モーツァルト『アポロとヒュアキントゥス』K.38(1767)を聴く:少年モーツァルトのオペラ的手腕と古典主義の萌芽

作品概要

「アポロとヒュアキントゥス(Apollo et Hyacinthus)」K.38は、1767年に11歳のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲したラテン語の劇音楽(しばしば“インテルメッツォ”や“セレナータ”と呼ばれる形式)です。原話はオウィディウス(Ovid)の『変身物語(Metamorphoses)』に取材しており、若き美少年ヒュアキントゥスの悲劇と、それをめぐる嫉妬・愛・変容の物語を扱います。台本はザルツブルクの教師ルフィヌス・ヴィドル(Rufinus Widl)によるラテン語詞で、大学の行事の付随劇として上演されることを意図して書かれました。

歴史的背景と制作状況

1767年、モーツァルト一家はザルツブルクに滞在し、宮廷や大学関係の仕事を多数手掛けていました。当時のザルツブルクは学術と宗教儀礼が音楽文化と密接に結びついており、ラテン語台本による劇は大学行事の目玉となることがありました。本作はそうした風土の中で生まれ、学生や聖歌隊員、地元の音楽家が出演する小規模な舞台のために書かれた点が特徴です。

作曲当時のモーツァルトはまだ11歳でしたが、本作には既に作曲家としての非凡な資質が随所に見られます。短く濃密な楽想、ドラマに即したリズムと和声の選択、合唱と独唱の効果的な配分など、後年のオペラ作品へと繋がる芽が育っていることがわかります。

台本と神話の扱い

原典であるオウィディウスの『変身物語』では、アポローン(アポロ)と美青年ヒュアキントゥスの友情と悲劇、そして風の神ゼピュロス(西風)の嫉妬による事故が描かれます。ヴィドルの台本はこの筋立てをラテン語の劇形に凝縮しており、祭礼的・道徳的な色合いを強めています。登場人物は典型的なギリシア神話の登場人物が中心で、合唱(羊飼いや乙女たち)が群衆の声として機能し、儀式的な空気を作り出します。

編成と形式

本作は短い三幕(または三場)の形式をとり、独唱(アリア・二重唱)・合唱・伴奏付きレチタティーヴォが交互に現れます。編成は当時の小劇場仕様に合わせた室内オーケストラで、弦楽器を中心に木管やホルンが彩りを添える構成が多く見られます。モーツァルトは限られた楽器資源の中でも、響きのバランスに配慮した書法を用い、場面ごとの色彩(牧歌的な場面の軽やかさ、悲劇場面での和声の深まり)を巧みに描き分けています。

音楽的特徴と作曲技法

少年モーツァルトの作風として、本作にはいくつかの注目点があります。

  • 旋律性の早熟さ:短いフレーズにおいても歌心が明確で、主役の感情を直接的に伝える旋律が多用されます。
  • 和声の効果的な使用:単純な和声進行の中に突然の転調や短いディレイを挿入し、場面の転換や感情の揺らぎを表現します。
  • 合唱の劇的機能化:合唱が単なる装飾ではなく、観客の視点を提示したり、神話的・儀式的なコメントを担ったりすることで、舞台劇としての完成度を高めています。
  • レチタティーヴォとアリアの対比:伴奏を持つアリアで内面の独白を深め、簡潔なレチタティーヴォで物語を前進させる、古典的オペラの手法が既に体得されています。

ドラマと音楽の結びつき

物語の核は嫉妬と喪失、そして変容という普遍的テーマです。モーツァルトはヒュアキントゥスの死やアポロの嘆きをシンプルながら効果的な音楽語法で描き、特に合唱を用いた嘆きや祈りの場面には古典期の厳粛さと青年の共感性が同居します。悲劇の瞬間を劇的に見せるために、管楽器や弦の使い分け、短い旋律の反復による強調などを用いており、これは後年のオペラ作法の萌芽と読めます。

上演史と受容

本作は当初ザルツブルクの大学行事で上演されたため、その性格は教育的・儀式的でした。その後はモーツァルトの他の早期作品同様、長らく上演機会が限られていましたが、20世紀以降の古楽復興やモーツァルト研究の進展に伴い、学術的・演奏的な関心が高まり、改めて舞台や録音で紹介されるようになりました。現代の上演では、当時の声域や奏法に配慮した実演(カストラート役は女性ソプラノやカウンターテナーが歌うなど)が行われることが一般的です。

演奏上の留意点

演奏者・指揮者にとっての留意点は次の通りです。

  • 言語:原台本はラテン語であるため、意味を明確に伝えつつ音楽と語感を一致させることが重要です。
  • 声域の選択:ヒュアキントゥス役などは当時カストラート相当の高声で歌われた可能性があるため、モダンな上演では声質の選定が作品の印象を左右します。
  • 楽器編成とピッチ:古楽器や低めのピッチで演奏すると当時の響きに近づきますが、現代オーケストラで演奏する場合はバランスと透明性を重視する必要があります。

作品の位置づけと意義

「アポロとヒュアキントゥス」はモーツァルトの若年期作品の中でも、物語と音楽が有機的に結びついている点で特に重要です。劇的構成、合唱の効果的使用、簡潔で印象的な旋律など、後の成熟期オペラへと向かう種々の要素が顔を出しています。学術的にはモーツァルトの作曲技法の発展や当時の上演習慣を理解するうえで貴重な資料であり、演奏面では青年期の感性と古典主義的均衡感を味わえる魅力ある作品です。

現代の鑑賞のしかた

初見の聴衆には長大な台本や派手な見世物性を期待させないことがコツです。短く集約された一連の場面を、登場人物の心理変化や合唱の役割に注目して聴くと、モーツァルトの早熟なドラマツルギーがよく見えてきます。また、ラテン語詞の意味を予習しておくと、各アリアや合唱がどのように物語を補強しているかがより明確になります。

まとめ

K.38「アポロとヒュアキントゥス」は、少年モーツァルトの作曲家としての技量と古典主義的感性が凝縮された作品です。規模は小さいながら、人物描写の的確さ、合唱と独唱の配分、舞台的効果の巧妙さといった点で、後年の大作に通じる資質を示しています。研究者・演奏者にとっては素材としての価値が高く、一般聴衆にとってもモーツァルトの創造力を身近に感じられる一作です。

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参考文献