モーツァルトの謎めいた断章:ジブラルタル襲撃についての吟遊詩人の歌 K. Anh. 25(K6. 386d)をめぐって

導入 ─ 作品表記と謎

本稿は、しばしばカタログの付録(Anhang)に記載される断片的な作品、モーツァルト作と伝わる『ジブラルタル襲撃についての吟遊詩人の歌「おお、カルペよ、お前の足元に雷鳴が轟く」』K. Anh. 25(K6. 386d)について、史的背景、筆跡と帰属の問題、楽曲の断片から読み取れる音楽的要素、復元や上演にまつわる実務的かつ倫理的な課題を含めて深掘りします。

タイトルの読み解きと原語の検討

提示される邦題は詩的かつ劇的であるものの、原語表記や正確な歌詞がどの程度現存するかは不明確です。ここで注意したいのは "カルペ(Carpe)" という語の曖昧性です。ラテン語の動詞 carpe は直訳すれば "掴め" や "奪え" といった命令形ですが、人名としての Carpe も想定できます。18世紀の吟遊詩人的な人物名として Carpo や Carlo といったイタリア名の変形が用いられることもあるため、原稿の読み取りや転写段階での誤記が混入している可能性が高いと考えられます。

カタログ表記と帰属の曖昧さ

この断章は一般にカタログの付録に分類される稿とされ、K. Anh. 25 として言及されることがあるほか、K6(第6版以降の再配列)で 386d と付番されることもあります。Köchel目録は改訂を重ねる過程で真作・疑作・断片・偽作を再分類してきたため、Anhang に入る作品群はしばしば帰属が不確かなものを含みます。したがって、K. Anh. 25 という表記は『モーツァルト作である可能性があるが決定的ではない』という学術的な保留を示すものです。

原資料の所在と筆跡・写譜の問題

断片が自筆譜のスケッチなのか、あるいは写譜や二次資料に依るものなのかは、作品の信頼性判断で極めて重要な要素です。自筆の草稿であれば筆跡や用紙の種別、インクや筆記法から製作時期の推定が可能ですが、写譜や伝聞的な記載の場合は後世の補入や変形が入りやすく、帰属判定が難しくなります。K. Anh. 群の多くは写譜や断片的なスケッチとして伝わるため、筆跡学的検査や紙質調査、他の確定作品との比較が必要です。現時点でこの作品について確定的な自筆証拠が公的に提示されているという一次資料は限定的であり、帰属は慎重に扱うべきです。

歴史的背景──ジブラルタルと18世紀の音楽的応答

ジブラルタルを巡る軍事的・外交的事件は18世紀を通じてヨーロッパの関心事であり、戦争・包囲・海戦に関する歌や詩は俗謡や舞台作品を通じて広く流布しました。モーツァルト自身が直接ジブラルタルの軍事行動に関与した記録はありませんが、ウィーンやイタリア、ドイツの都市部で流通した新聞やパンフレット、風刺詩などを通じて話題を知り、その内容を短歌や演目に取り込む可能性は否定できません。ただし、モーツァルトの活動時期と主要なジブラルタルを巡る事件の年代を照合すると、直接的な時期対応が常に一致するわけではありません。したがって作品が真作であったとしても、いつ・どの事件を指しているかを特定するには慎重な史料学的検証が必要です。

音楽的特徴の予測と断片からの読み取り

スケッチのみが現存するとされる場合、断片の旋律線、和声の示唆、リズム模様、拍子記号などの痕跡から作曲者の手癖を推定します。若きモーツァルトの歌曲や舞台曲の断片に見られる特徴としては、次のような点が挙げられます。

  • 簡潔で覚えやすい歌唱旋律。短いフレーズの反復と連結が多用される。
  • 和声進行は基本的に古典派前半の機能和声に従うが、装飾的な第六和音や借用和音を効果的に用いることがある。
  • 伴奏は通奏低音的な書法から発展した簡明な和声支えで、弦または鍵盤伴奏に馴染む書法が見られる。
  • リズムやアクセントの付け方において、歌詞の言語(イタリア語・ドイツ語・英語など)に対する敏感さが表れる。

断片を具体的に検証する場合、上記の要素と既知の自筆譜の筆致を比較することが必要です。例えば旋律の運動、典型的な終止形、モチーフの再利用などはモーツァルトの作風の指標になりうる一方、安易な類推は誤った帰属を生むリスクがあります。

復元・補筆の方法論と実践的課題

もしスケッチしかない作品を現代に甦らせるなら、編集者や作曲家は幾つかの段階を経るべきです。まず断片の確定的部分と不確定な部分を明示し、補筆は明確に区別して提示すること。次に同時期のモーツァルト作品や彼と同時代の作品群を参考に和声進行、伴奏様式、続行部を構築する方法が採られます。重要なのは復元案が歴史的根拠に基づくこと、そしてその判断過程を注記として示すことです。

実際の上演や録音に当たっては、リハーサルでの演奏解釈やアクセント、テンポの選択など実演的決定が作品の印象を大きく左右します。また、断片のまま上演する場合は「スケッチ断片そのまま」と明記するのが学術上の誠実さです。補筆がある場合は、補筆者の氏名と方法論、どのパートが補われたかを楽譜上で可視化しなければなりません。

倫理的・音楽学的留意点

断片を巡る復元には倫理的な配慮が必要です。作品を「モーツァルト作品」として宣伝する場合、聴衆は高い期待を抱きますが、帰属が不確かな場合は誤解を招きかねません。したがって学術出版やプログラムノートでは帰属の不確定性を明記し、補筆の性質と根拠を透明にすることが不可欠です。また、録音や商業リリースの際にも同様の配慮が求められます。

類例と比較──他の疑作・断片との対比

モーツァルトには確定的な作品群の他に、疑作や断片が数多く存在します。これらの扱い方を比較検討することで本断章の取り扱いに対する方針を検討できます。例えば、ある断片が最終的に他作曲家に帰属された例や、補筆を経て現代に上演され学術的了承を得た例など、過去のケーススタディは有益です。重要なのは各ケースでどのように証拠が積み上げられ、どのような批評が交わされたかを丁寧に追うことです。

今日に生かす意味──演奏者・研究者への提言

演奏者には次の点を提言します。まず断片を演奏するならば、作品の史的コンテクストと帰属の不確かさを明記した上で演奏者による解釈ノートを添えること。次に補筆を行う場合は、既存のモーツァルト作品との照合を十分に行い、過度な創作を避けること。研究者には、筆跡学、紙質調査、そして音楽的スタイル分析の複合的手法で証拠を積み重ねることを勧めます。

まとめ ─ 不確かな断片が教えるもの

K. Anh. 25(K6. 386d)とされるこの断章は、モーツァルトのレパートリーにおける"空白"の一端を示す好例です。確かな一次資料と慎重な学術的方法論があって初めて帰属が肯定され得る一方、断片そのものが当時の文化や音楽実践を映す鏡となりうることも忘れてはなりません。断章を扱う際には、史料批判と音楽的直観の両輪が求められます。

エバープレイの中古レコード通販ショップ

エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

エバープレイオンラインショップのバナー

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery

参考文献