バッハ BWV592–597 オルガン協奏曲の深層:起源・編曲技法・演奏解釈ガイド
概要 — BWV592–597とは何か
BWV592–597 は、一般に〈オルガン協奏曲〉として扱われる短い連作で、18世紀初頭のヨハン・ゼバスティアン・バッハがイタリア協奏曲の様式をオルガンへ移植したものです。これらは管弦楽のために書かれた協奏曲(主にイタリア人作曲家の作品)を単独の鍵盤楽器=オルガンで再構成した編曲群であり、協奏的な対位法、リトルネロ構造、ソロとリピエーノのコントラストといった協奏曲的要素をオルガンの語法で再現しています。
歴史的背景:ワイマール時代の「イタリア熱」
これらの編曲は、バッハがワイマール(1708–1717在任)にいた時期、特に1713年頃から1714年頃にかけての活動と関連付けられることが多いです。当時、イタリア協奏曲、特にアントニオ・ヴィヴァルディらの作品がドイツの音楽家たちに強い影響を与えており、バッハもその影響下で多数の協奏曲編曲を行いました。鍵盤用の協奏曲編曲群(ハープシコード用 BWV972–987 やオルガン用 BWV592–596 など)は、イタリア様式の習得とそれを自身の対位法や器楽技巧に取り込むための有効な教材かつ創作行為と見ることができます。
BWV592–597 の位置づけと資料史料
BWV592–596 は一括して議論されることが多く、オリジナルの管弦楽曲からの転用が明確なものが含まれます。一方で BWV597 は他の編曲群とやや性格の異なる写しや独立した写譜として残っている例があり、編曲の経緯や成立時期については一部不確定な点があります。写本はバッハ自身の手になるもの、あるいは弟子や同僚による写譜が混在し、現存する複数の写本を比較することで、編曲時の意図や演奏実践の痕跡を読み取ることができます。これらは現代の校訂版や研究( Neue Bach-Ausgabe 等)によって整理されています。
楽曲構造と編曲の技術的特徴
共通する特徴を挙げると:
- リトルネロ形式の忠実な継承:オリジナル協奏曲のリトルネロ主題をほぼそのまま取り入れつつ、各エピソードを鍵盤に適切に割り振っています。
- コントラストの再現:協奏曲における〈ソロ(concertino)〉と〈リピエーノ(tutti)〉の対比を、主に手鍵盤(manual)と足鍵盤(pedal)/異なる登録(ストップ)で実現しています。
- 対位法的拡充:バッハは原曲の単純な模写に留まらず、内声や低音線を対位的に強化、補筆を加えることで鍵盤楽器としての充実したテクスチュアを作り上げています。
- レジストレーションの工夫:弦楽器の響きを想定して、フルートストップや8′/4′ の組合せ、あるいはペダルを使ったオーケストラ的効果を想定した登録指示の解釈が求められます。
各曲の概観(概説的解説)
以下は各 BWV 番号に対する概括的な観察です。研究上の細部(編曲元の正確な出所や RV 番号など)は専門辞書や一次資料で確認してください。
- BWV 592:オープニングに明快なリトルネロを置き、対位法的に豊かな第2楽章や活発な終楽章を持つ曲。オルガンでの両手とペダルの分担が明確で、対位法と協奏的語法が融合しています。
- BWV 593:原曲のソロ群のやり取りを巧みに鍵盤に振替え、ペダルが低音を支えつつ、手鍵盤で独立したソロ声部を表現することが多い作品です。
- BWV 594:リズム的輪郭がはっきりとした楽章を含み、装飾的なパッセージと対位法的な絡みが聴かれます。演奏ではテンポ感と登録のバランスが重要です。
- BWV 595:協奏曲的ドラマとオルガンの持つ持続的響きの折り合いをつける設計が巧妙で、低音の動きが協奏曲の原型を思わせます。
- BWV 596:編曲群の中でも比較的壮麗な効果を持ち、和声の推移や対位の発展が聴きどころです。手鍵盤とペダルの独立性が高く、技巧的要求が強めです。
- BWV 597:他の5曲とは資料的・様式的にやや異なる面があり、単独で扱われることもあります。写本の系譜や成立時期に関しては注意深い比較が必要です。
オーケストラからオルガンへ:編曲上の工夫
バッハの編曲は単なる“移し替え”ではありません。オーケストラのテクスチュア(複数の弦楽器、コンサートピットの色彩感)を、オルガンの持つ合成音でいかに再現するかという問題に直面しています。具体的には:
- 手鍵盤の左右でコンサートィーノ群とリピエーノを分け、明瞭な音色差を登録で作る。
- ペダルを独立した低音ラインに使い、チェロ群やコントラバスの役割を担わせる。
- 装飾やトリル、パッセージの置き換えで、弦楽器の流麗さを鍵盤的な技法に翻訳する。
