モーツァルトの若き宗教劇『第一戒律の責務』K.35──1766–67年の宗教的叙説を読み解く

モーツァルト:『第一戒律の責務』 K.35(1766–67)

『第一戒律の責務』(独:Die Schuldigkeit des ersten Gebotes)は、若きヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した初期の宗教劇(いわゆる geistliches Singspiel、宗教的な歌劇ないし教会劇)で、作品目録番号はK.35に付されます。本作は1766–67年頃にザルツブルクで成立したとされ、作曲当時のモーツァルトはわずか10〜11歳という驚くべき年齢でした。本稿では、歴史的背景、楽曲の構造と音楽的特徴、テクストの宗教・教育的意味、上演・演奏上の注意点、そして本作がモーツァルトの成長に果たした位置づけを詳しく掘り下げます。

歴史的背景と成立事情

1760年代のザルツブルクは、宮廷楽長や大司教の庇護のもとで教会音楽と劇音楽が密接に結びついていた地域でした。レオポルト・モーツァルトの教育のもと、少年ヴォルフガングは教会向けの宗教作品や小規模な声楽劇を書き始めます。『第一戒律の責務』は、当時ザルツブルクで求められていた宗教的・教育的な作品の典型であり、「第一の戒律」(神への信仰と崇拝の義務)をテーマに、宗教的戒律の倫理的意味を聴衆に示すことを目的としています。

年次については文献によって1766年とするもの、1767年とするものがあり、作曲年代を1766–67年と表記することが一般的になっています。作品は教会や宮廷のための実演を意図して書かれ、少年合唱やソロの扱い、儀式的なテクストの扱いが反映されています。

ジャンルと台本(リブレット)

本作はしばしば「宗教劇(geistliches Singspiel)」と分類されます。これは劇的要素(対話、登場人物の提示、道徳的対立)と宗教的テクスト(聖書的教えや説教的語り)が混在するジャンルです。リブレットは教義的・説教的であり、聴衆に明確かつ直接的に第一戒律の重要性を伝えることを目指します。リブレット作者は必ずしも明確に知られていない場合が多く、この作品も同様に匿名性が指摘される文献があります。

作品構成と音楽形式

『第一戒律の責務』は、典型的には短い序曲的な器楽導入(シンフォニア)に続き、レチタティーヴォ(語り/説明)とアリア(感情表現)、合唱、時には二重唱や三重唱などの小規模なアンサンブルが交互に現れる構成です。全体は教理を展開する語り部と、登場人物の内的葛藤を表現するソロが交錯し、合唱が共同体としての道徳的結論を与える、教育と劇の両立が図られています。

形式面では、ガラン(galant)様式の影響が強く、明快な旋律線、分かりやすい和声進行、短いフレーズ構成、そしてオペラ的なアリアフォルム(通奏低音を伴う二部形式・三部形式のアリア)が用いられています。同時に、宗教的な重みを出す場面では対位法的な書法やホモフォニックな合唱を配して、教会音楽としての重厚感も確保しています。

音楽的特徴の詳細分析

  • 旋律の自然さ:若いながらもモーツァルトならではの「歌心」が随所に見られます。短いが印象的な主題、歌いやすい旋律ラインは、聴衆の共感を得るために効果的に配置されています。
  • 和声と調性の扱い:和声は基本的に明瞭で機能的ですが、転調やモジュレーションを用いて感情の高まりやテクストの強調を図る箇所があり、単なる幼年期の写しとは一線を画しています。
  • 対位法的要素:合唱や一部の結尾部では、対位法や教会伝統を想起させる扱いが見られ、若き作曲家が古典的教養を身につけていたことが示唆されます。
  • 色彩的なオーケストレーション:器楽はあくまで歌を支える役割に徹しているものの、トロンボーンやオルガン的な色彩(教会空間を意識した音響)を想起させる用法が見られ、宗教的情景を描写する効果が狙われています。

テクスト(歌詞)の宗教的・教育的意義

作品の中心命題は「第一戒律」の義務とそれに基づく生活の在り方です。リブレットは説教的かつ直接的な言辞で神への義務を説き、聞き手に倫理的選択を促します。劇的構造は、個々の登場人物が抱く疑問や迷いを示し、その解決を通じて共同体としての信仰の重要性を確認するという教育的な狙いが強く、18世紀の宗教教育の文脈に深く根ざしています。

演奏・上演上の注意点

本作を現代に再現する際には、当時の礼拝空間や宮廷礼拝の文脈を意識することが重要です。以下は実務的な留意点です。

  • 演奏規模:原初は小編成での上演が想定されるため、過度に大規模なオーケストラや巨大な合唱は避け、均整のとれた音響バランスを重視する。
  • 声部と声質:少年ソプラノ(または女性ソプラノ)や軽いテノール、柔らかなバスを用いることで当時の音色を再現しやすい。
  • テクストの明瞭性:宗教作品であるためテクストの聞き取りやすさが肝要。適切な発音指導と語りの間(レチタティーヴォ)処理が必要。
  • 装飾とアーティキュレーション:当時の演奏習慣(適度なトリルや装飾)を参考にするが、過剰なロマンティックな扱いは避ける。

受容史と意義

『第一戒律の責務』はモーツァルトの主要レパートリーに比べ演奏頻度が高い作品ではありませんが、研究者にとっては若き才能の萌芽を知る上で貴重な資料です。本作は、モーツァルトが宗教音楽と劇的音楽をいかに早期に融合させたかを示し、後の宗教作品(ミサ曲、レクイエムなど)やオペラに至る技法的基盤がすでに形成されていたことを教えてくれます。

また、教会的な場での実践的な目的(教育的、礼拝的)に応じた音楽の書法が確認できるため、18世紀中期の宗教文化や演奏慣行を考察する上でも重要です。

現代の録音・演奏での魅力と課題

現代の演奏家がこの作品に取り組む際、魅力はモーツァルトの初期の作曲技術を生で感じられる点にあります。一方で課題は、史料の不確定性(リブレット作者不詳、初演の具体的記録が乏しいこと)や、当時の上演慣習をどの程度再現するかという芸術的判断です。歴史的演奏法を取り入れた演奏は聴衆に新鮮さを与え、逆に現代的なアプローチは作品の普遍性を示すことがあります。

聴きどころのガイド

初めて本作に触れるリスナーには以下の点に注目して聴くことを勧めます。

  • シンフォニアや序奏部分の音色:教会的空間を想像させるオーケストラの扱い。
  • ソロ・アリアの旋律美:若いモーツァルトのメロディメーカーとしての才能。
  • 合唱部の機能:共同体的な価値を音楽で如何に示しているか。
  • レチタティーヴォとアリアの対比:語りと感情表現の役割分担。

総括:モーツァルト初期宗教劇の価値

『第一戒律の責務』K.35は、若きモーツァルトが宗教的・教育的機能を持つ劇作品にいかに取り組んだかを示す貴重な一作です。形式面ではガラン様式の明快さを基盤としつつ、宗教的重厚さを失わないバランス感覚が光ります。若年期の作品としては完成度が高く、後の大作へと向かう過程を理解するうえで欠かせないピースです。

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参考文献