ピエール・シャフェール:具体音楽の創始と現代音楽への影響

Pierre Schaeffer(ピエール・シャフェール) — プロフィール

Pierre Schaeffer(ピエール・シャフェール、1910年8月14日—1995年8月19日)は、フランス出身の作曲家・音響研究者・ラジオ技術者であり、現代音楽と電子音楽の歴史において「musique concrète(具体音楽)」を創始した人物として知られます。録音された日常音や機械音を音楽の素材として扱い、テープ操作や編集、音の変形を通じて従来の「楽器中心」の音楽観を根本から問い直しました。

生涯と活動の概略

  • 1910年にフランスのナンシーで生まれ、ラジオと音響技術に関わるキャリアを歩みます。
  • 第二次世界大戦中から戦後にかけて、フランス国営放送(当時のRadiodiffusion Française)でのスタジオ設備・番組制作を通じて録音技術と創作を結びつけ、1940年代後半に音響実験を集中的に行いました。
  • 1948年の「Étude aux chemins de fer(鉄道のエチュード)」などの実験的作品を発表し、「具体音楽」という新しい方法論を提示。
  • 1951年にGroupe de Recherche de Musique Concrète(GRMC)を設立し、のちにGRM(Groupe de Recherche Musicale/INAの一部)へと発展。多くの研究者・作曲家と共に音の研究を続けました。
  • 理論書としては『À la recherche d'une musique concrète』(1952)や『Traité des objets musicaux』(1966)を著し、音の「オブジェ(objet sonore)」概念や聴取の方法を体系化しました。

音楽的・理論的な革新 — なにを変えたか

シャフェールの最も重要な貢献は、音楽の素材を「楽譜や楽器の音」に限定せず、録音されたあらゆる音(機械音、自然音、声など)を作曲の対象とした点にあります。いくつかのキーワードでその革新性を整理します。

  • 具体音楽(musique concrète):録音された音そのものを編集・変形して音楽を作る実践。楽器を模倣するのではなく、音そのものの形態(音色・時間的変化)を素材化します。
  • オブジェ・ソノール(objet sonore):シャフェールが提示した概念で、「音を聴覚的に切り取った一つの事物」として扱う考え方。音の質感(スペクトル)、持続・変化の仕方(モルフォロジー)に焦点を当てます。
  • アクスマティック(acousmatic)な聞き方:音源が見えない状態での聴取を通して、音そのものへの注意を喚起する聴取態度。音の起源を忘れさせ、音響の内部構造を聴くことを促します。
  • テクニックの制度化:テープスピードの変更、逆回転、ループ、フィルタリング、カット&ペーストなど、当時の録音技術を組織的に作曲行為へ取り込んだ点も革新的でした。

代表作・名盤(聴きどころと解説)

  • Étude aux chemins de fer(1948)

    鉄道の音を素材にした短い作品。具体音楽の最初期の成功例として重要で、「日常音の芸術化」を象徴する一作です。列車の旋律的な要素を新たな音楽的構造へと組み替えています。

  • Cinq études de bruits(1948)

    「5つのノイズの研究」と題された一連の実験曲。音の素材(物音、機械音、人声など)を徹底的に分析・編集して、従来の音楽的素材とは異なる「音の文法」を提示します。

  • Symphonie pour un homme seul(1950、ピエール・アンリとの共作)

    シャフェールとピエール・アンリの協働による大作。テープ音響の多彩さとドラマ性、そして声や身体音を音楽的に構築する手法が示されています。具体音楽の表現可能性を拡張した作品です。

  • Traité des objets musicaux(1966、著作)

    理論書としての到達点。個々の音(オブジェ)の特性を分類し、音響芸術における分析と制作の方法論を提示。作曲だけでなく音響学・音楽認知論にも影響を与えました。

  • 各種コンピレーションとGRMの音源集

    INA/GRMや複数のレーベルからシャフェールの初期実験音源や復刻が出ています。初期のエクスペリメンタル作品群は、再発盤や音源集でまとめて聴くと仕事の変遷が分かりやすいです。

シャフェールの魅力 — なぜ現代でも刺さるのか

  • 音に対する新しい視点:

    彼は「これは音楽ではない」とされるものを積極的に音楽に変換しました。機械のノイズや環境音を音楽的素材にする行為そのものが、現代のサンプリング文化や電子音楽、サウンドアートの基盤を作りました。

  • 科学的かつ詩的なアプローチ:

    エンジニア的な装置と、作曲家としての詩的感性を両立させたこと。音の物理的特性を分析しながら、同時に聴く者の感性に訴える音の配置を探求しました。

  • 聴くこと自体の再教育:

    「聴く」ことを能動的な行為ととらえ、日常に溢れる音を注意深く聞き分けることの価値を提示しました。これは現代のリスニング文化(フィールドレコーディング、サウンドデザイン)の根幹です。

  • 影響力の広がり:

    クラシックの前衛だけでなく、エレクトロニカ、テクノ、実験音楽、映画音響、ゲームサウンドデザインにまで影響が及んでいます。サンプリングやループを基盤とする音楽表現は、彼の方法論と理念を無意識に受け継いでいます。

聴き方・楽しみ方のヒント

  • 初期の短いエチュード(例:Étude aux chemins de fer)から聴いて、音そのものへの注意を訓練すると理解が深まります。
  • 同じ音源が変化していく様子(速度変化、フィルター、逆再生など)に注目して、編集技術がどのように音の意味を変えるかを追うと面白いです。
  • 「音の起源を考えない」アクスマティックな聴き方を試みると、音色や時間的変化そのものの美しさが見えてきます。
  • 理論書を読むとより深く理解できますが、まずは耳で触れてから理論にあたると消化しやすいでしょう。

現代との接点・影響

今日のサンプリング文化、DAWを使った編集手法、フィールドレコーディングに基づく音楽制作、さらにはサウンドインスタレーションや環境音を取り入れる音楽的実践は、いずれもシャフェールの発想抜きには語れません。彼は「音は素材であり語り得る」という考えを提示し、技術進化とともにその可能性が広がっていく基礎を築きました。

まとめ

ピエール・シャフェールは、録音という技術を音楽的思考の中心に据え、音そのものを作曲素材として扱う新しい音楽的宇宙を切り拓きました。技術と理論、実践が密接に結びついたその仕事は、現代の多くの音楽表現や音響文化に深い影響を与え続けています。初めて聴く人には驚きや違和感があるかもしれませんが、音を素直に聞く訓練としても極めて刺激的であり、時代を超えて魅力を失わない芸術家と言えるでしょう。

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参考文献