モーツァルト「心優しく君を愛す」K. 348 (K6.382g) — 疑作説をめぐる検証と演奏の視点

作品の概要と現状

モーツァルトの歌曲とされる「心優しく君を愛す」(日本語題)は、楽譜にしばしば「K. 348(K6.382g)」という番号で記載されることがあります。しかし、現在の音楽学的見解ではこの作品はモーツァルトの真正作であるかどうか疑わしいとされており、「疑作(spurious)」の扱いが有力です。本稿では、作品の伝来・写本の状況、スタイル的特徴、疑作とされる理由、関連する典拠・カタログの扱い、演奏上の注意点や現代での受容までを幅広く整理します。

番号表記について:K. 348 と K6.382g の意味

「K.」は作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品番号を示すケッヘル(Köchel)番号を指します。ケッヘル目録は何度か改訂されており、改訂版では番号の付け直しや補遺(Anh.=付録)への移動が行われています。表記「K6.382g」のように改訂版の分類を示す場合もあり、番号の後ろに付記される文字や小番号は目録編集の過程での補足を示します。疑作や偽作、あるいは真筆資料の欠如などにより、作品の分類が不確定なケースでは番号表記に複雑さが残ります。

伝来と写本・版の状況

疑作扱いとなる最大の要因の一つは、原典(モーツァルト自筆譜=自筆譜)の不在です。モーツァルトの確実な作品では自筆譜や信頼できる初出版譜(作曲当時に近い版)、あるいは弟子や友人による校訂譜が存在することが多いのに対し、疑作群はしばしば19世紀以降の複写譜や楽譜出版社の編曲譜として出現します。こうした資料は、作曲者の手になる直接証拠がないため、帰属に慎重を要します。

加えて、当時の楽譜市場では「有名作曲家の名前を付して売る」慣行があり、収益や普及のために作曲者名の偽装や誤記が行われた例があります。K. 348 として伝わる楽譜も、そうした商業的過程を経て流布した可能性が指摘されています。

スタイル分析:モーツァルトらしさはあるか

音楽学者が作曲者の帰属を検討する際、和声進行・対位法的処理・メロディラインの運び・伴奏書法・声部の語法など、複数の要素を比較検討します。モーツァルトの歌曲や小品には、しばしば巧みな短期的動機処理、予想外の和声転回、オペラ的な声楽表現の取り入れ方などが見られます。

K. 348 とされる作品については、研究者たちが指摘する点として以下のようなものがあります:

  • 和声進行や伴奏配置が、同時代の一般的な歌謡風(サロン風)の傾向を示し、モーツァルトの他の確実作と比較すると簡潔すぎる/平板に感じられる部分がある。
  • 声部の扱いや語尾処理において、モーツァルトが好んで用いた「意外性」や巧みなモティーフ発展が欠けているという指摘。
  • テクスチュア(声と伴奏の関係)において、ピアノ伴奏が装飾的・伴奏中心的であり、モーツァルトのオペラ的・叙情的統合と異なる側面がある。

ただし、これらは比較音楽学的・様式的な判断であり、最終的な結論は写本・出版史などの物的証拠と合わせて検討されます。スタイルだけで絶対的に断定することは難しいのが実情です。

カタログや学界での扱い

ケッヘル目録の改訂やニュー・モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe, NMA)などの現代的総合カタログでは、真正作と疑作・偽作は区別されます。疑わしい作品は付録扱いにされたり、注記付きで掲載されたりします。音楽学の総説や各種データベース(NMA のオンライン版、デジタル・モーツァルト・エディションなど)では、K. 348 に該当する作品は慎重に注記が付けられていることが多いです。

記譜・出版社の関与と誤帰属のメカニズム

18世紀末から19世紀にかけての楽譜流通は地方出版社や写譜師を通して行われ、出版史の混乱や誤写が容易に起きました。特にモーツァルトの名声が確立した後は、モーツァルトの名を冠することで販売を拡大しようとする動きがあり、これが誤帰属を多数生む温床となりました。

また、作曲者自身がある曲を手直ししたり、友人や弟子の作品を援助していた場合には、どこまでが原作でどこからが改作かの境界も曖昧になります。こうした歴史的事情を踏まえると、K. 348 のようなケースが疑作として扱われるのは必然とも言えます。

演奏・録音史と現代の受容

疑作であっても作品自体の質が高ければ演奏・録音の対象になります。演奏家は通常、テクスチュアの扱い、フレージング、語尾の解釈において18世紀末の慣習(詩の意味を尊重した語りのような歌唱、古典派のリズム感)を念頭に置きつつ、個別の楽章や節の処理を決めます。

また、レパートリー上は「モーツァルトの確実作」とは別枠で扱うことが多く、プログラムノートや録音解説には帰属に関する注記が添えられるのが一般的です。聴衆にとっては、作曲家の名前に依らず作品自体の音楽的魅力を評価することが重要です。

演奏上の具体的な留意点

  • テキスト(歌詞)の解釈を最優先に:歌曲であれば詩の意味に沿った語り方、アクセント、デクレシェンドの使い方が重要。
  • 伴奏のバランス:ピアノ(或いはフォルテピアノ)伴奏が装飾的になりすぎないよう、歌との対話を心がける。
  • 装飾や発展の扱い:モーツァルト風の即興的装飾を付けるかどうかは、作品の様式感と演奏史的根拠を考慮する。
  • テンポ選択:歌詞の語感と和声進行の緊張感に基づいて柔軟に決定する。過度に遅くすると単調に陥る可能性がある。

研究上の今後の課題

帰属の最終解決には、写本の来歴調査(プロヴェナンス)や水印の特定、写譜者の比較、当時の出版記録の再検討が欠かせません。さらに、コンピュータを用いたスタイル分析(統計的特徴抽出)も近年有用性を増しており、モティーフ再現、和声パターン、リズム語法の客観的比較を行うことで帰属論議に新たな視点を与えることが期待されます。

まとめ:疑作であることの意味

K. 348(K6.382g)として伝わる「心優しく君を愛す」は、現代のモーツァルト研究では疑作である可能性が高いと扱われています。とはいえ、楽曲自体の音楽的価値は別問題であり、作品をどのように演奏・理解するかは演奏家や聴衆の判断に委ねられます。学界としては資料発掘と科学的分析の継続が望まれ、演奏界としては帰属注記を明示した上で作品を紹介する態度が適切でしょう。

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参考文献