モーツァルト「グラス・ハーモニカのためのアダージョ」K.356(K6.617a)を深掘りする:音色・構造・演奏の実践

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作品概説

『アダージョ ハ長調 K.356(K6.617a)』は、モーツァルトが1791年に残したガラス・ハーモニカ(glass armonica、ガラス・アーモニカ)を想定した小品として知られます。作品番号の二重表記(K.356 と K6.617a)はケッヘル目録の改訂や付番の結果で、資料や版によって表記が異なることがあります。本作は短めの遺作群の一つとして分類され、柔らかく浮遊感のある独特の音色を主たる訴求点に据えた楽曲です。

ガラス・ハーモニカとは

ガラス・ハーモニカは、18世紀にベンジャミン・フランクリンが発明した楽器で、回転するガラスの碗(bowls)を指先で触れて発音させることで非常に純粋なサステインと倍音を得ることができます。18世紀後半から19世紀初頭にかけて欧州で一時的に流行し、音色の神秘性や催眠性が評価されると同時に、『害を与える』という迷信や批判が生じたのも事実です。モーツァルトやヘンデル、ベートーヴェン以後の作曲家の周辺で、ガラス・アーモニカを題材にした作品や編曲が散見されます。

作曲の背景と成立事情

1791年はモーツァルトの最後の年で、『魔笛』やレクイエムなど大作を手がけた時期と重なります。この年に書かれた本作は、晩年の感性で小編成・短趣向ながらも音色的な実験心がうかがえる作品です。伝承や研究では、当時活躍していたガラス・ハーモニカ奏者(たとえばマリアンネ・キルヒゲスナーなど)との関係が指摘されることがありますが、本作の成立に関する一次史料は限られており、詳細には慎重な判断が必要です。

楽曲の構造と音楽的特徴

本作はタイトル通りアダージョ(遅め、静的なテンポ)で書かれ、一般的な構成は短い緩徐楽章風の形を取ります。以下に主要な音楽的特徴を挙げます。

  • 音色の焦点化:ガラス・ハーモニカ特有の純度の高いサステインを活かして、旋律線が柔らかく伸びる設計になっている。
  • 和声進行:古典派の機能和声を基盤にしつつ、表情付けのために短調への側面的な転調や経過的なクロマティシズムが用いられる。
  • テクスチュア:伴奏は一般に繊細で支えに徹し、旋律の浮遊感を損なわないよう配慮されている。和声的支持を担う低音群は動きを抑え、響きの共鳴を補強する。
  • フレージングと装飾:モーツァルト特有の優美なアーティキュレーションと装飾語法(アッパジョアチュラなど)が、過度にならず効果的に使用される。

版と原典批判

本作に関する写本や初出版譜は数種類あり、現代の批判校訂(Neue Mozart-Ausgabe 等)や公開楽譜(IMSLP など)を比較して演奏版を選ぶことが重要です。ケッヘル番号の混同や付記の違いが存在するため、出典(初稿、写譜、出版譜)を参照して装飾やテンポ指示を確認することが望まれます。原典に忠実な解釈を目指す場合は、現存する最も信頼される写本と批評ノートを参照してください。

演奏と楽器的留意点

ガラス・ハーモニカでの演奏は現代でも特殊で、以下の点に配慮が必要です。

  • 調律と音高:ガラス碗の製作や配置によって微妙に音高が異なるため、現代楽器と合わせる際は転調や独自の調律を採用する場合がある。
  • 発音法:指先の接触角度や圧力で音色と立ち上がりが変わるため、演奏者の技術が音楽表現に直結する。
  • サステインの制御:ガラス・ハーモニカは自然に長く響くため、音量と緩和(フェードアウト)をいかに統制して伴奏と混ざらせるかが鍵となる。
  • 代替楽器:現代演奏ではガラス・アーモニカの入手や移動、実演環境の制約から、チェレスタや電子楽器、あるいはアレンジによる代替が行われることもある。それでも原音の特性は代替では得がたいものがある。

解釈のポイント

演奏解釈にあたっては、モーツァルトの『歌うような旋律性』と『均衡を重視する古典派的構築』を天秤にかけることが求められます。本作では極端なロマンティック表現は避け、音色の純度とフレージングの自然さで情感を紡ぐことが本質的です。余韻を恐れずに響きを生かす大胆さ、しかしバランスを崩さない距離感も重要です。

演奏史と録音

ガラス・ハーモニカ作品は19世紀以降一時的に廃れましたが、20世紀後半から歴史的楽器への関心の高まりとともに復興しました。現代の主要なガラス・ハーモニカ奏者としては、ウィリアム・ツィートラー(William Zeitler)やトーマス・ブロック(Thomas Bloch)などが知られており、彼らの録音やコンサートで本作を耳にすることができます。録音を選ぶ際は、使用楽器(オリジナル形の再現か、現代的再構成か)や伴奏編成の差異に注意してください。

モーツァルトの晩年における位置づけ

1791年という年次背景を考えると、本作はモーツァルトの最後期の幅広い創意の一端を示します。大作群の陰で小品に見られる音色実験や細部への感性も、彼の多面的な創作姿勢を理解するうえで貴重です。特異な音響を持つ楽器を選んだ点で、モーツァルトは当時の新奇な音響に対して敏感であったことがうかがえます。

実践的なおすすめ

この作品に取り組む演奏者(あるいは演奏を聴き込む愛好家)への具体的な提案をいくつか挙げます。

  • 可能であればガラス・ハーモニカの実音に触れてみる。楽器ならではの倍音構造やサステインは録音だけでは分かりにくい。
  • 原典に当たり、モチーフの反復や装飾の有無を確認する(写譜間で差異がある場合がある)。
  • 伴奏者とのバランス練習を重視し、響きの重なり方を入念に調整する。
  • 録音を比較して、現代的アプローチと歴史的アプローチの違いを学ぶと表現の幅が広がる。

まとめ

モーツァルトの『ガラス・ハーモニカのためのアダージョ K.356(K6.617a)』は、短いながらも音色と表情の可能性を示す作品です。革新的な音響を好奇心と繊細さで扱うこの小品は、モーツァルトの多面的な表現欲求と、18世紀末の音楽文化における新奇楽器への関心を伝えています。演奏史の中で復興が進んだ本作は、現代でもなお新しい響きを聴き手に提示し続けています。

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