モーツァルト:2台ピアノのためのソナタ楽章/ロンド・フィナーレ 変ロ長調 K. Anh.43(K6.375c)— 断片の来歴と音楽的読み解き
はじめに
モーツァルトの作品目録には、正典に含まれない「断片」「異同」「真偽不明」の作品が数多く残されています。その中に位置づけられるのが「2台のピアノのためのソナタ楽章またはロンド・フィナーレ 変ロ長調(断片) K. Anh. 43(K6.375c)」です。本稿では、この断片の来歴、資料状況、作風的特徴、演奏・補筆の実務的観点、そして現代における受容の可能性について、一次資料と音楽学の常識に基づきできるだけ慎重に考察します。
作品の位置づけと来歴
この断片は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品目録(Köchel)において付番された「K. Anh.」即ち付録(Anhang)に収められている作品の一つです。Anhangへの収載は、原典の真偽がはっきりしない、断片である、あるいは作品が失われた/散逸した場合などに用いられます。付番の別表記として「K6.375c」といった番号が与えられていることもあり、これは後のコーヘル目録改訂での整理番号に対応します。
断片資料は、完全な自筆譜が残っているわけではなく、写譜や出版史料、あるいは目録記載に依存するケースが多いのが特徴です。そのため、研究者は筆跡・和声・様式的特徴・史料の来歴(プロヴェナンス)など複数の観点から真偽や成立時期を検討します。本断片についても、モーツァルトの作風に合致する箇所と、別筆による改変や後補が疑われる箇所が混在しているため、最終的な帰属が確定していないという扱いが一般的です。
史料と信頼性
断片の原資料は散逸しやすく、現存する場合でも多くは写譜・刊本・図書館所蔵目録の記載です。K. Anh.の作品群は、18–19世紀にかけての複数の目録や出版者の誤分類、さらには民間所蔵の写譜を経て現代に伝わる例が多く、結果として真偽判定は慎重に行われます。現代の主要参考源としては、デジタル・モーツァルト・エディション(Digital Mozart Edition, DME / Neue Mozart-Ausgabe)や、Köchel目録の各版、国際的な楽譜データベース(例:IMSLP)などが挙げられます。
この作品については、現在のところ作曲史の主要文献において確固たる自筆譜の証拠が示されていないため「断片/真偽不明」として注記されることが多く、学術的には仮説的な取り扱いが続いていることを念頭に置くべきです。
音楽的特徴 — 形式と語法の観察
断片が示す楽想は、変ロ長調という調性の選択からして、軽やかで親しみやすい性格を想起させます。2台ピアノ(あるいはピアノ・デュオ)用に書かれていることから、以下のような様式的特徴が観察されることが期待されます(断片の範囲に依存するため一般的なモーツァルトの二台ピアノ楽曲との比較に基づく推定を含みます)。
- 対話的テクスチュア:左右(A/Bの各ピアノ)間で主題の受け渡しや呼応が頻繁に起こる。
- 明確なフレージングと均整の取れた4小節句:古典派の典型的な句法が見られる。
- ロンド風の再現的サブジェクト(A-B-A-C-A…)が想定される場合、コントラストを生む小節や副主題が挿入される。
- 和声的には平行調や属調への短期的移行を用い、技巧的なパッセージやスケール的な動きで終始する。
具体的な動機処理や展開部の扱いについては、断片の範囲が限定されている場合には推定が多くなりますが、モーツァルトの他の二台ピアノ作品(代表例:ソナタ K.448 など)に見られるモチーフの分割・模倣・転調処理を念頭に置くと、完成のイメージを比較的自然に再構築できます。ただし補筆や再構成は編集者の主観に依存しやすいため、楽譜版ごとの差異には注意が必要です。
補筆と演奏上のアプローチ
断片作品を演奏会で扱う場合、いくつかの道筋があります。
- 断片のまま紹介する:音楽史的意義や原典の断片性を強調する方法。教育的な価値が高い。
