モーツァルト『猫の歌』の真実:偽作の来歴と見分け方
はじめに — なぜ「モーツァルト:猫の歌」は語られるのか
インターネットやCD解説、演奏会のプログラムなどで時折見かける「モーツァルト:猫の歌」「猫の二重唱」といった表記。ひと目で興味を引く題名と「モーツァルト」の組み合わせは、聴衆や購入者の関心を集めやすいものです。しかし、結論から言えば「モーツァルトに『猫の歌』という正規の作品は存在しない」ことが確かめられます。本稿では、その事実を踏まえつつ、なぜこのような偽作・誤認が生まれるのか、どのように見分けるべきか、聴き手や演奏家が留意すべき点を解説します。
「モーツァルトの作品目録(Köchel)」で確認する
モーツァルトの全作品は、一般にK(ケッヒェル)番号で整理されたカタログ(Köchel catalog)に従って参照されます。学術的な検証の第一歩は、該当作品がK番号(または付随する Anhang:付録=疑義作品・偽作)に登録されているかを確認することです。正規のモーツァルト作品であれば、K番号と初出資料、筆写譜や初版の出所が明示されています。逆にカタログに存在しない、あるいは Anhang(付録)扱いの作品は、出典が不確かで偽作・俗作・後世の付与である可能性が高いと見なすべきです。
「猫の歌」はモーツァルトの作品目録にない
現行の学術的なモーツァルト目録やニュー・モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe)を確認すると、「猫の歌」あるいは直訳に相当する独立した作品は収録されていません。したがって、作品としての真正性は否定されます。ネット上や演奏会情報に見られる「モーツァルト:猫の歌」は、タイトルの創作、誤伝、他作品の編曲・パロディなどに起因していることが多いのです。
偽作・誤認が生まれる典型的なパターン
- マーケティング目的の誤表記:有名作曲家の名前を付けることで注目を集めるケース。
- 編曲・パスティーシュの誤解:原曲の一部を引用した編曲やジョーク曲が、原作者の作と誤って広まる場合。
- 伝承・口承による変形:民衆の中で口伝されるうちに作者名やタイトルが変化すること。
- 典拠不明のスコアの流通:手稿の出所不明・匿名の楽譜が流通し、誰かが名をつけてしまうケース。
代表的な類例(検証の参考となる事例)
音楽史には、偽作や誤認が注目を集めたケースがいくつかあります。代表的なものを挙げると、トマソ・アルビノーニの名で広く知られる「アダージョ(Gマイナー)」は、20世紀の研究者が関与した作品であり、真正のアルビノーニ作品であるか否か長年議論されてきました。また、『猫の二重唱(Duetto buffo di due gatti)』は一般にロッシーニの名で流布することが多いものの、実際には19世紀に編まれたパスティーシュに由来するという説明がなされることが多く、作者帰属は明確ではありません。こうした事例は、個々の作品の真正性を検証する際に何を見ればよいかを教えてくれます。
学術的に真正性を検証する方法
演奏会プログラムや録音解説で目にした「モーツァルト作」とされる曲の真正性を検証するには、以下の手順が有効です。
- Köchel CatalogueおよびK. Anhang(付録)を確認する。存在しなければ疑義あり。
- Neue Mozart-Ausgabe(学術全集)の目録を参照する。学術全集に掲載されていない作品は詳細な出典確認が必要。
- 原典(自筆譜、初版楽譜、当時の写し)の所在を調べる。筆跡・紙質・水印・出版社情報が信頼性の鍵になる。
- RISM(楽譜総合目録)、IMSLPなどの楽譜データベースで同一稿の伝本を照合する。
- 音楽学・音楽史の専門家による注記や論考(Grove Music Online など)を参照する。
音楽的特徴からの見分け方
楽曲のスタイル分析も有効です。モーツァルト特有の音楽語法としては、自然で均整のとれたフレーズ運び、均衡を重んじた動機の展開、明快な和声進行と機知に富む転調処理、そしてオペラ作品における登場人物の心理描写を反映した語り口などが挙げられます。もし曲が、モーツァルトの他の作品に見られる語法とかけ離れている(和声語法がロマン派的、伴奏法が後代的、声部処理が不自然など)なら、作者帰属に疑問が生じます。
なぜ“猫”という題材が曲名につけられるのか
『猫の歌』のようなユーモラスな題材は、18〜19世紀にかけてのサロン文化やパロディ音楽の中で好まれました。動物や擬声語を使ったジョーク音楽は、庶民の娯楽としても、声楽の練習用レパートリーとしても重宝されます。したがって“猫”を題材にした楽曲が後世に作られ、それに有名作曲家の名が添えられて広まった可能性は十分に考えられます。
録音や楽譜を手にしたときのチェックポイント
- 楽譜の初版情報(出版社・年)を確認する。18世紀に印刷された証拠があるか。
- 自筆譜の存在有無。自筆譜が残っていれば筆跡学的分析で信用性が高まる。
- 他作品との盗用・引用関係。主題が既存の有名曲の転用でないか。
- 曲名や編者名、脚注の内容。編曲者やパロディである旨が明示されているか。
聴き手としての姿勢 — 偽作でも楽しめる音楽性
重要なのは、作曲者の真正性が音楽そのものの価値を完全に決めるわけではないという点です。偽作や寄せ集めのパスティーシュであっても、その音楽が楽しめるならば聴取価値はあります。ただし、学術的・歴史的な文脈で扱う場合は、出典や作者帰属を明確に表示することが求められます。特に教育や全集編集の場では、誤った帰属が後世に影響を与えるリスクがあるため、慎重な表記が必要です。
実践的アドバイス — ブロガー・編集者としてのチェックリスト
- 情報を出す前にKöchel目録やNeue Mozart-Ausgabeを確認する。
- インターネット上の資料は鵜呑みにせず、複数の一次資料(楽譜、学術書)を当たる。
- 曲名に「○○風」「編曲」「パロディ」などの注記がないか確認する。
- 疑わしい場合は「伝承上はモーツァルトの名で流布しているが、学術的には真正性が確認されていない」と明示する。
結論 — 「モーツァルト:猫の歌」についてのまとめ
現在の学術的な資料に照らすと、「モーツァルトに『猫の歌』という正規の作品は存在しない」という結論が妥当です。ネットや民間の楽譜・録音に見られる「モーツァルト作」という表記は、誤伝・編曲・マーケティングなど様々な要因に起因することが多く、作品の真正性を確かめるにはKöchel目録や学術全集、原典資料の確認が不可欠です。一方、音楽としての魅力や娯楽性は別次元で評価できますので、聴く際には出典表示に注意しつつ、純粋に楽しむ姿勢も大切です。
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参考文献
- Köchel catalogue — Wikipedia
- Neue Mozart-Ausgabe (Digital Mozart Edition)
- IMSLP / Petrucci Music Library
- RISM — Répertoire International des Sources Musicales
- Duetto buffo di due gatti — Wikipedia(誤認事例として参照可能)
- Adagio in G minor — Wikipedia(Albinoni/Giazotto の事例)
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