別の作品名や楽章番号については、学界での再検討が進むため、定説が流動的です。 重要なのは、K. deest 表記が即ち“モーツァルト確実作”を意味しない点です。むしろそれは「資料が不完全である」「真贋や作曲年代の議論が未解決である」ことを示すフラグです。実際に NMA や主要カタログでは、証拠が十分でない限り「疑義付き」として扱われ、解説や注釈の形で出典や鑑定結果が示されます。
真偽判定の方法 — 音楽学が用いる手法
モーツァルト作品の真偽判定には複数の学術的手法が用いられます。主要なものは次の通りです。
- 筆跡・用紙の科学的分析:自筆譜と写譜の筆跡比較、紙のウォーターマーク(透かし)やインクの組成を調べます。これにより出典年代や写譜者の可能性が判明することがあります。
- 様式論的分析:和声進行、動機の扱い、管弦楽法、楽器の使用状況(たとえばクラリネットの使用は1780年代以降が主流)などを照合し、作曲年代や作曲者の可能性を推定します。
- 出所(プロヴェナンス)の追跡:楽譜がどのように伝わったか、蔵書台帳や演奏記録、目撃証言などをたどります。かつてコレクションにあった記録が決定的証拠となることがあります。
- 比較楽曲学:確実なモーツァルト作品と比較し、類似する主題処理や展開技法の有無を判断します。
これらを総合して、編集者は「真作」「偽作(spurious)」「不確定(doubtful)」「断片(fragment)」のいずれかに分類します。
楽曲としての魅力と演奏上の考慮点
K. deest に分類される管弦楽の楽章は、たとえ真作か疑わしいかにかかわらず、音楽的魅力を持つものが多く、プログラムのアクセントとして有効です。具体的には:
- コンサートの前奏やアンコールに適した短い序奏・舞曲が含まれる
- 演奏史的な文脈(発見史や真贋論争)を併せて紹介することで聴衆の興味を引ける
- 楽器編成が小さいものが多く、古楽器アンサンブルや室内オーケストラに向く
ただし編集上の注意も必要です。多くは断片的なため、補筆や補完(完成)を行うことがあります。補筆に際しては、編曲者の意図や演奏上の誠実さを明記し、リスナーや学術的利用者に誤解を与えないようにすることが重要です。
研究の最前線:デジタル化と新発見
近年、デジタルアーカイブの整備により、かつてアクセス困難だった写譜や蔵書目録がオンラインで閲覧可能になっています。例えばモーツァルト財団のデジタルモーツァルト(Digital Mozart Edition)や大手楽譜ライブラリ(IMSLP)などで当該資料を検索でき、K. deest 表記の作品についても出典資料を直接確認できるケースが増えました。これにより、真偽判定や新たな解釈が加速度的に進んでいます。
プログラミングの提案:コンサートでの活用法
演奏会で K. deest の楽章を扱う際の具体的アイデア:
- 「発見もの」プログラム:正規カタログ作品と並べ、発見経緯や楽曲の断片性をトークで紹介する。教育的要素が強く、聴衆の関心を高める。
- テーマ・コンサート:モーツァルトの『オーヴァーチュア集』や『舞踏会音楽』と並べることで時代感を演出する。
- 録音企画:注釈付きで補筆の有無を明示するライナーノートを充実させ、学術的価値を高める。
K. deest を読み解くためのチェックリスト
鑑定や演奏準備で確認すべきポイント:
- 出典(写譜・自筆・蔵書目録)の原資料を確認したか
- Neue Mozart-Ausgabe(NMA)や主要なモーツァルト研究書でどのように扱われているかを照合したか
- 補筆や復元を行う場合、その処理を明記した楽譜を用意しているか
- 録音や上演に際して、リスナー向けに注記や解説を準備しているか
まとめ:K. deest が示すもの
「K. deest」は単なる番号の欠落を示す以上の意味を持ちます。それは音楽史の未解決領域、資料学の課題、そして新たな発見にともなう可能性の象徴です。管弦楽曲の楽章という観点から見れば、K. deest に分類される断片や疑問作は演奏と研究の双方にとって刺激的な素材を提供してくれます。演奏家は慎重な編集と明確な注記を持ち、聴衆には発見の物語を伝えることで、作品の価値を豊かにできるでしょう。
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