- 現代の編集者が補筆して完成版を作る:様式模倣に基づく補筆で、演奏可能な形に整える。注意点は補筆箇所の明示が必要なこと。
- 即興的に補って演奏する:18世紀的な実践に倣い、演奏家が即興的に中間部やカデンツァ風の部分を埋める方法。
いずれの方法でも、楽器選択(フォルテピアノかモダン・ピアノか)、テンポ感、アーティキュレーション、装飾(トリルやターン)などで古典派の語法を尊重することが肝要です。特に二台ピアノ作品は音色のバランスとステレオ感が鍵となるため、舞台上での位置取りやダイナミクスの細やかな配分が演奏効果に直結します。
編曲・再構築の事例と批判的視点
モーツァルト断片の再構築は過去に多数行われてきました。補筆者はモーツァルトの他の作品群における和声進行・モチーフ展開を参照しつつ、欠落部を埋めます。ただし、補筆は歴史的誠実性と創作的解釈の間でバランスを取る必要があり、過度にロマンティックな補筆や近代的和声を持ち込むと元来の作風とかけ離れてしまいます。
学術的には、補筆版を作成する際、原稿のどの部分が原典でどの部分が編集による追加かを明記するのが基本原則です。リスナーや研究者が「どこまでがモーツァルトの手によるものか」を判断できるようにするためです。
演奏会・録音への組み込み方
断片作品をプログラムに入れる際には、周囲の作品との文脈づくりが重要です。たとえば:
- モーツァルトの二台ピアノ作品(K.448 など)と並べることで比較を促す。
- 同時代のデュオ作品(ハンマークラヴィーア期の室内曲やジュネーロ・ピアノ・デュオ曲)と組み合わせ、18世紀末〜19世紀初頭の様式変遷を示す。
- 断片の補筆版をプレゼンテーション的に紹介し、演奏前に短い解説を加えて聴衆の理解を助ける。
録音においては、解説ノートに補筆箇所・原資料の状態・採用した版について詳述することが、学術的にもリスナーサービスの面でも望まれます。
研究上の課題と今後の展望
この断片に関しては、以下の点が今後の重要な研究課題になります。
- 史料発見の可能性:未公開コレクションや私蔵写譜の調査が進めば、新たな証拠が出る可能性がある。
- 筆写者・書誌的研究:写譜者や出所を特定することで真偽判断の手がかりを得られる。
- 様式分析の比較研究:確実なモーツァルト作品との定量的・定性的比較により、類似性や相違点を明確化する。
これらの研究が進めば、断片の位置づけがより明確になり、演奏・出版の方法も洗練されていくでしょう。
結論
「2台のピアノのためのソナタ楽章またはロンド・フィナーレ 変ロ長調 K. Anh.43(K6.375c)」は、モーツァルト研究・演奏実践の双方にとって興味深い事例を提供します。断片であるがゆえに直接的な鑑賞だけでなく、補筆や再構築をめぐる議論、史料批判の学術的訓練、さらには演奏会での提示方法まで幅広い題材を含んでいます。演奏者・研究者・リスナーがそれぞれの立場でこのような断片に向き合うことは、古典派音楽の理解を深める良い機会となるでしょう。
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参考文献
- Digital Mozart Edition(デジタル・モーツァルト・エディション) — Neue Mozart-Ausgabe のデジタル版。モーツァルト作品の原典情報と注記が参照できます。
- Köchel catalogue(コーヘル目録) — Wikipedia(英語) — K. Anh.付録番号や各版の差異などの概説。
- IMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト) — 楽譜のデジタルライブラリ。断片や付録作品の写譜が見つかる場合があります。
- Bärenreiter: Neue Mozart-Ausgabe(NMA) — 公式版全集の出版社ページ。
- Oxford Music Online(Grove Music Online) — モーツァルトや古典派音楽に関する学術的概説(要購読)。
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