モーツァルトの5声カノン「アーメン」:偽作の真相と音楽的検証
序論 — なぜ「アーメン」が問題になるのか
「モーツァルト:5声のカノン『アーメン』」と題された短い宗教的カノンは、近年のカタログや録音リストの中でときおり見かけられます。しかし、現代のモーツァルト研究ではこの作品は正統な作曲者表示を持たない、もしくは偽作・疑作として扱われることが多く、その成立過程や音楽的特徴を慎重に検討する必要があります。本稿では、史料学的観点、様式分析、受容史の三方向からこの「アーメン」カノンを掘り下げ、なぜ偽作とされるのか、また演奏・編曲に際しての注意点を示します。
史料的背景と出典の扱い
楽曲の真正性を判定する際、最も基本となるのは一次史料の所在と性質です。正真正銘のモーツァルト作品であれば、自筆譜や信頼できる写譜の伝来、18世紀末から19世紀初頭にかけての明確な典拠が期待できます。対して「アーメン」カノンの場合、典拠が断片的であったり、写譜が複数の異なる手者によって断片的に伝わっている、あるいは18〜19世紀の合唱集や教会用コレクションに無署名で掲載されている場合が多い点が指摘されています。
また、モーツァルトの作品目録であるケッヘル(Köchel)目録やその改訂版、並びにNeue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集)等の主要編集は、真正と認められない作品を付録や別表に分ける手法を採ります。多くの研究者が参照するこれらの目録において「根拠薄弱」「疑作」「偽作」などの注記が付されている作品群に、この「アーメン」カノンが含まれることが、現代の見解を特徴づけています。
なぜ偽作とされるのか — 判定基準の整理
偽作・疑作判定は以下のような要素の総合判断で行われます。
- 写譜・自筆譜の有無とその筆者(筆跡学・水印調査)
- 当時の楽曲流通や典礼用書物における伝承経路(プロヴェナンス)
- 和声進行、対位法、モチーフの展開など様式的整合性の有無
- 同時代の言及(手紙や目録)や初出の日時
「アーメン」カノンに関しては、写譜の筆跡がモーツァルト本人とは一致しないこと、水印や用紙がウィーン以外の印刷・書写網に由来すること、そして対位法的処理や和声の用い方がモーツァルトの既知のカノン群と比べて異質である点が、疑義の主たる根拠とされています。
様式分析 — 音楽的特徴から見た比較
ここでは一般的な様式比較の視点を挙げます。モーツァルトの真作カノンは、しばしば簡潔な主題提示、明快な模倣間隔(しばしば8度・5度・4度などの標準的なカノン間隔)、そして短い周期で完結する構成をとることが多いです。加えて、モーツァルトは可聴性を損なわない範囲で巧みに和声を補強し、ユーモアや宗教的敬虔さをテキストに応じて表現しています。
対して、問題の5声『アーメン』は、五声という厚いテクスチャが特徴ですが、対位法上の処理がやや機械的である、調的な曖昧さや非効率な転調が見られる、声部の配分が不自然で合唱実践上の扱いにくさを残すなど、モーツァルトの通常の筆致とは食い違う点が指摘されます。もちろん、これらは断定の根拠というよりは疑義を強める傍証です。
類例と文脈 — 同時代のカノン伝統
18世紀後半から19世紀初頭にかけて、カノンは教会音楽や音楽家コミュニティ内で広く用いられました。短い『アーメン』や終結句としてのカノンは、即興や模範演奏、教育素材として定着しており、匿名で刊行されたり、後世の編集者が著名作曲家の名を付して流通させることも珍しくありません。したがって、単に作品が短く平易であることや、手稿が匿名であることだけでは偽作と断定できない事情があります。
受容史 — どのように「モーツァルト作」とされたか
作品がモーツァルト名義で世に出る経路は多様で、友人や弟子による写譜、教会関係者の配布、あるいは19世紀に行われた全集編纂や選集の際の誤認などが関与します。近代以降の録音や合唱レパートリー集に収録された例もあり、それが一般聴衆の間に「モーツァルト作」という印象を固定化したケースもあります。しかし、近年の音楽学的検討は史料再調査と科学的鑑定(紙・インクの分析、筆跡比較)を通じて誤認を是正しつつあります。
誰が作曲したのか — 仮説の現状
このカノンの実作者については確定的な結論は出ていません。可能性としては同時代の無名作曲家、あるいは後世の編曲者や写譜者による加工が考えられます。モーツァルトの周辺には多数の音楽家や愛好家がいて、彼らが作った短い宗教曲や練習曲が流通する過程で名義が錯綜した事例は既に知られています。現時点での学術的見解は、確かな証拠が提出されない限り“仮定的な作者名”を付すことは控えるというものです。
演奏・編曲上の注意点
演奏家や指揮者がこのような疑義のある作品を取り上げる際には、次の点を検討すると良いでしょう。
- 版の選択:信頼できる批判校訂版(出典注記が明示されたもの)を用いる。
- 歴史的演奏慣習:18世紀後期の合唱法、音域配慮、テンポ感を考慮する。
- 装飾と均衡:五声という厚みを活かしつつ、テクスチャのバランスを工夫する。
- プログラミング上の表記:プログラムや録音解説で作品の真偽や出典について明示する(聴衆の誤解を避けるため)。
まとめ — 学術的慎重さと音楽的価値
「モーツァルト:5声のカノン『アーメン』」は、その名付けゆえに注目を集めますが、現代の音楽学は史料と様式の両面から慎重に判断する立場を取ります。仮に真正のモーツァルト作でないとしても、歴史的文脈や音楽的特徴から価値ある実践曲として評価することは可能です。重要なのは、作品を演奏・紹介する際に出自の不確かさを正直に示し、一次史料や批判版に基づいた取り扱いを行うことです。
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参考文献
- Neue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集) — Wikipedia
- ケッヘル目録(Köchel catalogue) — Wikipedia
- モーツァルト作品目録(偽作・疑作の一覧) — Wikipedia
- IMSLP: Mozart — Canons カテゴリ
- Grove Music Online(Oxford Music Online) — 検索ページ
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