バッハ BWV46 「考えみよ、かかる苦しみのあるやを」——苦悩と慰めの音楽的考察
序論:BWV46とは何か
J.S.バッハの教会カンタータ BWV46(独題: Schauet doch und sehet, ob irgend ein Schmerz sei、日訳例: 「考えみよ、かかる苦しみのあるやを」)は、宗教的な苦悩と神の慰めを主題に据えた深い宗教音楽作品です。バッハのライプツィヒ時代に属する典礼音楽の一つとして位置づけられ、聖書の言葉やルター派の賛美歌的要素と当代の詩的解釈を組み合わせることで、神学的主題を音楽的に表現しています。
テキストと典礼的背景
このカンタータのテキストは、典礼の聖書箇所や既存の賛美歌の一節、そして匿名の併記詩(当時の礼拝用カンタータにしばしば見られる様式)が混在している様式を取ります。バッハは聖句の直接引用と詩的解釈を対置させることで、聴衆に神の裁きや慰めを二重の視点から経験させます。テキストの主題は、人間の苦悩の現実性を直視しつつ、信仰による救いと希望を提示することです。
こうした主題設定はルター派の説教・礼拝構成と深い親和性があり、当日は聖書の朗読と説教と呼応するようにカンタータが機能したと考えられます。バッハはしばしばカンタータの中で、福音書や旧約聖書の句をモティーフとして再利用し、音楽的にその神学的含意を拡張しました。
楽曲構成と編成(概観)
BWV46は合唱と独唱(ソロ)を交互に配した伝統的なバロック・カンタータの形式を踏襲しており、終曲に賛美歌の四声コラールを置く構造が典型的です。器楽は弦楽器群と通奏低音を中心に、木管やオーボエ類が色彩的に用いられることが多く、合唱と独唱の対比、器楽リトルネルロの反復主題、そしてオーケストラと声部の対位法的結合が聴きどころになります。
バッハは楽器の色彩(タイムレッジ)を慎重に選び、苦悩を表す場面では低音域や短いフレーズ、半音階的進行、伸ばしのある不協和で緊張を生み、慰めや希望を表す場面では上向の旋律線や長3度・和声的安定を用いるなど、器楽配置と和声進行を通じて物語を語らせます。
音楽的特徴と語法(詳細分析)
1) アフェクト(affect)表現: バッハは“音楽的レトリック”を駆使して、悲嘆・嘆き・恐れ・慰めといった感情を具体的なモティーフで表現します。たとえば、下行する半音階進行は嘆きや喪失を想起させ、短い付点リズムや切迫したパッセージは不安や緊張を強調します。その対比として、解決部や合唱の和声的安定は信仰の確信と慰めを示します。
2) テキスト描写(ワード・ペインティング): バッハは言葉の意味に応じて音楽的モティーフを直接描写します。苦しみ・涙といった語には半音階や下降線形、長い休止や伸ばしが対応し、望み・救いといった語には上行形・長調の和声・輝かしい楽器の援用が多く見られます。こうした手法は、聴取者に言葉の意味を直感的に届ける役割を果たします。
3) 対位法と合唱技法: 合唱曲では対位法的な発展が随所に見られます。導入主題が器楽リトルネルロとして提示され、それが合唱の各声部で模倣・拡張されることで、テーマが神学的な議論のように展開します。これによりテキストの論理性と感情的な訴えが同時に成立します。
4) 和声と調性の扱い: バッハは調性を感情の場面転換に用います。悲嘆を表す場面ではしばしば短調や複雑なクロマティシズムを取り入れ、希望と慰めの場面では完全・副和音的な解決を与えます。移調や短調→長調への転換が「苦難からの救い」という神学的主題を音楽的に補強します。
演奏史と録音の視点
BWV46も含めバッハの教会カンタータ群は、20世紀後半から歴史的演奏実践(HIP: historically informed performance)に基づく再発見が進み、ピリオド楽器や小編成合唱による演奏が増えました。これにより、バッハの細かな内声の動きや器楽の色彩が明確になり、テキスト表現の微妙なニュアンスが聴取しやすくなっています。
一方で、近代的フルオーケストラと大編成合唱による伝統的な解釈も根強く、両者にはそれぞれの魅力があります。HIPはテクスチュアの透明さや古楽器特有の音色を提供し、伝統的解釈は総合的な壮麗さや音響的深さを強調する傾向があります。指揮者や合唱団の解釈によって、同じスコアから全く異なるドラマが生まれるのがカンタータの面白さです。
具体的な“聴きどころ”ガイド
- 開幕合唱:主題の提示とその後の模倣進行に注目。器楽イントロの動機がどのように合唱へ受け渡されるかを追うと、テキストの主題(苦悩を見よ)が音楽的に展開される様が理解しやすくなります。
- アリアとレチタティーヴォ:独唱パートは個人的な信仰の告白や問いかけを担います。装飾的な器楽伴奏やソロ楽器の対話に耳を澄ませ、言葉と旋律の結びつきを聴き取ってください。
- コラール(終曲):四声コラールは共同体の応答を象徴します。和声進行と終止の働きにより、個々の苦悩が共同体的な信仰に回収されるプロセスが示されます。
解釈上の留意点
バッハのカンタータを演奏・鑑賞する際、テキストと音楽の相互関係を常に念頭に置くことが重要です。テキストの細部(単語のアクセント、反復、対比)に音楽が具体的に反応している場合が多く、そこを見落とすと表層的な美しさだけに終わる危険があります。また、演奏時のテンポ設定やダイナミクスは神学的解釈とも関係するため、指揮者・歌手の神学的理解が音楽表現に直接影響します。
結び:BWV46が現代に伝えるもの
BWV46は、個人的な苦悩と共同体的な慰めを同時に描くことで、聴き手に深い精神的体験をもたらします。バッハは音楽を用いて神学的命題を生きた感情へと変換し、言葉では到達しがたい内面の動きを音響的に可視化しました。本作は、単なる過去の宗教音楽ではなく、現代のリスナーにも普遍的な問いを投げかける作品として、繰り返し演奏され続ける価値を持っています。
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参考文献
- Wikipedia: BWV 46
- Bach Cantatas Website: BWV 46
- Bach Digital(作品目録・資料検索)
- Christoph Wolff, "Johann Sebastian Bach: The Learned Musician"(Harvard University Press)
- Oxford Music Online(Grove Music Online)
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