バッハ(疑作)BWV 571『幻想曲 ト長調』——音楽構造と演奏のための深読みガイド

序章:BWV 571とは何か

BWV 571「幻想曲 ト長調」は、バッハ(Johann Sebastian Bach)に伝えられるオルガンのための小品群の一つとしてカタログ化されています。しかし、作品の成立時期や真作性(J.S. バッハの自筆かどうか)については研究者の間で議論が続いており、「疑作」と表記されることもあります。本コラムでは、楽曲そのものの音楽的特徴、演奏上の注意点、歴史的背景や現代での受容について、できるだけ確かな情報に基づいて詳しく掘り下げます。

写本と来歴(帰属問題の概略)

BWV番号はバッハ作品目録(Bach-Werke-Verzeichnis:BWV)に基づくもので、番号のみから作曲年代や成立事情はわかりません。BWV 571に関しては現存する写本群や版本の状況が、作品の出所・成立年代の判定に影響しています。学界では写本の筆跡や楽譜形式、和声語法や対位法の特徴を手がかりに真作性を検討するのが一般的です。いくつかの研究では、様式や作法がJ.S.バッハの典型的な手法と一致する部分がある一方で、細部において異なる点が指摘され、「弟子や周辺の作曲家による模作あるいは補筆の可能性」が考えられています。

楽曲概要と形式

BWV 571はト長調で書かれた幻想曲(ファンタジア)です。一般に「幻想曲」と呼ばれるジャンルは、即興性・自由な構成・色彩的な表現を重視するため、固定的な形式に縛られないのが特徴です。本作にもその即興的精神が浸透しており、次のような大まかな構成要素が見られます。

  • 自由な導入部:動機や情感を示す即興風のアーティキュレーションと対位的な短い挿入が交互に現れる。
  • 対位法的展開:主題の模倣や追奏(イミテーション)を用いて一時的にフーガ風、または模倣的なテクスチュアに移行する場面がある。
  • 技術的・装飾的な終結:華やかな走句や扇動的なアルペッジョで楽曲を閉じる傾向がある。

これら三つの要素が明瞭に分節されることもあれば、流動的に絡み合うこともあり、幻想曲らしい柔軟な時間感覚を生みます。

和声と対位法の特徴

和声進行はバロック期の調性語法に沿うもので、ト長調を基盤に属調・下属調への転調や順次進行を駆使します。導入部では7度や9度の装飾的和音、連続する通奏低音に対する上声の自由なメロディが印象的です。展開部では模倣と逆行、延長されたドミナントでの緊張の保持、短いカデンツの連続でフレーズ感を作る点が注目できます。

対位法的処理はバッハ流の厳密なフーガほど固くはないものの、声部間の独立性を活かした模倣が見られ、作曲者(あるいは編者)が対位の手腕を持っていたことを示唆します。特に中間部のモチーフ反復や転回、順次進行を利用した展開は、学習用や即興の見本としても機能した可能性があります。

音色と登録(レジストレーション)— 演奏のための指針

オルガンで演奏する際のレジストレーションは曲の構成理解と密接に結びつきます。歴史的観点を踏まえた一般的な方針を挙げます。

  • 導入部(自由な部分):柔らかいフルートトーンや弱めのプリンシパルで、即興的・詩的な性格を出す。場合によっては軽いコロラトゥーラを目に付かせないようメカニクスを滑らかに。
  • 対位法的展開:声部の独立性を出すためにコーラス的なプリンシパル+リードの対比や、上声に明るいフルート、中声にソロトーンを配するなどの工夫が有効。
  • 終結部(華やかな部分):フルレジストレーションやミキシチャーを加え、輝かしく解決感を出す。ペダルは明瞭にし、アクセントを強める。

リード(トランペット等)は慎重に用いるべきで、室内的あるいは礼拝的な場面に応じてボリュームを調整します。また、クランチ(オルガンの硬いタッチ)を避け、バロック指向のアーティキュレーションでフレーズを繋げることが重要です。

手・足の配分とテクニック

幻想曲には手の交差や急速なパッセージが現れることがあり、左右の手とペダルのバランスが演奏上の鍵です。典型的な注意点は次の通りです。

  • 声部の明瞭さ:内声の追跡や模倣が多いので、主要声部を際立たせつつ他声を支える音量調整が必要。
  • レガートとアーティキュレーション:バロック期の奏法に倣い、過度なレガートは避けるが、表情のための連続性は保つ。
  • ペダルワーク:低音線は明瞭に、特にカデンツやドミナントでの解決では踏み換えを確実に。必要に応じて指替えとヒール/トウの技術を使い分ける。

即興性と装飾の扱い

幻想曲というジャンルは本質的に即興性を含むため、演奏者の解釈による装飾の追加は許容されます。ただし、装飾は楽曲語法と調性を壊さない範囲で行うべきです。短いモチーフの反復部ではトリルやモルデントを用いて内部の緊張を高めることができ、対位部では装飾を控えめにして声部の対話を明晰にするのが一般的です。

宗教儀式とコンサート、どちらで演奏されるか

BWV 571のような幻想曲は礼拝の前奏や説教前後の応答として用いられることが伝統的にあります。同時に、その即興性や表情の幅広さからコンサートレパートリーとしても選ばれます。演奏環境に応じてレジストレーションや速度、表情を変える柔軟性が求められます。

楽曲の受容と録音史(概説)

BWV 571は、バッハ真作曲としての確定がなされていないため、全集録音やコレクションにおいて取り上げられる頻度は、J.S.バッハの確実な大作に比べるとやや低めです。しかし、研究者や演奏家の興味は根強く、歴史的奏法を志向するオルガニストの間で注目されることが多い曲でもあります。近年の演奏史では、原典に基づく校訂版や写本に基づく新注訳が登場し、演奏解釈の幅が広がっています。

学術的視点:何をもって“バッハの作品”とするか

真作性の判定には複数の要素が関わります。写譜の筆跡や紙質、筆記法、和声や対位の語法、曲の形式的特徴といった内的・外的証拠を総合して判断します。BWV 571の場合、内的にはバッハ的な特質(対位的手法、調性の扱い)が見られる一方で、外的資料(自筆譜の不在や特定の写本群に依存している点)が真作性の確定を難しくしています。従って、研究は慎重に進められており、今後の写本発見や科学的解析(紙・インクの年代測定など)によって見解が変わる可能性もあります。

演奏者への提言:解釈メモ

  • まず全体構成を把握する:自由部と対位部、終結部のコントラストを意識してテンポと音色を配分する。
  • フレージングは物語性を意識:即興風の入口は語り口、対位部は論理的な展開、終結は総括として扱うと聴衆に伝わりやすい。
  • 装飾は楽曲の語法に従って慎重に:過剰装飾は対位の明晰さを損なう可能性がある。
  • 歴史的オルガンとモダンオルガンでの相違を生かす:歴史的楽器では音色の差を活かした対比、現代楽器ではダイナミクスとペダルの明瞭さを強調する。

まとめ:BWV 571が示すもの

BWV 571は、ト長調の明るさと幻想曲特有の自由さを併せ持つ作品であり、作曲者帰属に関する議論はあるものの、音楽的な価値や演奏上の魅力は揺るぎません。即興性、対位法、音色のコントラストといった要素を通じて、演奏者にも聴衆にも多様な楽しみ方を提供してくれます。作品の真作性問題は学問的には重要ですが、実践面では曲が持つ音楽的表現を深めることが第一といえるでしょう。

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参考文献