モーツァルトの交響曲第37番 K.444(K.425a)──真相・楽曲分析・聴きどころ
はじめに
「交響曲第37番 ト長調 K.444(K.425a)」は長年モーツァルトの作品として扱われてきましたが、実際には作曲者の帰属をめぐる重要な誤解・訂正がある作品です。本稿では史的背景、帰属問題の経緯、各楽章の音楽的特徴、楽譜や版の扱い、演奏上の留意点、そして現代の聴きどころまでを詳しく掘り下げます。音楽史や演奏解釈を踏まえた上で、事実に基づく説明を心がけます。
作品の概説と番号付けの混乱
「交響曲第37番 ト長調 K.444(K.425a)」という表記は、モーツァルト作品目録(ケッヘル目録)に基づく番号付けを含みます。ただしこの「第37番」は後代の番号体系に由来するもので、現在の標準的なモーツァルト交響曲の通し番号とは整合していない場合があります。さらに、本作には K.444(または K.425a)というケッヘル番号が付されていますが、これはモーツァルトが実際に手を加えたとされる「アダージョ(導入部)」に割り当てられた番号です。
帰属問題:誰が本当に書いたのか
現在の音楽学的なコンセンサスは、本作の大半はマイケル・ハイドン(Michael Haydn)の手になるシンフォニーであり、モーツァルト自身は第一楽章の冒頭に付加されたアダージョ的な導入部のみを作曲した、というものです。つまり「モーツァルトの交響曲」として通称されてきたものの主体はハイドンの作品であり、モーツァルトの関与は局所的であると考えられています。
この誤認は19世紀以降の版や出版史に起因しており、出版物や初期のカタログ作成の段階で作者帰属が混同されたことが主な原因です。20世紀半ば以降の系統的な写本比較、筆跡・様式分析、版の照合により、ハイドン作曲の部分とモーツァルトの導入部とを分離して考えるのが学界での通説になっています。新モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe)や各種音楽学的資料はこの帰属訂正を反映しています。
楽曲の編成と楽章構成
本作は古典派交響曲の標準的な三楽章または四楽章の形式に沿っていますが、一般的に次のようにまとめられます。
- Adagio(導入)- Allegro(第一楽章): モーツァルトによるアダージョ導入が付され、その後に続くアレグロ部分はハイドン作とされます。
- Andante(第二楽章): 緩徐楽章。雰囲気は控えめで古典派の典型を示します(ハイドン作と推定)。
- Menuetto & Trio(終楽章): 古典様式のメヌエットで、リズムの明瞭さと舞曲性が特徴です(こちらもハイドン作と見なされる)。
演奏上は、導入のアダージョをどのようにテンポ・表情付けするかで曲全体の印象が大きく変わります。モーツァルトの導入は対位的・色彩的な要素を含み、後に続くハイドン部分と明確に質の違いが聴き取れます。
第1楽章(導入とアレグロ)の分析
導入部(Adagio)は短いながらモーツァルトの色彩的な筆致が見える部分です。和声進行や装飾的な木管の扱い、そして表情記号の付け方などにモーツァルトらしさを指摘する学者が多く、実際に手稿の筆跡や写本の比較からモーツァルトによる付加と判断されています。
導入の後に始まるアレグロ(実質的に第一主題から)は、形式的にはソナタ形式を踏襲しますが、主題素材の構成や動機の扱いにはマイケル・ハイドン的な素朴さとシンプルさが残ります。対位法的展開は控えめで、明快なリズムと歌うような弦楽器の旋律が特徴です。
第2楽章・第3楽章の特徴
中間楽章(Andante)は穏やかで内省的、装飾は節度を持って用いられ、古典派中期の「控えめな抒情」を示します。主題の展開は過度に技巧的ではなく、楽器間の対話、特に弦と木管の呼応が聴きどころです。
終楽章のMenuettoは舞曲としての明確な拍感と古典的均整を持ちます。トリオ部分では調性や色彩の変化によって一時的な対比が生まれ、曲全体の構成感を引き締めます。これらの特性もハイドン作品に共通する要素です。
版と校訂:どの楽譜を使うか
現代の演奏では、Neue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集)や信頼できる批判校訂版に基づくことが推奨されます。多くの版では作品の帰属に関する注記が付され、モーツァルトのアダージョとハイドンの本体を明確に区別しています。商業的に流通している古いスコアでは誤って全曲をモーツァルト作とするものも残っているため、演奏者・研究者は版の出典を確認する必要があります。
演奏上の留意点と解釈の提案
- 導入(Adagio)はモーツァルト的な柔らかさと色彩感を重視し、テンポは過度に遅くならないように。付点や装飾の扱いで古典的な軽やかさを出す。
- アレグロ以降はハイドン的な素朴さを損なわないこと。過度なロマンティック表現は避け、フレージングとリズムの明瞭さを優先する。
- 古楽系のオーケストラで演奏する場合は音量と発音を抑え、古典派の弦楽奏法やピリオド楽器の音色を活かすと作曲当時の感触が出る。
- 指揮者は導入とアレグロの「質の違い」を音楽的に際立たせ、曲が一本化され過ぎないように配慮する。
受容と録音史
本作は長く「モーツァルト作品」としてレパートリーに載せられてきた経緯があり、19世紀の出版物や初期の全集録音にもその形跡が見られます。しかし20世紀後半以降、学術的な訂正が広まり、現代の全集録音や解説では本作の帰属に関する注釈が付されるのが一般的です。今日では「モーツァルトの導入付きハイドンの交響曲」として聴く見方が定着しています。
聴きどころガイド(初めて聴く人へ)
初めて本作を聴くときは、次の点に注意してみてください。
- 冒頭のアダージョだけを切り取ると、モーツァルト風の色彩と表現が強く感じられること。
- アダージョの後に始まるアレグロで、曲調がより素朴で古典的な語法に移行すること。ここで「作者が変わった」ことが音楽的に感じられる場合がある。
- 中間楽章以降は舞曲的・歌謡的要素が強く、聴き手にとって心地よい均衡感がある点。
結論:本作の位置づけ
「交響曲第37番 K.444(K.425a)」は、単なる『誤ってモーツァルトに帰された作品』というだけでなく、18世紀末の交流と影響関係を考える上で重要な資料です。モーツァルト自身が他者の素材に加筆した事例として、作曲家間の実践的な関係、当時の版行慣行、そして作品帰属の難しさを教えてくれます。音楽そのものは古典派の魅力が詰まっており、導入部と主要部分の対比を楽しむことでより深い理解が得られます。
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参考文献
- IMSLP: Symphony No.37 in G major, K.444 (Mozart)(楽譜・写本資料)
- Wikipedia: Symphony No. 37 (Mozart)(帰属問題の概説)
- Encyclopaedia Britannica: Wolfgang Amadeus Mozart(作曲史・作品目録の概説)
- Neue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集)デジタル資料(批判校訂版の参照先)
- AllMusic: Symphony No. 37 in G major, K.444 (K.425a)(作品解説・録音情報)


