モーツァルト「バター付きパン」K. Anh. 284n の真相と音楽史的考察

導入 — タイトルの出自と問題提起

近年、インターネット上や一部の二次資料で「モーツァルト:バター付きパン(バターを塗ったパン一切れ) K. Anh. 284n(Anh. C 27.09)」とされる作品名が散見されます。しかし、このような題名と目録番号が正規のモーツァルト作品目録(改訂コーヘル目録、Neue Mozart-Ausgabe など)に確証を持って掲載されているかは疑わしく、学術的な検証が必要です。本コラムでは、当該表記の真偽を検証するとともに、モーツァルトにおけるユーモア表現、酔狂なカノン類の位置づけ、写本伝来と真贋問題の一般的メカニズム、そして調査・確認に有用な資料・手がかりを整理します。

作品の確認と真贋 — 目録番号の読み方と現状

まず「K. Anh.」の表記について説明します。コーヘル(Köchel)目録はモーツァルト作品の標準的カタログで、正典番号のほかに Anhang(付録、略して Anh.)を設け、作曲者非確定作、真贋未定、失われた作品等を分類しています。目録は改訂を重ねており、番号付けや付録分類も版によって変化します。

今回のような「K. Anh. 284n(Anh. C 27.09)」という複雑な付記は、典拠が不明確です。主要な参照先である改訂コーヘル目録やデジタル版のNeue Mozart-Ausgabe(デジタル・モーツァルト作曲目録)を検索しても、同一表記で確証のある項目は見つかりません(後述する調査手順参照)。したがって、現時点で次のいずれかが考えられます:

  • 実際には存在しない、あるいは誤記・転記された番号・題名である。
  • 特定の論文・コンサート・録音で便宜的に付けられた通称・仮題で、正式なカタログ番号に対応しない。
  • 写本伝来が限定的で、主要データベースに未登録の断片・私家写本に由来する(ただしこの場合は出典が示されるはずです)。

結論として、「K. Anh. 284n(Anh. C 27.09)」という表記は現行の主要カタログで裏付けられておらず、慎重に扱う必要があります。

モーツァルトのユーモアと“食べ物”表現の系譜

モーツァルトは私的な場での戯れ歌やカノンを多数作曲しており、その中には本歌取り、下品な表現、性的あるいは排泄を示唆する語句を含むものも少なくありません。代表例として知られるのがカノン「Leck mich im Arsch(私の尻を舐めろ)」で、K.231(改訂番号では K.382c)としてカタログに記載されています。こうした作品は友人・親交者間の冗談として口頭で歌われ、写本が友人間で回覧された結果、複数の写本変種や異なる詞による合成が生じやすいのが特徴です。

したがって『バター付きパン』というような食べ物を題材にした冗談めいた曲が存在したとしても、まずはそれがどのような場で使用されたか(家庭内のジョーク、学生サークル、食卓の余興など)を想定する必要があります。18世紀のウィーンやザルツブルクの社交文化では、食べ物や日常的なネタを即興的に歌にすることは珍しくなく、後世の過度な美化やジョークの誇張が起こる土壌は十分にありました。

カノンや軽歌の形式的特徴(仮に存在した場合の分析指針)

モーツァルトの私的なカノン類は、一般に短く、単純な動機を模倣させることでユーモアを際立たせます。もし「バター付きパン」がモーツァルトの作と考えられるなら、次の点をまず確認します:

  • 声部数と模倣距離(何度のずらしで追従するか)。モーツァルトはしばしば3声ないし4声の簡潔なカノンを用いました。
  • 和声支え(通奏低音や簡単なチェンバロ伴奏の有無)。私的カノンは無伴奏あるいは単純伴奏が多い。
  • 詞の変種(原詞の下品さが別詞に差し替えられていることがある)。写本ごとに詞の異同を比較することで伝播経路が推測できます。
  • 筆跡・用紙・水印などの写本学的証拠。作曲者本人の筆写か、友人の筆写かで真贋判断が大きく左右されます。

音楽的特徴のみで確定するのは難しく、常に一次資料(原写本、初期写本、初出の出版物)の検証が必須です。

写本伝来と真贋問題 — 研究の実務的手順

学術的に新作(あるいは未知の作)を検証する際の基本ステップを示します。個人で調査する際の指針としても有用です:

  • 主要カタログの検索:改訂コーヘル目録(及びその付録)、Neue Mozart-Ausgabe(デジタル版)を参照して当該番号・題名が登録されているか確認する。
  • RISM(国際楽譜総合目録)で写本・初版の所在を検索する。写本所蔵庫の目録やデジタル化資料が手掛かりになる。
  • 筆写体・用紙・水印の専門家による検証。写譜・手稿の年代推定や由来特定に不可欠です。
  • 詞テキストの比較研究。冗談詞は口頭伝承で変化しやすいので、類似の詞が他の写本や地域にないかを探す。
  • 二次資料の精査(論文、楽譜解説、録音のライナーノーツ等)。誰が最初にその題名・番号を用いたかを遡ることで、誤伝の起点が見つかることがある。

これらの手順を踏まずに「モーツァルト作」と断定することは学術的に危険です。

演奏・録音と受容 — もし存在すればどう扱われるか

仮に「バター付きパン」という断片的なカノンや歌詞付き楽曲が私的写本で見つかった場合、現代の演奏者や音楽学者は次のような配慮を行います:原写本の語句が下品な場合は歴史的注記を付けて公開する、演奏の際には楽譜の出典を明記する、録音・出版では学術的な解題を添える、などです。過去にもモーツァルトの下品なカノンは公演・録音の対象となり、その際は作品の由来や伝播を明示する慣習が定着しています。

まとめ — 現状の結論と今後の検証ポイント

現時点で確認できることは、次の通りです:提示された「モーツァルト:バター付きパン K. Anh. 284n(Anh. C 27.09)」という表記は、主要な学術カタログやデジタル・アーカイブでは裏付けが取れていません。したがって少なくとも現行の学術的基準では「真作」と断定できず、誤記・通称・もしくは私家写本由来の限定的な伝承である可能性が高いです。

検証を行うならば、まず改訂コーヘル目録、Neue Mozart-Ausgabe、RISM、モーツァルテウムなど一次データベースを横断的に検索し、出典(論文・録音・写本所蔵情報)を特定してください。写本が示された場合は写本画像の分析、筆跡学的検討、水印調査など専門家の協力を得ることを強くおすすめします。

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参考文献