- 和声的に隙間が出来る部分には補筆や内声の補強を行い、オルガン一台での響きを充実させる。
演奏実践:登録(レジストレーション)と奏法のポイント
歴史的に演奏するときに注意すべき点:
- オルガンの種類を選ぶ:バロック・オルガン(小規模な二段鍵盤+独立したペダルを持つ楽器)が原意に近い。モダンな大型パイプオルガンでは、弦楽器的な透明さを維持するために軽めのストップやソロ的な組合せを用いる。
- 登録のコントラスト:リトルネロ部分はやや華やかに、エピソードはソフトで歌わせる。手鍵盤間で音色差をはっきり付けると協奏感が出る。
- テンポ感とアーティキュレーション:ヴィヴァルディ的な明快なリズムは保ちつつ、バッハ的なポリフォニーの線に注意。フレージングは声部ごとに意識して独立させる。
- ペダルの役割:単なる低音補強に留めず、旋律的・対位法的役割を与えることが多い。足鍵盤のタッチは明確に、しかし響きを重視して弾く。
楽曲分析の視点:どこに着目するか
深く聴くための着目点:
- リトルネロ主題の変奏と再現の仕方:どの声部が主題を担い、どの声部が装飾されるかを追う。
- 対位法的処理:バッハは編曲に際してしばしば独自の対位法的発展を加える。原曲の簡潔な伴奏を重厚な対位法に作り替える箇所を探すと面白い。
- テクスチュアの層別:手鍵盤上での声部の配列や、ペダルとの対話を視覚化(スコアを追う)して聴く。
- 表情記号と実際の演奏差:現代の録音では登録やテンポで多様な解釈が存在する。各録音間での差異を比較して、楽曲の可能性を評価する。
受容史と影響
これらの編曲はバッハのオリジナル・オルガン作品群と並んで、後世の鍵盤奏者にとって重要なレパートリーとなってきました。18世紀から19世紀にかけてはこれらの楽曲は教育的な価値も高く見做され、20世紀に入ってバロック音楽復興の流れの中で改めて注目されました。現代では歴史的奏法に基づく演奏が盛んになり、オリジナルの管弦楽版の研究成果がオルガン編曲の解釈にも反映されています。
校訂版・楽譜と入手のポイント
演奏や研究に当たっては信頼できる校訂版を用いることが重要です。主な情報源としては Neue Bach-Ausgabe(NBA)や各種のUrtext 刊行物(Bärenreiter など)、および Bach Digital や IMSLP の写本画像があります。複数の版を照合して、バッハの手書きや初期写本の差異を確認することを勧めます。
録音・演奏のおすすめ(入門〜専門)
録音を比較することで解釈の幅を知ることができます。伝統的にはヘルムート・ヴァルヒャやマリー=クレール・アランらの演奏が評価されてきました。近年は歴史的楽器奏者(原典に基づくオルガン)による録音も多く、テンポや登録、フレージングの違いを聴き分けるのが勉強になります。複数の録音を並べて聴くことをおすすめします。
学術的・実践的な研究課題
研究上未解決あるいは議論の対象になりやすい点:
- 各編曲のオリジナル(管弦楽)作品との正確な対応関係とその帰属問題。
- 成立時期の確定と各写本の系譜解析。
- オルガン登録に関する当時の慣習の復元とその現代楽器への適用。
- 編曲の機能的意図——教育的目的か私的な演奏・研究か、あるいは実演向けのレパートリー化か。
まとめ:BWV592–597を聴き、弾くために
BWV592–597 は、バッハがイタリア協奏曲の語法を学び取り、自らの対位法と鍵盤技術に統合した成果の一端を示す重要な編曲群です。演奏者はオルガン固有の語法(登録・ペダル)を駆使して、協奏曲的な対比とバッハ的な対位法を両立させることが求められます。聴衆は、原曲のオーケストラ的色彩とバッハの鍵盤的工夫という二重の魅力を味わうことができるでしょう。
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参考文献
- Bach Digital — Bach-Digital Online(バッハ作品目録と写本情報のデータベース)
- IMSLP — Organ Concertos, BWV 592–596(楽譜と写本画像のコレクション)
- Neue Bach-Ausgabe(NBA)(新バッハ全集)
- Bach-Archiv Leipzig(バッハ研究拠点)
- Oxford Music Online / Grove Music Online(総合音楽学辞典、要契約)
- AllMusic — Johann Sebastian Bach: Biography & Recordings(録音解説や入門情報)
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