モーツァルト:K. Anh. 42(K6. 375b)— 断片として残る2台ピアノのためのソナタ楽章を読む

作品の紹介と現状—なぜ「断片」なのか

「2台のピアノのためのソナタ楽章 変ロ長調(断片) K. Anh. 42(K6. 375b)」は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品目録のなかで補遺(Anhang)に分類されている断片的な遺稿です。補遺に分類される作品は、真作性が疑わしいもの、断片のみが残るもの、あるいは編曲や写譜の関係で作品番号が確定していないものを含みます。本稿で扱う断片は、完全なソナタ一楽章の一部あるいは短い楽想の抜粋として現存しており、楽譜が途中で途切れているため「断片」として扱われています。

この作品に付された通し番号 K. Anh. 42(旧表記 K6. 375b)は、コーシュル(Köchel)目録の補訂・増補過程で与えられた番号体系の一部です。補遺番号は研究者の検討により変動することがあり、断片の由来や成立年代、真作性については音楽学的にも慎重な議論の対象となっています。

成立時期と背景(慎重な推定)

断片の成立年代についてははっきりした証拠が乏しいため、手稿の筆致や楽想の類似性からの推定に頼ることになります。モーツァルトの二台ピアノ曲(2台のピアノのためのソナタなど)は、18世紀後半に二台ピアノという編成が宮廷やサロンで人気を博したことと軌を一にします。断片の作風や和声進行、主題の扱いはモーツァルトのいわゆる後期古典派様式に近い要素を含むため、1780年代前半から中盤あたりの作品群と比較検討されることが多いですが、確定的な日付は示せません。

楽曲の構造と音楽的特徴(断片から読み取れること)

断片に残された部分を精査すると、変ロ長調の明快な主調感、対話的な二つの鍵盤の扱い、そして古典派ソナタ形式の初期的な図式が見て取れます。以下は断片から抽出できる主な音楽的特徴です。

  • 主題の提示:主題は歌謡的でありながら短い動機を繰り返すことで発展の余地を残す様式。右手・左手的な分割ではなく、二台の独立した声部が掛け合う“会話”的な書法が中心。
  • 和声と調性処理:主調の明確な提示の後、属調への短い移行や短い並列調の使用が見られる。モーツァルトの典型的な短期的な裏切り(予期せぬ和音進行)や効果的な半終止の利用が散見される点は特徴的。
  • テクスチュアと装飾:アルベルティ伴奏的なパターンよりも対位法的な応答や短いトリル、装飾音の配置により音楽の活気を引き出す手法が用いられている。
  • 経済的な動機処理:断片ながらも動機の断片を繰り返し発展させる様子が見えるため、モーツァルトの緻密な動機操作の習慣をうかがわせる。

真作性の議論と音楽学的検証

断片作品の真作性を検証する際に用いられる主要な手法は、筆跡(手稿の筆者の特定)、楽譜様式の比較、ハーモニーや旋律的特徴の統計的な類似性分析、史料(写譜、献辞、収載目録など)の検討です。本作品については、真作を支持する要素と疑問を呈する要素が混在します。

真作を支持する点としては、音楽語法(動機の処理、和声の配列、フレージング)にモーツァルト特有の傾向が見られることです。一方で、手稿の伝来経路が不明瞭であったり、断片の保存状態から決定的な筆跡鑑定が困難である点は、批判的立場からの疑義を生みます。そのため音楽学者や版元は、補遺としての表記を維持しつつ、さらなる比較研究や発見を待つ態度を取ることが一般的です。

復元と補筆—現代の取り組み

断片楽曲に対して演奏可能な形へと復元・補筆を行う試みは、過去に多くの古典派断片作品で行われてきました。復元作業の一般的な方法は以下の通りです。

  • 既存の主題・伴奏素材を最大限活用し、モーツァルト的な和声進行と動機展開の規則に従って欠落部を補う。
  • 類似する確実な作品(同時代の2台ピアノ曲やピアノソナタ)から典型的な展開手法を参照して、展開部や再現部へ自然につながるように築く。
  • 復元の際はオリジナルとの線引きを明確にし、補筆箇所には編集注記を付すことで学術的透明性を保つ。

いくつかの現代の編集者やピアニストは、演奏会向けに復元を試みており、その結果は「補筆による創作」として楽しむことも、原断片の研究資料として用いることも可能です。復元には様々な解釈の余地があるため、複数の補筆版を比較して聴くことでこの断片の魅力がより深まります。

演奏上の注意点(フォルテピアノか現代ピアノか)

モーツァルト時代のフォルテピアノと現代のグランドピアノでは音色・減衰・ダイナミクスの出し方が大きく異なります。断片を演奏する際の判断は次の点を参考にしてください。

  • フォルテピアノでの演奏:音色の透明性と音の切れが当時の語法に近く、二台が対話する質感がはっきり伝わる。
  • 現代ピアノでの演奏:広いダイナミックレンジとサステインを活かし、音色のコントラストを強調することができるが、過度なレガートや持続は古典派の性格を損なう恐れがある。
  • 合わせる際のポイント:二台のバランス調整、リズムの微細な揃い、呼吸(フレージング)を共有することが重要。装飾やトリルの扱いは双方で統一すること。

プログラミングの工夫と聴きどころ提案

断片は単独で聴衆に提示しても興味深いですが、プログラムの一部として工夫するとより効果的です。たとえば以下の組み合わせが考えられます。

  • 同じキーや近接する時期の確実なモーツァルト作品と並べ、断片の語法的共通点を聴き比べる。
  • 2台ピアノのレパートリー(ラヴェルの「組曲」など対位法的な作品)と組み合わせ、編成の多様性を示す。
  • 復元版をアンコール的に演奏し、聴衆に「未完からの創造」を体験させる。

聴取のポイント—音楽学的に味わうために

断片を深く味わうための聴取ポイントを挙げます。まずは主題の現れる瞬間に注意を払い、二台がどのように主題を共有・交換するかを追ってください。次に和声進行による“小さな驚き”や、途中で現れる対位的応答に耳を澄ませると、モーツァルト的な緻密さが感じられます。断片であることを踏まえ、消えゆく線や途切れる余白に想像力を働かせることも、作品鑑賞の醍醐味です。

結論—断片が残す意味

K. Anh. 42(K6. 375b)の断片は、完全作とは異なる形でモーツァルトに接近する機会を与えてくれます。真作性を巡る議論や復元の試み、その演奏経験のいずれもが、我々に当時の作曲技法や演奏実践への洞察を深めさせます。断片は欠落ではなく、想像と研究の入り口として捉えることができるでしょう。

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参考文献