モーツァルトと謎の「カノン ハ長調」――偽作疑惑と音楽史的考察
モーツァルト:カノン ハ長調(偽作・キルンベルガー作とされる)
モーツァルト名義で伝わるカノン類の中には、研究の進展により真作と断定できないもの、あるいは偽作であると考えられている作品が複数あります。本稿では「カノン ハ長調」として流布してきた一曲を取り上げ、なぜ偽作とされるに至ったのか、出典と本文の特徴、演奏上の留意点、そして現在の研究・実践における位置づけを整理します。本文は現存資料と音楽学的な観点に基づく総合的な検討を目的としており、併せて参照可能な文献・データベースも最後に示します。
1. 作品の伝来と出典問題
この「カノン ハ長調」は長年にわたりモーツァルトの小品集やカノン集の中に収録されることがありましたが、決定的な自筆譜(autograph)が確認されていないため、その真正性に疑問が呈されてきました。多くの場合、作品は19世紀以降の写本や後世の編集版で知られるようになり、初出がモーツァルト生前の確証を欠く点が問題とされています。
音楽史学では、作曲者の特定にあたって次のような証拠が重視されます。
- 自筆譜の有無(筆跡や修正の痕跡)
- 初出資料(出版年・写本の来歴)
- 作品目録への収載状況(例えばケッヘル目録の附属リストなど)
- 音楽的様式の比較(同時代の作風との整合性)
該当カノンは自筆譜が確認されないため、上記いずれの点でも疑義が生じ、結果として「偽作」扱いを受けるに至りました。
2. 「キルンベルガー」説について
流布の過程で、しばしば別人の名が作者として挙げられてきた例があり、本件ではキルンベルガー(Kilnberger)なる人物の作とする説が伝わっています。ただし、こうした代替作者の特定にも確たる一次資料が伴わない場合が多く、学界で完全にコンセンサスが得られているとは言えません。重要なのは、現在の主要なモーツァルト作品目録やデジタル・エディションが当該作品を真作として扱っていないことで、疑義の存在自体は広く認められている点です。
3. 楽曲の音楽的特徴(様式的観察)
ここで扱うカノンは短い室内用の歌唱付きカノンに典型的な設計を持ち、以下のような特徴が指摘できます。
- 単純な主和音進行を基盤とした、分かりやすい調性的輪郭(ハ長調)
- 短い動機の反復と模倣によるカノン処理(同声反復あるいはオクターヴでの追従)
- 歌詞が付される例もあり、宴席や家内演奏での気軽な披露を想定した作風
- 技法的には高度な対位法の駆使よりも、親しみやすさ・即興的な余興性が強調される
これらの点は確かにモーツァルトが生涯に残した多数のカノンや小品の実用性と合致しますが、同時に18–19世紀のアマチュア作曲家や編曲者にも共通する特徴でもあります。従って様式面のみで真贋を断じるのは難しいのが現実です。
4. 偽作判定に至った主な根拠
学術的に偽作と判断される背景には、以下のような証拠や論点があります。
- 自筆譜の欠如:モーツァルト自身の写譜や筆跡が確認できないこと。
- 初出の時期と来歴が断片的であること:19世紀の写本や後世のカノン集に初めて現れる例が多い。
- 目録の扱い:ケッヘル目録(またはその補遺)や新しい作品カタログで付属作品(Anhang)に分類される場合があること。
- 文献・注記の欠如:当時の楽友の書簡や記録に本作に関する言及がほとんど見られないこと。
- スタイル分析の不一致:一部の動機進行や和声処理がモーツァルトの他の確実なカノンと微妙に異なる点が指摘されること。
これらの要因が総合的に判断され、現代の学術系編集やカタログでは真作とは扱わない判断が多くなっています。
5. 演奏・解釈上の実務的留意点
偽作判定が下されている作品でも、音楽的価値がないわけではありません。実務上、演奏や録音で扱う際に留意すべき点は以下の通りです。
- プログラム表記:作曲者名を表記する際は「モーツァルト(偽作の可能性あり)」や「作者不詳/伝モーツァルト」といった注記を加えるのが適切です。近年は透明性が重要視されます。
- 史的コンテクストの説明:コンサートノートやリリックで、作品の伝来と真贋の問題を簡潔に説明すると、聴衆の理解が深まります。
- 演奏習慣としての扱い:長大なニクラシック作品ではなく室内的・社交的余興曲としての軽やかな設えを意識するのが自然です。
- 編曲と復元:写本に不備がある場合は、現代の演奏者が合理的な補訂を行うことが多く、その際は補訂箇所を明示することが望まれます。
6. レパートリー性と録音史
真作性が疑われる作品は、学術的な録音や全集には収録されないことが多いのに対し、テーマ別や「カノン集」といったコンピレーションには繰り返し収録される傾向があります。聴取者にとっての魅力は短く耳に残る旋律と対位の面白さにあり、教育目的や声楽アンサンブルの入門レパートリーとして利用されることが多いのが実状です。
7. なぜ“偽作”問題は重要か――音楽史的意味
作品の帰属問題は単に名前の付け替えにとどまらず、18世紀末から19世紀にかけてのレパートリー流通、出版・写本文化、そして作曲家の評価形成に関わります。モーツァルトの名はとくに商業的価値が高く、後代の編集者や出版者が知名度ある作曲家名を付して市場に流した例もあります。したがって真贋問題を解くことは、音楽の受容史や文化経済史を理解する上でも意義深いのです。
8. まとめ(研究と演奏の両立)
「カノン ハ長調(伝モーツァルト)」は、確かな自筆譜が欠如することから真作とは認められておらず、時にキルンベルガー等の別作者が示唆されることがあります。しかし楽曲自体は小品として魅力を持ち、演奏や教育の場で有益に使われることが多いのも事実です。現代の演奏家・プロデューサーは、プログラム表記や解説で出典と帰属の不確かさを明示することで、歴史的事実と聴衆へのサービスを両立させることが求められます。
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参考文献
- Digital Mozart Edition(Mozarteum Foundation Salzburg) — モーツァルトの原典資料・付属作品情報を検索できます。
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品一覧(日本語版ウィキペディア) — 付属作品(偽作・異同作)に関する分類が参照可能です。
- IMSLP: Canons (Mozart, Wolfgang Amadeus) — 楽譜の写本や公開版を確認できます(各作品の出典注記も参照)。
- Oxford Music Online / Grove Music Online — モーツァルト研究の総説や各作品の学術的解説(要契約)。
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