バッハ「BWV 47 『おのれを高うするものは低うせられ』」──謙遜の音楽学と演奏解釈
作品概説:題名と聖書的基盤
「Wer sich selbst erhöhet, der soll erniedriget werden(おのれを高うするものは低うせられ)」として知られるBWV 47は、ヨハン・セバスティアン・バッハの教会カンタータの一作であり、題名そのものがルカ福音書の言葉に直結しています。主要な引用箇所はルカの福音書14章11節および18章14節で、キリスト教倫理における〈謙遜〉を主題とする短い格言が中心になっています。この言葉は典礼的文脈で用いられることが多く、カンタータのテクスト(原詩)は聖書の教えを受けて、当時のドイツ語礼拝の言語感覚に即して展開されます。
テキストの構造と神学的焦点
BWV 47におけるテキストは、説教的でありながらも個人的な救済観に触れます。ルカの教える“高慢は低められ、へりくだる者は高められる”というテーマが、アリアやレチタティーボ(朗唱)を通じて内面的な反省へと導く構成が一般的です。バッハはしばしば聖書句を直接引用しつつ詩的な補助テキストを挟み、会衆に向けた説得力を高めています。
音楽的特徴:形と語り口
この種の主題に取り組むバッハの手法は、説得力あるテキスト表現(テキスト・ペインティング)と厳格な対位法の併用にあります。例えば、〈高める〉という語に対しては上昇的な音型や長調の輝かしい和音進行を与え、〈低める〉や〈堕ちる〉といった概念には下降進行や短調の転回、半音的な屈折を用いるといった具合です。バッハはここで、言葉の意味を音そのものに写し取ることで聞き手の感情を直接刺激します。
形式的考察:動機と対位法
バッハのカンタータでは、しばしば短い主題動機が全曲を通して統一装置として機能します。BWV 47でも、中心となる短いリズムや音形が合唱、アリア、伴奏群に繰り返し現れることで、テキストの焦点が音楽的にも強調されます。また、対位法的な扱い(フーガ的な応答や模倣)により〈わたし=自我〉と〈教え=他者・神〉の緊張関係が音楽的に表現される点は注目に値します。特に高慢を表すパッセージはしばしば錯綜する対位線で描かれ、最後には和声的に収束することで諭しの帰結を提示します。
色彩と編成:楽器と声部の役割
バロック時代のカンタータにおいて、楽器の選択はテキスト解釈と密接です。明るさや威厳を示すトランペットやコルネットは“高める”概念に適しており、一方でオーボエ(あるいはオーボエ・ダモーレ)やヴァイオリン・ソロは内省的なアリアやレチタティーボに豊かな色合いを与えます。通奏低音(チェンバロ、オルガン、チェロ、コントラバス等)は語りの基盤を提供し、テキストの一句一句を支える“神学的な地盤”として機能します。
表現と演奏解釈のポイント
- テンポ選択:主題の道徳的重みを反映させるため、急ぎ過ぎないテンポが好まれるが、過度に遅くすると説得力が損なわれる。
- アゴーギク:語尾の減速やフレージングの微細な強調で“謙遜”や“悔い改め”の感情を表現する。
- 声部の扱い:ソロ歌手は説教者兼懺悔者としての二重性を意識し、語り口の変化(直接的訴え→内省→確信)を声色で示す。
- 歴史的奏法:装飾やイントネーションは当時の慣習に基づくが、現代の室内楽的均整を失わない範囲で柔軟に解釈されることが多い。
録音と解釈史の概観
20世紀後半から歴史的演奏法の普及により、BWV 47を含む多くのカンタータが原典版や歴史的楽器で再解釈されてきました。各指揮者・演奏団体は、合唱人数、ピッチ、オーケストラの編成、テンポ感などで異なる思想を示します。録音を通して比較する際は、音質だけでなく思想(礼拝での使用を意識した録音なのか、コンサート作品としての提示か)を判断基準にすると、作品の多層性が見えてきます。
楽譜と校訂版:学術的な参照
学術的な研究や演奏準備には、新バッハ全集(Neue Bach-Ausgabe)や近年の校訂版が重要です。原典校訂はリズム的曖昧さや装飾記号の解釈に関する手がかりを与え、通奏低音の指示やオケ編成のバリエーションを検討する際に欠かせません。また、アルフレッド・デュールやクリストフ・ヴォルフといった研究者の著作は、カンタータの成立背景やバッハの創作手法を理解するための基礎文献となります。
演奏上の実践例:指揮者と歌手への提言
演奏現場では以下の点を意識すると効果的です。まず、テキストの語尾や語頭を明確にし、説教的な語りを聴衆に届けること。次に、合唱はバランスを過度に均一にしないこと。高慢を表す楽想と謙遜を示す楽想を対比させることで、物語性を持たせる。ソロ歌手は装飾を用いる際に意味を持たせ、単なる技巧の見せ場にしないことが重要です。
まとめ:音楽が語る倫理
BWV 47は短い命題を素材に、バッハがいかにして音楽的語法で倫理的命題を可視化するかを示す好例です。音楽の中で〈高める〉と〈低める〉の対照が織り成され、最終的に聴き手を内省へと導く——このカンタータは説教的効果と音楽的完成度とが高度に融合した作品だと言えます。演奏・聴取の際には、テキストの重みを常に起点に置き、和声・対位・色彩の細部が何を語ろうとしているのかを読み解く姿勢が求められます。
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参考文献
- Bach Cantatas Website: BWV 47
- Bach Digital (デジタル・バッハ・アーカイブ)
- Alfred Dürr, "The Cantatas of J. S. Bach" (Oxford University Press)
- Christoph Wolff, "Johann Sebastian Bach: The Learned Musician" (W. W. Norton & Company)
- ルカによる福音書 14:11 / 18:14(ルター訳) — BibleGateway
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