モーツァルト:ピアノ変奏曲 ハ長調 K.21a(Anh.206)――散逸と疑作をめぐる検証と背景解説

概要

ピアノ変奏曲 ハ長調 K.21a(Anh.206)は、モーツァルトの作品目録の付表(Anhang)に記載された曲目の一つで、現存楽譜が確認されていないため「散逸(失われた作品)」とされ、さらに作曲者本人の作ではないとする「疑作説」がついて回る作品です。本コラムでは、史料に残る最小限の情報を手掛かりに、この曲の位置づけ、伝来史、疑作と判断される理由、関連するモーツァルト研究の方法論、そしてこの種の〈失われた・疑わしい作品〉がもたらす意義について整理します。

作品の現状とカタログ上の扱い

K.21a(Anh.206)は、標題どおりピアノのための変奏曲として目録に記載されていますが、現在までに自筆譜・写譜・版が確認されておらず、演奏や楽譜流通の記録も乏しいため、学界では現存しない作品として扱われます。古典派の研究で基準とされるクレメンス・ケーシェル(Köchel)の作品目録では、本曲は正編の番号付けから外れた付表(Anhang)に置かれており、付表収載はしばしば〈真作性に疑問があるか資料的確証が不十分である〉ことを意味します。

歴史的背景:いつ、どのように失われたか

モーツァルトの少年時代(1760年代)には、家族の欧州巡業やさまざまな公演・出版を通じて数多くの小品や変奏曲が作られ、時としてその場限りで演奏されるか、楽譜が散逸することがありました。K.21aもこうした文脈に位置づけられる可能性がありますが、残念ながら初出の出版情報や写譜の所在が不明であるため、いつ、どの時点で散逸したかを確定する史料はありません。

なぜ疑作とされるのか:主要な根拠

  • 史料の欠如:自筆譜や確実な写譜が存在しないことが最大の問題です。真正性の証拠が欠けると、付表扱いが妥当になります。
  • 目録収載の事情:18世紀の目録や出版物には誤記や誤認がままあり、当時の出版者やカタログ担当者が有名作曲家の名を付すことで商品価値を高めた例もあります。
  • 類似作品との混同:モーツァルトの同時期の変奏曲と題材・様式が重なる場合、作品同定が混乱することがあります。名前・番号だけが残り、実物が見つからないと特定困難です。
  • 後世の研究での再検討:古い目録の付表に収められていた作品群は、近年の音楽学的検証により多数が疑作・偽作に分類されてきました。K.21aもその流れで疑義が唱えられています。

学術的検証の方法:どのように真作性を判断するか

楽曲の真正性を判断する際、音楽学者は複数の観点から検証を行います。

  • 写譜・自筆譜の筆跡・紙質・透かし(ウォーターマーク)分析
  • 史料的裏付け:出版記録、宛名・所有者記録、日記や手紙の記述などの照合
  • 様式分析:和声進行、モチーフ処理、変奏の手法、鍵盤書法などを既知の同時期作品と比較
  • 文献学的検討:題名や編年がどの目録に基づくか、その記述の信頼性

K.21aの場合、決定的な写譜が存在しないため、これらの検証が実行できず、結果として結論は「証拠不充分/疑作」となることが多いのです。

もしモーツァルトの作とすれば――形式・様式の推測

あくまで推測ですが、モーツァルトの少年期に作られた鍵盤変奏曲の典型的特徴から、K.21aがモーツァルトによるものであれば以下のような要素が期待できます。

  • シンプルで歌いやすい主題(多くは民謡風、あるいは当時流行の舞曲やオペラアリアの断片)を用いること。
  • 短い変奏節ごとに明瞭なテンポ変化や装飾的技巧を加え、技巧性と親しみやすさを両立させる構成。
  • 和声は古典初期のコンパクトな機能和声に基づき、対位法的処理は控えめだが若きモーツァルトらしいフレーズづくりが見られること。
  • 鍵盤書法としては、左手の伴奏形の工夫( Alberti bass など)や右手の装飾音、短いオスティナート的な反復が用いられる可能性。

ただし、こうしたスタイル的特徴は当時の他作曲家(父レオポルト、当時の英仏の鍵盤作曲家など)とも共通するため、様式分析だけで決定的な結論を出すのは困難です。

散逸・疑作の事例が示す研究上・演奏上の意味

失われた作品や疑作は一見周縁的に見えますが、音楽史研究には重要な示唆を与えます。散逸した作品の記録が残ることで、当時のレパートリー形成、出版実態、作曲家の評価や商業流通の様態が見えてきます。また、疑作問題は作曲家の様式を相対化し、その時代の様式共同体を理解する助けになります。演奏家にとっては、もし写譜が発見されればレパートリーが拡がる一方で、確証のない新作の採用には慎重さが求められます。

発見の可能性と今後の研究動向

過去には、長年所在不明だった写譜や自筆譜が図書館や私家コレクションの整理で突如発見されることがありました。こうした発見は複数の分野(図書館学・保存学・デジタル人文学)の協同で促進されます。現在では各国のデジタルアーカイブの充実が進み、散逸とされてきた作品の再発見の可能性は以前より高まっています。K.21aについても、既存の目録情報を手掛かりに未調査のアーカイブを精査することで、何らかの手がかりが出る可能性は残ります。

結論:何を知り、何を待つべきか

K.21a(Anh.206)は現時点で楽譜が確認できないため、学術的には「散逸」「疑作」として扱うのが妥当です。しかし、この種の作品を巡る検証は音楽学の重要な作業であり、偶発的な写譜の発見や新たな史料の発掘が将来的に帰属を覆すこともあり得ます。研究者や演奏家は、史料の欠如という現実を認めつつも、発見の可能性に備えて関連文献やアーカイブを注視し続ける必要があります。

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参考文献