バッハ:BWV 573 幻想曲 ハ長調 — 真贋と演奏の魅力を深掘り

はじめに — BWV 573とは何か

BWV 573「幻想曲 ハ長調」は、オルガンのための自由な性格を持つ作品として広く知られています。一般にヨハン・セバスティアン・バッハの作品目録(Bach-Werke-Verzeichnis)に登録されているものの、作曲帰属については学界で議論が続いている作品でもあります。本稿では、史的背景、音楽構造、演奏上の注意点、受容史と現代における聴きどころまで、できるだけ確かな資料に基づいて詳しく掘り下げます。

史的背景と成立問題

BWV 573がいつ、どのような状況で成立したかについては明確な自筆譜が存在しないため不確実性があります。伝統的にバッハに帰され、19世紀以降の全集や演奏で定着してきましたが、20世紀後半以降の系譜学的研究では手稿の筆跡や様式的特徴から別人の作とする見解、あるいは若年期の習作と見る見解が提示されています。したがって本作を論じる際は、「バッハ作曲とされてきた」あるいは「BWVに登録されている」ことを前提にしつつ、帰属問題がある点に注意する必要があります(下記参考文献参照)。

形式と音楽的特徴

BWV 573は名称どおり「幻想曲(Fantasia)」の性格を持ち、自由な導入部と対位的な展開を行き来する構成を特徴とします。以下に主要な音楽的特徴を挙げます。

  • 自由な序奏:和声的かつ即興的な導入があり、装飾的なパッセージや和声の大きな跳躍が用いられます。これは北ドイツ楽派やスタイリスティックな〈stylus phantasticus〉の伝統と通底する部分です。
  • 対位法的展開:序奏的な部分の後に模倣やフーガ風の手法が現れる箇所があり、バッハやその時代の作曲家が得意とした対位法的処理が見られます。ただし完全なフーガ形式には至らないため、幻想曲特有の自由と規律の融合が成立しています。
  • テクスチュアの対比:単旋律的なパッセージ、和音を並べた力強い部分、細かい分散和音(アルペッジョ)やスケール類の速い動きなど、テクスチュアの変化が聴衆を引きつけます。これにより感情表現の幅が広く取られています。
  • ペダルの取り扱い:オルガン曲としてペダルの利用が適度に配され、低音の支えや単独のフレーズを担当する場面があるため、演奏者の足の独立性も要求されます。

様式的影響—どこから来た音か

本作に見られる自由さと厳格さの同居は、イタリア的な協奏風の句法と北ドイツのオルガン伝統(Buxtehudeら)との折衷と考えられます。カデンツァ風の即興的箇所、速い分散和音、対位法の挿入などは17〜18世紀の鍵盤音楽に共通する語法です。したがって作曲者がバッハ本人であっても、彼が学んだ諸伝統の影響—特に教会オルガン作品のスタイルと鍵盤即興の伝統—を色濃く反映していると見ることができます。

演奏上のポイント

実演にあたっては次の点を意識すると作品の魅力が引き出せます。

  • 楽器選び:歴史的な北ドイツ式オルガンと現代の楽器では音色のバランスが異なります。豊かなフルストップと混合音(mixture)がある楽器では、明快かつ輝かしい響きが得られ、幻想的な部分と力強い和声部分のコントラストが際立ちます。一方、暖かい現代楽器では和声の一体感を重視した解釈が可能です。
  • レジストレーション:序奏ではソロ風のリードや8'主体で明確な線を出し、華やかな場面ではmixtureやreedsを加えて輝きを出す。対位的な部分ではストップを整理して声部の均衡を保つことが重要です。
  • テンポとフレージング:幻想曲的導入はやや自由に、呼吸を持たせて処理するとよい。対位法の場面はテンポ感を安定させ、フレーズの始点と終点を明確にすること。装飾音やリズムの細かい粒度は過度に遅くならないよう注意します。
  • ペダルの明瞭さ:低音のラインは支えとして重要なので、アーティキュレーションとレジストレーションで輪郭を保ちつつ、他声部とのバランスを取る工夫が必要です。

版と校訂の問題

BWV 573はバッハ関連の諸全集に収められてきましたが、手稿が散逸している場合や写譜の相違がある場合、校訂者は補訂や解釈上の選択を迫られます。19世紀のバッハ全集(Bach-Gesellschaft Ausgabe)や、20世紀のNeue Bach-Ausgabeといった主要な版を参照するとともに、原典写本(ある場合)や信頼できる写譜の比較が重要です。演奏者・指導者は自身が用いる版の注記を確認しておくことを勧めます。

受容と録音史

20世紀後半から現代にかけて、本作はオルガン・リサイタルのレパートリーとして定着してきました。録音も多数存在し、歴史的奏法を重視する演奏と、モダンオルガンによる表現重視の演奏が併存しています。先述の帰属問題があるにもかかわらず、音楽としての魅力と構成の面白さから多くの演奏家に取り上げられています。

聴きどころ(指示と例)

初めて聴く際には次の点を意識して聴くと理解が深まります。

  • 導入部の和声進行と即興的な流れ:どのように主題が提示され、どのような色彩変化で展開されるかに注目する。
  • 対位法的箇所の声部間のやり取り:各声部がどのように主題素材を受け渡すか、声部の役割分担を追う。
  • クライマックスの作り方と終結への導入:どのように緊張が高まり、和声的に解決されるかを聴く。

まとめ — BWV 573の位置づけ

BWV 573は、作曲者の帰属に議論があるものの、オルガン文学において魅力的な幻想曲の一つとして高い評価を受けています。自由な即興性と対位法的技法が融合したこの作品は、演奏者にとって解釈の余地が大きく、聴衆にとってはバロック鍵盤音楽の多様性と表現力を味わえる好機となります。演奏や聴取にあたっては、史的文脈と現代の楽器事情を踏まえた解釈を心がけると、新たな発見が得られるでしょう。

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参考文献