バッハ(BWV 572)幻想曲 ト長調 — 作品解説と演奏ガイド
イントロダクション — BWV 572とは
『幻想曲 ト長調 BWV 572』は、ト長調のオルガンのためのフリーな形式の作品で、現在はバッハの作品目録(Bach-Werke-Verzeichnis: BWV)に登録されています。楽曲は自由奔放な即興性を強く残す「幻想曲(Fantasia)」の語法に則り、装飾的な右手の流麗なパッセージと、対位法的または舞曲風の区間が交互に現れることで知られます。ただし、本作品の作曲者帰属については学術的に議論があり、かつてはヨハン・ゼバスティアン・バッハの作とされてきたものの、現代の研究では帰属に慎重な見方も提示されています(以下、帰属や伝承については出典に基づき慎重に扱います)。
作曲・伝承・版の問題
BWV 572 はバッハ目録に収められているものの、自筆譜(筆写譜の原本)が現存しないため、伝承史に不確定要素があります。現存する写譜や初期の版写本に基づいて現代に伝わっており、その写本伝承や筆致から、学者の間ではJ.S.バッハの作曲であることに賛否があります。とはいえ、表題や様式の点でバッハ研究の主要カタログに採録されており、演奏会レパートリーや録音にも広く取り上げられています。
楽曲の構成と楽想
BWV 572 は大きく分けて複数の性格の異なる部分から成り、幻想曲特有の自由さと対位法的な厳格さが交錯します。一般的な聴きどころを以下に示します。
- 冒頭部:即興的な自由彫りのような導入。右手(手鍵盤)に流れる装飾的な動機が提示され、左手と足鍵盤が和声的基盤を作る。呼吸の取り方やテンポルバート(テンポの柔軟な揺らぎ)を用いると効果的。
- 中間部:動機の展開や対位法的処理が行われる。テーマの模倣や転回が見られ、バッハ派の対位法を想起させる手法が用いられているが、必ずしも典型的なフーガ形式に帰着しない点が特徴。
- 終結部:しばしば舞曲的、または活発なリズムに転じる節があり、熱情的で躍動する締めくくりとなる。ト長調の明るさを生かした輝かしい終止が取られる。
和声と形式上の特色
和声面では、古典的な通奏低音的支持を背景にしつつ、装飾的な即興線が和音の上で自由に動くことが多いです。進行は基本的に教会旋法やバロック調性の枠組みに沿いますが、配置されるモチーフやリズム感には北ドイツ系オルガニスト(Buxtehudeなど)の影響と、バッハ家の作風が混在しているとも評価されます。また、ペダルの用法がかなり活発で、低音ラインが独立して動く場面が多く、オルガン奏者にとってテクニカルな挑戦を含みます。
演奏に際しての実践的ポイント
- テンポと呼吸:幻想曲の性格上、全体にテンポの柔軟性(rubato的な処理)が効果的ですが、セクション間の構造を明確に保つことが重要です。導入部はやや遅めにとって祈祷的に響かせ、中間の対位法的部分でテンポ感をしっかり提示するとメリハリが出ます。
- 装飾とオルナメント:Baroqueの慣習に従い、装飾は楽曲の表情付けに有効ですが、過度に挿入すると素材の輪郭が曖昧になります。写譜に示された装飾と自発的な装飾のバランスを考えてください。
- 登録(ストッピング):バロック式のオルガンを想定すると、右手の旋律線は胴鳴りのある柔らかいリードやオーボエ様のストップで表情をつけ、対位法や低音パートはスプリットするか異なる色合いで対比させると良い結果になります。現代の大型コンサートオルガンでは、明瞭さを保ちつつ暖かみを失わないレジストレーション選択が鍵です。
- ペダリング:独立したペダルラインの輪郭を明確にするため、ペダルは音価とアーティキュレーションを厳格に維持すること。特に跳躍や連続パッセージでペダルのクリアさが要求されます。
解釈の多様性と名演奏
この種の幻想曲は作曲家による即興性を強く含むため、演奏ごとに個性が出やすい作品です。録音史上、多くのオルガニストが独自の解釈を提示しており、古楽奏法に基づいた端正な演奏からロマン派的なドラマを強調した演奏まで幅広く存在します。演奏者が楽器の特性や会場の響きを考慮してレジストレーションやテンポを調整することが、聴き手にとっての魅力を大きく左右します。
楽曲の位置づけ — バッハ研究の観点から
学術的には BWV 572 はJ.S.バッハの目録には含まれるものの、手稿の欠如や様式的な要素から帰属に慎重な見方が出されています。とはいえ、バッハ研究の文脈では、同時代のオルガン作曲のレパートリーのなかで演奏・比較されることが多く、バッハの作品群とともに学習・演奏される意義は大きいです。実際の演奏現場では、作曲者帰属の議論に左右されず、楽曲そのものの音楽的価値が認められており、多くのオルガン奏者にレパートリーとして採用されています。
スコアと版(入手と校訂)
現代の楽譜は複数の校訂版が流通しており、史料に基づいた校訂譜を選ぶことが望ましいです。公開譜(パブリックドメイン)として写譜に基づく版が入手できることが多いため、演奏前には複数の版を照合し、写譜の差異や編集者の解釈(装飾やテンポ記号の付与など)を確認してください。近年の学術的編集(例えばNeue Bach-Ausgabe等)に基づく校訂が最も信頼性が高いとされています。
おすすめの聴きどころ(聴音ガイド)
- 冒頭の第一フレーズ:楽曲全体の色調と即興的な性格が示される箇所。呼吸の置き方に注目。
- 中段の模倣箇所:対位の絡みと主題の変形を聴き、動機がどのように展開されるかを追ってみると、作曲技法が浮かび上がります。
- 終結部のリズム変化:舞曲的・躍動的なエネルギーの高まりと和声的な確信が結実する場面です。
結び — なぜ今演奏され続けるのか
BWV 572 の魅力は、その即興的な魅力と対位法的構成のバランスにあります。バッハ(あるいは当時のオルガン伝統)に連なる技法を持ちつつ、演奏者の表現の幅を許す自由度の高さが、今日においても繰り返し演奏・録音される理由です。作曲者帰属の問題は音楽学上の興味深い論点を提供しますが、聴き手・演奏者にとっては一楽曲としての内的魅力が何より重要でしょう。
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参考文献
- IMSLP - Fantasia in G major, BWV 572(スコアと写譜)
- Bach Digital(作品データベース)
- Wikipedia(英語): Fantasia in G major, BWV 572
- Bach Cantatas Website(バッハ作品解説と参考情報)
- Oxford Music Online / Grove Music Online(バッハ研究の総説:要購読)
- Christoph Wolff, "Johann Sebastian Bach: The Learned Musician"(参考書籍)
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