AgensGraphとは?PostgreSQLベースのマルチモデルDBを徹底解説 — 特徴・Cypher連携・導入時の注意点
AgensGraph とは — 概要
AgensGraph(エイジェンスグラフ)は、PostgreSQL をベースにしたマルチモデル(リレーショナル+プロパティグラフ)データベースです。開発元は Bitnine(ビットナイン)で、既存の PostgreSQL の堅牢なトランザクション機能やインデックス機能を活かしつつ、グラフデータモデルとグラフクエリ言語(Cypher)を組み合わせて利用できる点が特徴です。
なぜ「マルチモデル」か
従来のリレーショナルデータベースはテーブル(行・列)を基本とします。一方で、ソーシャルネットワーク、レコメンデーション、トポロジ解析、ナレッジグラフなどはノード(頂点)とエッジ(辺)というグラフ構造の方が自然に表現できます。AgensGraph は両方のモデルを同一基盤上で扱えるため、リレーショナルな業務データとグラフ的な関連解析をシームレスに併用できます。
主な特徴
- PostgreSQL ベース:Postgres の ACID トランザクション、ストレージ、インデックス、拡張機能をそのまま利用可能。
- プロパティグラフのサポート:ノード(頂点)とエッジ(関係)に対して任意のプロパティを持たせられる。
- Cypher クエリ言語のサポート:Neo4j で広く使われる Cypher に類似した記法でグラフ探索が可能。SQL と Cypher の併用が可能で、既存の SQL 環境に導入しやすい。
- 既存エコシステムの活用:JDBC、psycopg2 など PostgreSQL ドライバで接続でき、ツールや監視基盤との統合が比較的容易。
データモデル(プロパティグラフ)
プロパティグラフは次を基本要素とします:
- ノード(Vertex / Node):エンティティ。ラベル(複数可)とプロパティ(キーと値のペア)を持つ。
- エッジ(Edge / Relationship):ノード間の有向・無向の関係。タイプ(関係名)とプロパティを持つ。
- ラベルとタイプ:ノードにはラベル、エッジにはタイプを付与して意味付け・分類を行う。
このモデルにより、「ユーザー A がユーザー B をフォローしている」「商品 X と商品 Y が一緒に購入されやすい」といった関係性を自然に表現できます。
クエリ言語:Cypher と SQL の連携
AgensGraph は Cypher(あるいはそれに準じた文法)でグラフ探索を書けることが強みです。典型的な Cypher の例:
MATCH (a:Person)-[r:KNOWS]->(b:Person)
RETURN a.name, b.name, r.since;
また、AgensGraph は PostgreSQL ベースなので SQL と組み合わせたクエリが可能です。これにより、リレーショナルな集計やジョインと、深いグラフ探索を同一トランザクション内で行える利便性があります(実際の埋め込み方法や関数シグネチャはドキュメントを参照してください)。
内部構造と動作の考え方
AgensGraph は Postgres の拡張(extension)として、グラフオブジェクトを管理できるレイヤを追加するアーキテクチャを採用しています。グラフのノードやエッジは内部的に Postgres のテーブルや専用データ型で保持され、Postgres のストレージ・インデックス・トランザクション機構を利用します。このため、バックアップ・レプリケーションなど PostgreSQL の運用ツールを活用できます。
パフォーマンスとスケーラビリティのポイント
- PostgreSQL の最適化・インデックス(B-tree、GIN、GiST など)を利用できるため、属性検索や特定のアクセスパターンは高速化可能。
- しかし、グラフ特有の大規模なトラバーサル(数百万ノードをまたぐ深い探索)に対する最適化は設計次第。Neo4j のような専用グラフDBと比べて、単純比較では得手不得手がある。
- 水平スケーリング(シャーディング)やネイティブな分散グラフ処理は AgensGraph 単体では限定的で、分散化が必要な場合はアプリケーション設計や外部ソリューション(シャーディングレイヤ、分散ファイルシステム、分散クエリエンジンなど)で補う必要がある。
主なユースケース
- ソーシャルグラフ解析:友人推薦、影響力分析、コミュニティ検出。
- ナレッジグラフ:企業内ナレッジの連携検索、FAQ 構築、メタデータ管理。
- レコメンデーション:類似ユーザー・類似アイテムベースの推薦、協調フィルタリング補助。
- 不正検知・フォレンジック:取引間の関係を辿ることで異常パターンを検出。
- データ統合(マスターデータ管理):多様なエンティティと関係性の統合表現。
他のグラフDBとの比較(簡潔に)
- Neo4j:グラフ専用DBであり、トラバーサル処理やグラフ専用の最適化が豊富。Cypher の実装で互換性が高い。AgensGraph は Postgres ベースのため、既存の RDB 環境との統合性が強み。
- Apache AGE:PostgreSQL 拡張である点は共通。プロジェクト性質や実装の細部が異なるため、要件に応じて評価が必要(導入環境やコミュニティ活動を確認)。
- その他(JanusGraph、TigerGraph など):分散処理やスケーラビリティ、専用クエリエンジンの有無で差が出る。
導入・運用時の注意点
- 既存の PostgreSQL 運用ノウハウは生かせるが、グラフ固有のパフォーマンス特性を理解しておく(深い再帰検索や大量エッジのスキャンは負荷になりやすい)。
- バックアップ・リストア、レプリケーションは PostgreSQL の仕組みで行えるが、グラフデータの全体性(整合性)を保つための運用設計が必要。
- 導入前に代表的なクエリでベンチマークを行い、インデックス設計やデータモデリングを繰り返し最適化することが重要。
開発者エクスペリエンスとエコシステム
AgensGraph は PostgreSQL ドライバで接続できるため、既存のアプリケーション資産(ORM や接続ミドルウェア)を活用できます。Cypher の記法に慣れれば、グラフ探索は比較的短いクエリで表現できます。ドキュメントやサンプルが公式に用意されているため、学習コストは低めです。ただし、コミュニティ規模やサードパーティのプラグイン量は Neo4j 等の大手に比べると小さい点は留意が必要です。
導入のステップ(実務的な流れ)
- 要件整理:どのデータをグラフ化するか、どのクエリが性能要件であるかを定義する。
- プロトタイプ:代表的なデータセットでモデリングとクエリを試験。ボトルネックを早期に検出する。
- インデックス設計:属性検索や頻出パターンに合わせたインデックスを設計。
- 運用設計:バックアップ、監視(Postgres ベースの監視ツール利用)、スケール方針を決める。
- 本番化とチューニング:実運用での負荷をもとにパラメータ調整を行う。
まとめ(選定の観点)
AgensGraph は「堅牢な PostgreSQL 環境をそのまま活かしつつ、グラフ表現と探索を導入したい」ケースに適しています。リレーショナルデータとグラフデータを同一基盤で扱いたい、既存の Postgres 運用を活かしたい、という要件がある場合、候補として有力です。一方で、極端に大規模な分散グラフ処理やグラフ専用の最新最適化を最重視する場合は、専用の分散グラフDBも検討してください。
参考文献
- AgensGraph 公式サイト(Bitnine)
- AgensGraph GitHub リポジトリ
- AgensGraph ドキュメント(GitBook)
- Neo4j 公式サイト(比較参照用)
- Apache AGE 公式サイト(PostgreSQL ベースの別プロジェクト)


